六次の隔たり


 パソコンで何かを見ていた敦子が、ソファの背もたれに寄りかかって缶ビールを飲みながらテレビを観ていた夫の山内周三に言った。

「ねぇ、あなた、私たちが本当は結婚する前から関係があったって知ってた?」
「いや、知らないよ。そんなこと無いだろう。俺は北海道の出身で、君は沖縄の出身で、先祖代々それぞれの土地にいたし、俺たちが初めて東京に来て、俺がたまたま道路でハイヒールの踵を折って困っていた君に、たまたま持っていた商品サンプルのスニーカーを上げたことからつきあいが始まって、去年結婚した。
それまで、俺と君の接点なんか、全くないよ」
「わたしもそう思ってたの。でもね、色々調べてみたら面白いことが分かったわよ。あなたのお父さんが勤めていた会社の東京本社で同僚のある人が佐渡島に遊びに行ったとき、温泉旅館で女風呂を覗いてつかまって、あ、これは示談が成立したから警察沙汰にならなかったけれど、その時覗かれた団体客の女性が沖縄出身で、その人はわたしのお母さんのお姉ちゃんの親友だったんだって」
「なんだそれ。そんなことがネットで分かるのか。分かったとしても、そんなの関係があるって言えないよ」
「夢がないわねぇ。私たち、生まれる前から縁で結ばれていたって、どうしてそう思えないの」

 周三は笑い出した。敦子にはそんな子供じみたところがある。とはいえ、まだ二十三才だ。三十才の周三から見ればまだ子供みたいなものだが、そこがまたかわいい。何しろ結婚して一年だ。楽しい最中なのだ。敦子がそう言うならそう言うことにして置いても良い。

 「分かった分かった。不思議な縁だな。俺たちは、出会うべくして出会ったというわけだ」
「ね、ね。そうでしょ。だから、わたしあなたのことが好きになったんだわ。だって、あなたに会う前も何百人、何千人もの男の人を見たわけだし、中にはちょっと仲良くなった人もいるけれど、でもあなたを最初に見たとき、ほんとうにわたし、この人と結ばれるんだ、って直感があったの」
「そうか。それは初めて聞いた。なるほどなぁ」周三は、ソファに移ってきた敦子の肩を抱いた。

 次の日、昼食時間、周三は敦子の作ってくれたサンドイッチを頬張りながら、ネットで昨日敦子が言っていたサイトにつないでみた。”六次の隔たりチャンネル”というサイトで、自分の名前、住所、簡単な来歴、家族構成、勤め先、友だち関係などを入力すると、特定の誰かとどのような関係があるかを調べてくれるサイトだ。どんなに無関係と思われる人間同士でも、その間に六人を仲介すれば関係があるとされている事実を調べてくれるのだそうだが、つまり、個人情報が全て丸裸になる。敦子はこんなサイトにアクセスしていたのだ。笑い事では済まない。

 敦子が子供っぽいとは思っていたが、ネットに個人情報を流したことでいろいろな犯罪に巻き込まれたりだまされて金を取られたりがさんざん問題になっているのに、まさか、敦子がこんなサイトに個人情報を入力していたなど、さっそく敦子にきつく言い渡して置かなくてはならない。

周三はすぐに携帯で敦子に連絡を取ろうとした。しかし、電話はつながらなかった。敦子が勤めている会社ではもしかしたら携帯の電源を入れる事が禁止されているのかも知れない。敦子は受付をしているが、もちろん、仕事中に携帯に出ることは出来ないはずだ。仕方がないから、家に戻ったら敦子に言って聞かせるしかないと思った。  

「なんです、山内さん。そんな難しい顔をして」
隣の同僚、村木和男が声をかけた。周三の三年下の後輩で、いわば周三と一緒に仕事をしている相棒だ。なかなかいい男で、私生活では結構派手だと聞いている。まだ独身だが、色々女性関係が取り沙汰されている男だ。
この会社の重役の一人が叔父さんだとかで、遊び半分の仕事でもちやほやされている。人間自体は悪い奴ではないので、周三は別に反感は持っていない。
「ああ、このサイトだよ。個人情報が丸裸になるサイトだ。今時、こんなサイトにだまされて、個人情報を言われるままに入力する奴が居るんだなぁ」
「これね。僕も知ってますよ。今は小学生や中学生なんかが親の名前から会社名、収入、交友関係などなどなんでも入力してしまうみたいですねぇ。でもね、山内さん、考えようによっては、僕たちの個人情報なんて全部丸裸になってネット上に溢れて居るんですよ」
「まさか」
「だって、山内さんだって家や車のローンを組むときなんかかなりの個人情報をローン会社に証しているわけだし、結婚したときも役所にそれなりの個人情報を伝えている。そして、子供が出来れば、その子の全ては役所や、病院、保育園、幼稚園、学校関係のコンピューターに全部入れられちゃうじゃないですか。だから、何百万人もの個人情報が、CD一枚に入っていて売買されるんだし、実際にそれで被害が出てますよ。こんなサイトで驚いていた ら、生きていけませんよ」

 言われてみて、周三はその通りだと思った。一旦個人情報がネットに漏れると、様々な情報を組み合わせあっという間に一人の人間のありとあらゆる情報が、本人の知らない分まで含めて明らかにされる。それがコンピューター社会に生きている現代人の宿命なのだ。 

周三は、敦子にきつく言うのは止めることにした。それでも、出来るだけ気を付けるようには言わなくてはならない。しかし、帰った周三を待ち受けていた敦子の口から、思いがけない言葉が飛び出した。

「ねぇ、あなた。別れて。わたし、間違っていたことが分かったの。あなたのお母さんの友だちの弟が、私のお父さんの同級生のお母さんの弟をロサンゼルスで殺したのよ。こんなの許せないわ。そして、わたし、あなたの会社の村木和男さんとはあなた以上に強い絆で結ばれていることが分かったの。たった三人しか離れていないのよ。私のお父さんの前の奥さんの子供だったの。だから、あなたと別れて、村木さんと一緒になるわ。さっき、電話で村木さんと約束したの」

by ロクスケ


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