生存

(今号は記事が少ないので、私の小説で水増し)

 「かあさん、今日はこれだけ見つけた。しばらくは大丈夫だよ」
飯田周三が担いできたバッグの中身ををテーブルの上に広げると佐野茂代は目を細めた。「あんた、良くこういうの見つけてくるね。それも時間もかけないで。やっぱり近くにまだ誰にも見つかってないコンビニか何かあるんだね」
「うん。ここを出て表通りを右に・・・」
「言うんじゃない。母さんにその場所を言っちゃいけない。もし誰かが来て母さんから聞き出そうとしても、母さんが知らなければ白状することはないからね」
「でも、もし俺に何かがあって帰ってこられなくなったら、母さんが食い物を探してこなくちゃならないんだよ。それに、この一ヶ月、他の奴なんか誰も見ないもの」
「でも、他にも思ったよりたくさん生き残っているし、ここだってもし見つかったら二人とも殺されるに決まってる。周三が帰ってこられなくなったら、いいよ、母さんもどうせ一人じゃ生きては居られないんだから」

 茂代はこんな会話をもう何回かしたと思っているが、よく思い出せない。多分自分の気力が衰えてきているのだろう。時間はそれほど無い。
「さ、とにかく食べようよ。見つかる間はとにかくたくさん集めて置かなくちゃならないんだから。でも、もうそろそろいろんなものが食べられなくなってきているよ。ため込んでいてもどれくらい保つかねぇ」
「そうしたらまた取ってくる」
まだ事態をしっかりと理解するだけの年齢になっていないのかと、茂代は周三を見た。なんとか、周三が一人で生きてゆける年齢になるまでは自分も生きていて、色々教えなければならない。
「ねえ、周三。外から持ってきても、食べ物自体の保存期間を大分過ぎているから食べられないのは同じなのよ。ここに集めているのは缶詰や瓶詰めを主にしているけれど、レトルトパックなんかは確かにもうだめになっているのが多い。どこにあるのも同じなんだよ。とにかくね、どこかで花屋さんとかそれからどんなところにあるのか分からないけれど野菜の種なんかがあったら育てられるかも知れないんだけれど、母さんがあんなに探したのに見つからなかった」

 なにか植物でも育てることが出来れば食料を作ることも出来るのだろうが、自分たちが見回した限りでは植物が生えている土地などないし、種なども見つからない。周三がどれだけ理解しているのか茂代は心底心配になった。とにかく、周三が生き延びるのを見届けるまでは死ぬに死ねないのだ。
 
 「缶詰を食べて水を飲んだら、勉強を始めようね」
「でもそんなこと覚えてなんかのためになるのかなぁ」
「あんた、もう十二才でしょ。字も読めるようになったしだからお母さんが書いた記録もちゃんと読めるはずよ。あんたが五歳の時、全面核戦争があって、ほとんどの人が死んで、私たちだけがやっと生き残っている。この地下鉄の奥の核シェルターにやっとたどり着いて、五年間、一歩も出ないで保存してある水と食料と、人力空気浄化装置だけで生きてきた。一日五時間空気清浄機を動かすことだけが私の出来ることだった。すっかり体をこわしたけれど、なんとか外の空気が吸えるようになったのを確かめて、外に出たけれど、生き残った人間はもう殺し合い奪い合いだけしかしていない。周三、あんたはそんなところに出ていって一人で生き延びなくちゃならないのよ。でもまだ無理。だから、ここでお母さんが知っている限りのことをあんたに教えてるんじゃないの」
「母さんが一緒に来ればいいじゃないか」
「私が生きていられるのはあと四,五年よ。外に出た最初の時に放射能を吸ったらしいから、もう髪の毛が抜けたり歯茎から血が出たり。でも、あんたはまだ健康だから、絶対生き延びて」
「母さん、どうしたの、顔色が真っ青でふるえている」
「あんたを残して死ねない。でも、もうだめみたい。周三、寂しくても一人で生き延びなさい。あんたのためにいろんな事を書き残してあるからね。生き延びなさい」
あまりに急に母の様態が変わり、そしてあっけなく死んでしまったのが、周三には信じられなかった。

 唯、また母親の説教が始まったと周三は思っていたが、しかし、最近母親が非常に具合が悪そうなのは分かっていた。他の人間をまともに見たのは七年前が最後だから、母親の状態が本当はどうなのか分からないし、核戦争で人間がほとんど居なくなったというのもどうしても実感出来ない。ここが核シェルターだと茂代は言ったが、どうして自分たちだけなのか、父親の松木和男がどうして居ないのか分からない。父の行方を茂代に聞いたが、茂代も知らないし、連絡の取りようがないと言ったのだ。どこかで生きているのかも知れないが、ほとんどの人間が死んだのだから、父も死んだのだろう。第一、父のことを良く思い出せないし、母は父のことを話さない。聞くと、泣き出すばかりだった。でも、今日まで、まさか急に茂代が居なくなるとは思っていなかった。
 
 「松木さん、奥さんはとうとうだめだったようです。全力を尽くしたのですが」
医師の松田朗に言われ、松木和男はベッドに寝たままの妻、佐野茂代の手を握った。七年前の自動車事故以来一度も目を覚ますことなく、そのまま旅立ってしまった。
「で、周三の方は・・」
「不思議ですが、お母さんが息を引き取ったと同時に意識が戻り始めています。もともと、お母さんと違って、全く脳にも体にも損傷が無く、脳波で見る限りお母さんと同様脳は活発に活動していたんですがねぇ。お母さんの車に乗っていたと言うだけで、意識を回復しないままだったのに、お母さんが亡くなった途端にお子さんが意識を取り戻し始めるなんてねぇ」
「どうして、周三までがそんなことに・・」
「分かりませんが、奥さんの思いがそれだけ強くてお子さんを自分のそばに置いておきたかったんじゃないかと思います」
「そうかも知れません。私のせいです。仕事にかまけて息子を妻に押しつけたままかまわなかったから。世界が滅びても自分は周三だけは守り通す、って冗談で言ってましたよ」
松木はそう言いながら、今は静かに横たわっている妻のやつれた顔をそっとなでた。













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