規制法

 「おい、ここを開けろ」
いきなりドアを激しく叩き、誰かが外から叫んだ。安普請のアパートでは、アパート中に音や怒鳴り声が筒抜けだ。出勤する支度をして服を着ようとしていた飯田周三は驚いてドアに手をかけた。
「誰だ、こんな時間に。近所迷惑なことは止めてくれ」
「近所迷惑だぁ?お前の犯罪は大変な社会の害悪だ。さっさとここを開けろ」
「何のことだ。お前、誰だ」
「濡素六署の松木という者だ。お前には逮捕状が出ている。それと、家宅捜索令状も出ている。おとなしくしろ、ここを開けろ」

 周三は最初誰かのいたずらかと思った。だが、廊下には数人の人間が居る気配がする。警察だとしても、なにしろ、自分は市井の片隅でひっそりと生きている無害な四十男であり、小さな会社に毎日行き、つまらない仕事をして一日過ごし、帰りに定食屋で食事をして戻ってくるだけの人間だ。未だに独身だが、とくに女に対してそれなりの欲望はあるもののだからといって何かをするようなことはない。とにかく、警察がこんな形で、しかも逮捕状を持って来るなど全く身に覚えのないことだ。多分、人違いなのだ。
 
 それだけ考えると、周三はドアを開けた。
「何をぐずぐずしているんだ。どうせ、逃げられやしないんだ、観念しろい。俺は濡素六署の松木和男と言う者だ」
開けたドアから数人の男達がどやどやと部屋に上がり込んできた。そして、真っ先に入ってきた男が、周三の前に立ちはだかった。
「お前が飯田周三だな。○○年○月○日、午前七時三十二分、逮捕。ほら、これが逮捕状だ」
「待ってください。私には何のことだか全く分かりません。何の容疑で逮捕されるんですか。人違いじゃないんですか」
「何日もお前の後を尾行していたんだ。間違えることなど無い。容疑は、児童ポルノ規制法違反だ」
「じ、児童ポルノ?私には全く身に覚えはありません。たとえば、そんな画像を売ったとか買ったとか、写したとか、子供にいたずらしたとか、そんな覚えはありません」
周三にしてみれば青天の霹靂だった。今の今まで、平穏に目立たず生きてきただけだ。子供をどうしたとかなどの覚えなど無い。
 
 「馬鹿野郎、しらを切るな。図太い奴だ。こんな大それた事をする奴はいつも往生際が悪く、そんな言い訳をする。いいか、児童ポルノ規制法違反は重罪だぞ。裁判官の心証も悪い。今では、そう言う奴は生涯社会から隔離することになっているんだ」
「何かの間違いだ。私は無実だ。そんな犯罪なんか、私は犯した覚えはない」
自分の手首にかけられた手錠を凝視しながら飯田は息も絶え絶えになってうめいた。頭が真っ白になり、生涯隔離されるという言葉が頭の中でこだましている。

 「課長、やっぱりこんな物がありました。全裸の男児の写真です」
「やっぱり持っていたか、この変態野郎め」
「そんな・・あ、それは私のアルバムだ。それは私が四歳の時の写真じゃないか。それは私自身だ」
「誰が写っているかなんかどうでも良いんだ。こんな写真を持っていて、一人でにやにやしながら見ていたんだろう。四十にもなって所帯も持たない奴なんか、変態に決まっているんだ。成人女性に相手にされないから、子供にいたずらをすると決まってんだ」
「ばかな。それは私が四歳の時、庭で行水をしているところを親父が撮ったんだ。その後うちが火事になって子供の頃の写真は少ししかないんだ。それは俺自身の子供の頃の写真だよ」
「だまれ、性器を丸出しにして、こんなのがお前好きなのか。あ、これは何だ。幼女の全裸写真じゃないか。こっちも陰部を露出している」
「それは、私の当時三歳の妹が同じ日に行水をしている写真だ。妹は火事で子供の頃焼け死んで、残っているのはその写真だけなんだ」
「全裸の幼児の写真を持っているだけで、法律違反なんだよ。自家所持違反というれっきとした犯罪だ」

 「そんな写真なんか誰でも持っているだろう。どうして私だけが逮捕されなくちゃならないんだ」
「お前、一月前に架空請求があったって、警察に来たろう」
「ああ、そう言えば、普通のサイトをクリックしたらいきなりポルノサイトに移行して、そのサイトの業者からメンバー登録料と閲覧料だと言って請求があったから、どうしたらいいのかって警察に相談に行った。でも、そんなサイトの画像なんか、保存したりしていない」
「どうだ、こいつはこう言っているぞ」
「課長、そいつは大うそつきです。こんな写真がありました」

 飯田のパソコンを色々操作していた一人がモニターを指し示した。そこには子供のポルノ画像があった。
「嘘だ、私はそんな画像なんかダウンロードした覚えはない」
「キャッシュに残ってたんだよ」
「キャッシュてなんだ。俺はパソコンに詳しくないんだ」
「お前が覚えがあろうと無かろうと、お前のパソコンにこんな写真があったんだ。単純所持も犯罪なんだよ。お前が警察に来たときから、ポルノサイトにアクセスする危険人物としてずうっと尾行を続けてきたんだ。そして、今日、お前が単純所持、自家所持の規制を犯していることが証明された。しかも幼児性愛は絶対に治らない犯罪気質と言うことで、生涯隔離される。そうやって、お前が将来犯す悲惨な児童殺害や誘拐、強姦などの性犯罪を未然に防ぐのだ。さ、きりきり立ちませい」

 飯田周三はこうして逮捕され、七十五歳になるまで特別施設にで隔離されることになった。


by ロクスケ





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