貧乏神

飯田が会社からぼろアパートに帰ってくると、見知らぬ貧相な男があわてて押 入の中に隠れようとするのを見つけた。
「この野郎,泥棒だな。警察に突きだしてやるから観念しろ」
「いえ、あたしゃ貧乏神なんで。いつもは隠れてるんですが、今日は油断をして しまいました」
そう言いながら座り直した男は、無精髭だらけで髪はぼうぼう、破れてうす汚れ た背広に薄い壊れかけた集金鞄を抱えていた。
「改めて、あたしはこういうもんです」
そう言いながら男が鞄から取り出した名刺には,貧乏神 松木和男,と書いて あった。
「貧乏神が名刺なんか出すなよ。きたねぇ名刺だなぁ。よれよれじゃないか」
突っ返しながら飯田が言うと,
「へぇ、誰に差し出しても突っ返されるんで、何度も使ってるんですよ。名刺も 高いですからな」
と,貧乏神はそれを大切そうに鞄にしまい込んだ。


「お前、いつからここにいたんだ?」

「へい、そりゃあなたがこちらに越してきたときからです。あたしはここについ てるんですよ」
「道理で、ここに来てからろくな事はないし、貧乏になるだけだったんだ。じゃ あ、俺がここから引っ越せば少しは金がたまるんだな」
「そうは参りませんです,いひひ・・今やあなたはすっかり貧乏人根性が染みつ いてますんであたしはこれからずっとあなたについて行くんで」

一度見つかってしまうと、もう隠れる必要もないのか貧乏神はいつでも部屋の 中にいるようになった。それどころか、仕事中でもひょいと気が付くと後に座っ ていたりする。じゃまをすることはないのだが気になって仕方が無く、もともと 無能だった飯田はますます仕事が出来なくなった。もっとも、貧乏神の姿は他の 人間には全く見えないし、声も聞こえない。

そのうち、どれという原因も思いつかないのに、飯田の会社が傾き始めた。請 け負った仕事が不具合の連続でやり直しをしたり、金がもらえなかったり。見る 見るうちに赤字が累積し、今日明日にも倒産という事態に至った。

全ての財産を失い、絶望した社長は首吊りをするしかなくなった。そしていよ いよ最後の時になって、悔しそうに呟いた。
「飯田だ。飯田が失敗ばかりして会社が駄目になったんだ。あいつこそとんだ貧 乏神だった」

by ロクスケ









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