なまはげ


 「周三、随分活き活きとしているな、最近」
行きつけの飲み屋、濡素六屋で飯田周三は店主であり幼なじみの松木和男に声をかけられた。正確には、和夫が幼かった頃も周三は今と変わらなかったのだから幼なじみと言うには当たらないのだろう。和夫ばかりではない。この辺りで周三を知らない者は殆ど居ないはずだが、みんな幼い頃から周三を知っている。周三はそのころから今と変わらないのだ。一番古い知り合いは、佐野茂代以外は何とかという爺さんで、もう百を超しているはずだが、一番最初に周三があったときはまだ母親に抱かれ、周三が声をかけると泣きわめいていた。その爺さんにも今年は会えるかどうか分からない。おそらくひ孫でもいれば初めて会うことになるのだろう。

 これは仕方がないことだと思う。母親に抱かれて周三に初めて会った人間が年老い、その間に子供や孫、そして時に曾孫を周三に会わせ、本人は死ぬ。周三はその子供や孫達が成長するのを見届け、そしてまた死んでゆくのを見送る。そう思うと、自分のあり方も因果なものだと思うがそのような役目を負い、そういう生き方しかできないのだ。
 
 「まあ、周三がこの時分になると活き活きするのは毎年のことだ。もう師走だもんなぁ」
「そうだな。おめが母ちゃんにしがみついてぎゃんぎゃん泣きわめいていた頃から、俺ぁこの時分になれば元気になる。和夫、もっきりくれ」
「ああ、これは、俺のおごりだ。今年生まれた孫がおめに初めて会うんだ。よろしくな」
「わいろだば受けねぞ。でもまあ、もらっとくべ」
周三は相好を崩して、目の前に出された大きなコップの酒に口を寄せた。

 「周三、待たせたか?」
声をかけられ振り向いた周三の後ろに佐野茂代が立っていた。相変わらず野暮ったい格好をしている。ぬれた地味なダッフルコートを脱ぎ、毛糸の帽子を取り、ぐるぐるまきのマフラーを外して、後ろの壁のハンガーにかけ、それから周三の隣に座る。
「あたしにも、もっきり。それとイブリガッコ」
「こんちわ、茂代。いま周三に俺からおごったんだ。あんたにもおごってやんべぇ」
「ありがたいねぇ。あたしらにサービスしとくと、来年は良いことがあるよ」
やはりのんべぇの茂代も相好を崩した。

 「茂代、おめぇ暮れのかきいれ時、仕事休めんのか」
「何言ってんだ。仕事ったって本業じゃあねぇんだ。あんたも同じだべさ。それにしてもいつ見てもあんたの恰好、似合わないねぇ」
「まあ、お互いだ」
なんと言っても、もう何百年もつきあっている茂代だ。この辺りでは茂代しか居ないのだ。よその土地に行けば同じようなのが居るのは知っているが、この土地を離れるわけには行かないのが周三や茂代だ。だから、よその土地の同類にあったことはない。




 昔は普段山の中でひっそり暮らし、大晦日だけ里に下りてきたのだが、今は住んでいた山までが開発され、町役場に説得されて町営アパートに住んでいる。山奥に住んでいた頃は生活費などいらなかった。自然の木の実等を食べていれば十分だし、大晦日に稼ぐだけで一年過ごしていられたのだ。だが、街暮らしを始めてみれば着る物も要るし人付き合いもしなければならない。すると、生活費が必要になり、結局働かなければならなくなった。いろいろやってみたが、今では宅地開発の営業マンをやっている。何しろ目立つので、どこに行っても誰もが周三だと分かるし、絶大な信頼もあるので成績は悪くはない。ただ、近年増えてきたよそ者は、初めて周三を見ると腰を抜かす程驚く。それはそうだろう、背広を着たなまはげなど、見たこともないからだ。
 
 「なあ、茂代。それにしてもだんだん俺たちの影、薄くなってきたような気がしねぇか。昔は俺たち蓑を着て出刃包丁を持って家々を回り、泣く子は居ねがぁ、悪い子は居ねがぁ、と子供を脅せば、どこの親も俺たちに飲ませ、帰りには土産もくれる。まあ、今でもそうだけどよ、だんだんそれが減ってきたような気がしてなんねぇ」
もっきりをすすりながら言う周三に、茂代も相づちを打った。
「人間の世界が変わったからねぇ。大晦日に行っても留守の家があったり、居ても昔みたいに大家族なんて無いし、核家族化が進んでいるし、中にはあたしらが行くと、警察を呼ぶ家だって有るんだよ。こないだもさぁ、レジを打ってたらよそから来た奥さんがあたしの顔を見て悲鳴を上げて逃げたんだよ。ここのスーパーでは鬼がレジを打っているって叫びながらさ。なまはげがレジ打っちゃ悪いのかねぇ。パートで働かなくちゃ、生活できないのはあたしらも同じなのに」

 「二人とも元気出せよ。この地方じゃあ、あんたらが子供達の守り神だってことは誰でも知っている。新しく移ってきた人たちだって、話には聞いているんだ。なまはげがこの地方の古くからの風習だってよ。俺たちが元気なうちはあんたらに寂しい思いなんかさせねぇよ。ついでだ、ホッケの焼いたの食うかい。おごりだよ」
 
 二人は顔を上げて笑った。そうだ、古くからの住人達は自分たちを大切にしてくれているのだ。みんなに忘れ去られてしまえば自分たちは消えてしまうが、まだ何十年かは大晦日のたびに藁蓑を着て出刃包丁を持って家々を回る。悪い子は居ねがぁ、泣く子は居ねがぁ、と言いながらその子達の健康と幸せを授けて回るのだ。まだまだ止めるわけには行かない。二人のなまはげは改めて乾杯をした。
 
 
by ロクスケ








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