小説「処刑」

 飯田周三の死刑が執行されたと、松木和男が知ったのは会社帰りの電車の中で読んでいた新聞記事によってだ。もっとも、そんな記事は普段は読まない。誰か死刑囚が死刑になったなど、ごくたまに記事になるようだが、そんな記事に興味はない。日本では死刑執行は最終的に法務大臣の署名により為され、その数は法務大臣によって変わる。宗教的信条によって署名しない法務大臣が話題になったが、一方死に神と言われる法務大臣も居て、その年は十人もが死刑執行された。
 
 おそらく日本で死刑執行されるのは平均で年二,三名のようだ。犯人が国民全体の注目を集めた凶悪事件の犯人などの場合は比較的大きな記事で執行が報道されるが、ありきたりの殺人事件などでは殆ど二,三行の記事が一回出るだけだ。それに、事件から何十年も経って、事件そのものが忘れられているときなどは、処刑された死刑囚のことなど誰の注意も引かない。
 
 まさに、松木にとって飯田の事など、ほんの一瞬記事を読んだときに意識に昇っただけですぐに忘れてしまう、そんなたぐいの人間だった。
 
 早めに家に戻り、妻の佐野茂代と一緒に夕食を取った後、テレビを観ていた周三に、新聞を読んでいた茂代が言った。たまたま周三が買ってきた物ををテーブルに置いていたのを読んでいたのだ。
「あら、あの男とうとう死刑になったのね」
「ん?ああ、確か誰かが死刑になったってそれに出ていた。誰だっけ。茂代がそいつを知っているのかい」
「あら、飯田周三よ。あなたの幼なじみだっていつか言ってたじゃない」
「ええっ?飯田周三・・あ、そう言えばあいつ俺の近所の内の奴で、俺と同じ年で、そうか、同じ小学校に行ってたんだ。たしか、八百屋の息子だったよ」
「そうそう、そんなこと言ってた。で、強盗で三人殺したらしいわよ。それまでもさんざん犯罪を繰り返して刑務所で人生の殆どの時間を過ごしていたんですって」
「ひどい男だなぁ。でも、確かに俺の知っている飯田周三なのかなぁ。良く覚えていないんだ。大人しくて誰にでも好かれる奴だったと思うよ。俺の方がどっちかと言えば問題児だったかも知れない」
「あなたが問題児だったの?初めて聞いた。この死刑になった人があなたの幼なじみと同一人物なのか、ちょっと調べてみましょうよ」
「わざわざ調べなくても。それに、俺は本当に覚えていないんだ」
「他の友だちのことは?」
「・・・そういやぁあまり覚えていないなぁ。誰と遊んでいたかどんな奴が同じクラスにいたか、どうしてだろう、覚えてない。いや、俺自身、どんな子供だった覚えてない」

 一度気になると、周三のこと、自分自身の記憶のことが頭から離れなくなり、翌日帰ってきてから実家の父、松田朗に電話をしてみた。
「父さん、俺どんな子供だったんだろう、小学生の頃」
「何だ、今頃。そうだなぁ、あまり問題のあるような子供じゃなかった。普通の小学生だったんじゃないのか。あのころは母さんに子育てを任せていたから俺は実は良く知らないんだが、俺の感じではそれほど悪ガキじゃなかったと思うよ。母さんが生きていれば良く知っているんだろうが。ああ、そう言えば、一度随分心配していたことがあった」
「何だろう」
「お前の友だちの、確か八百屋の子供が店の売り上げを勝手に持ち出して、お前や周りの子供達に配ってみんなで買い食いをしていたんだ。普段大人しい良い子だったから、まああまり問題にはならなかったらしいし、それに何しろ小学二年生の頃だ。おとがめ無しなんだが、母さんは気にしていたな」

 松木は青ざめて電話を切った。思い出したのだ。周三はみんなから虐められていた。一番先頭に立って虐めていたのは松木自身だ。周三がある日家業の八百屋の店先から売り上げ金を持ち出し、それをみんなに配って駄菓子や玩具を買った。それでみんなに取り入ろうとしたのであり、その時ばかりは松木達は周三をおだてちやほやし、そして何度も店から金を持ち出させた。確かに六、七才くらいの頃であり、それが悪いことだとは思っていなかったのだ。
 
 しかしそれがばれ、周三が金を持ち出してくることはなくなった。子供のことだからみんなが先生から、それは悪いことだから、もう二度とやってはいけない、と注意をされただけだった。
 
 しかし、松木達は周三にもっと金を持ってくるように言った。持ってこないと前にもまして虐めがひどくなった。もちろん、周三の家では売上金を出しっぱなしにすることはなくなり、結局周三はよその家に忍び込んで金を盗んでくるようになった。もちろんそんなことは松木達は知らなかったし気にもしなかった。金を持ってくれば、みんなで周三をちやほやした。
 
 その内に周三の家が商売を畳んで引っ越していき、周三のことはみんなが忘れた。だが、ずうっと後になり、周三が何度も警察に補導され、とうとう少年院に入れられたとの話を聞いた。それまで、周三は大人しく素直な良い子供だと言われていたのに、いつの間にか盗み癖がついてしまい、結局少年院を出てから働きに出たという。飯田の家は、飯田の犯した罪の尻ぬぐいでとうとう両親も不仲になって一家離散したのだとか。
 
 周三の犯罪はどんどんエスカレートし、成人してからすぐに強盗をして刑務所に入り、それが何度か繰り返されてとうとう、弾みとは言え人を三人も殺すような事になってしまったのだ。それを誰に聞いたのか飯田は覚えていない。というより聞いたことさえ覚えていない。だが、自分で記憶を封印してしまっていたのだ。
 
 三十年も前、自分が周三を死刑台に追いやったことを、松木は思い知った。
 
by ロクスケ 









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