ハポネス



 スゾは昔白ブタたちから父ちゃん達が助け出した奴だ。今では俺たちの無くてはならない仲間だけれど、ときどき意味の分からない言葉を話す。今日も「オナカガスイタ」というから、何のことだと聞いたら、腹が空いたという意味だという。普通のエクアドル人なら「Un estomago se puso libre」と言うし、スゾも普段はそう言うけれど、ふと自分でも気がつかないうちに口から出るんだそうだ。他にも、「オカエリナサイ」とか「オカアサンスキ」とか。それぞれ「Casa bienvenida」とか「Mama, te questo」の意味だそうだ。どこかの外国の言葉らしい。どうしてそんな言葉を知っているかと言えば、たぶんスゾを連れていた白ブタたちの言葉じゃないかと父ちゃん達は言っている。
 
 でもスゾは違うという。助けられたときの事は覚えていないが、一緒にいた大人達ではなく、自分が微かに覚えている大人達の言葉で、その大人達はエクアドル人だという。でもスゾの変な言葉はスペイン語じゃないから、その話はおかしい。もともと、うんと小さな時に助けられたからスゾはその時のことも、一緒にいた白ブタたちのこともほとんど覚えていない。
 
 「白ブタたちも俺たちも同じスペイン語を話す。だから、お前が時々話す不思議な言葉は、白ブタたちの言葉じゃないよ」
「でも、ヨスケイ、もともと俺たちエクアドル人と白ブタは違う言葉を話していたって、父ちゃんが言ってたぞ。俺たちが話している言葉はもともと、白ブタたちが話していた言葉なんだって」
「それは俺も聞いたことがある。爺ちゃんに聞いた。だから、爺ちゃん達も父ちゃん達も、白ブタしか襲わないんだ。白ブタは俺たちの先祖から全部取り上げたから、今は白ブタから取り返すんだって、父ちゃんが言ってる」

 俺もスゾも同じ十三才だ。もっとも、スゾが助けられたとき、自分で五才だと言ったから、だとすれば俺と同じ年だと言うだけだけれど、スゾは俺よりもっと子供っぽいし、体も小さいから、もしかしたら俺よりも小さい子供なのかも知れない。
 
 「ねぇ、ヨスケイ。爺ちゃん達はどうして俺を白ブタから助けたんだろう。白ブタたちを襲うときは、赤ん坊でも女でも子供でも年寄りでも必ず全部殺すって言ってた」
「お前が白ブタじゃないからだよ。エクアドル人だ。見れば分かるよ。俺たちと同じ顔をしている。白ブタは殺しても、エクアドル人は殺さないんだ」
「白ブタはエクアドル人じゃないのか?」

 スゾは前にも同じ事を言った。なんでも白ブタの女が、スゾに自分たちもそれから俺たちも全部同じエクアドル人だと言ったんだそうだ。だから、白ブタたちは嘘つきなんだ。エクアドル人は、もともとインカ帝国を作った偉い民族だ。そこへ、白ブタたちが来て、インカ帝国を滅ぼしてしまった。そしてインカ帝国の宝を全部白ブタが盗んだんだって、爺ちゃん達が言っている。だから、白ブタを襲うんだって。
 
 実は俺も父ちゃんに聞いたことがある。
「白ブタってどこから来たの?」
「スペインという悪魔の国だ。あいつ等は俺の爺さん達、お前の曾爺さん達の時代にいきなりやってきて立派なインカ帝国を滅ぼしてしまったんだ。お前も大人になったら、絶対に白ブタを許しては駄目だ。見つけたら殺して、盗られた物を取り返すんだ」

 スペインから来たのならスペイン人じゃないのかと思ったし、でも爺ちゃんも父ちゃんも白ブタとしか言わない。爺ちゃん達は、インカの言葉を話すと白ブタたちにつかまってひどい目にあって、インカの神様を信じてはならないと命令されたんだそうだ。だから、爺ちゃん達もろくにインカの言葉を話せないし、インカの神様のことも知らない。だから余計に白ブタたちが憎いんだと言っている。そして、白ブタたちがどこからかインカの子孫であるエクアドル人のスゾをさらってきて連れているのが許せなくて、十人くらい馬車で通っていたのをおそって、皆殺しにしたときもスゾだけは助けて、立派なエクアドル人に育てることにしたんだそうだ。だから、俺とスゾは本当の兄弟みたいに育った。スゾって、助けられたときに自分で名前を聞かれてそう言ったんだ。その時はまだ普通にスペイン語を話せなくて、何か訳の分からない言葉を話していた。爺ちゃん達はそれがインカの言葉じゃないのかって思って、だからスゾを大切に育てたんだけれど、スゾはどんどんスペイン語を話せるようになって今では俺と同じくらい普通に話す。その替わり、そのおかしな言葉をどんどん忘れて、今では「オナカスイタ」とか「オカアサン、スキ」みたいな短い言葉を無意識に話すだけになった。爺ちゃん達も、どうやらその言葉がインカの言葉ではないと思うようになったし、スゾが忘れてしまうのでは仕方がないと、スゾに話させるのを止めたんだ。
 
 今ではスゾも俺たちとほとんど変わらない。顔も体付きもそして喰う物も着る物も俺たちと同じだし、白ブタを憎む気持ちも同じだ。大人になったら俺と一緒に、父ちゃん達に銃の使い方や白ブタの襲い方や殺し方を習って、白ブタがこの国から出てゆくまで襲い続けて、盗られた物を取り返すと言っている。
 
 スゾが今日寝言で又いつものおかしな言葉を言った。俺も父ちゃんもそれを聞いていたけれど、もうあまり気にしない。どうせ、あと二,三年もすればスゾは全部忘れるだろう。俺も忘れるだろうけれど、でも今日の寝言はいつもと違ってずいぶん哀しそうに聞こえた。
「カアサン、イツニッポンニカエルノ。イツムカエニクルノ。コノシンプサンタチトイッショニイレバ、サンゾクニオソワレナイッテホントウ?」
「父ちゃん。またスゾが寝言言っているよ。何を言ってるんだろう」
「気にするな。俺にも意味は分からないが、あの白ブタたちのことを夢に見てうなされて居るんだ。そうっとしておけ」
でも、俺はニッポンというのがハポンの事だと、前にスゾに聞いたことがある。ハポンってなんだろう。

by ロクスケ










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