TOPIC ESSAY フリック氏の書斎
フリック・コレクションはニューヨーク有数のプライベート美術館だ。
ピッツバーグの鉄鋼王として財をなしたヘンリー・フリックの私邸が、彼の死
後美術館として公開されたもので、富裕層が居をかまえるアッパータウンに ある。設計は建築家トーマス・ヘイスティングス。総大理石・新古典様式の 豪華な館だ。
若い頃から美術に興味のあったフリックは、自分の趣味にあうものを吟味し
40年をかけてコレクションを築いた。フラゴナールばかり飾られた部屋、3 点のフェルメール、マリーアントワネットのライティング・デスク等々、財力に まかせて買いあさったコレクションとは一線を画す、鑑定眼の高さが伺える ものばかり。
美術館として開放するにあたり、暮らした居室をそのまま展示スペースにし
たため、部屋と調度品、美術品の調和がとれ、裕福な私邸に招かれたよう な親密な気持ちで鑑賞できる。歩いて数分のメトロポリタン美術館とはうっ て変わった静けさだ。
ある部屋で、蔵書に目をうばわれた。
それは収蔵品ではなく、フリック氏の書斎に以前から置かれていたものだと
思う。年季の入ったハードカバーの本は多くがセット物で、”世界の偉大な 芸術家”、”・・・著作集”といったタイトルがずらりと並ぶ。
世界の意味するところは「ヨーロッパ」だろう。
そう、フリック氏が憧れたのは、ヨーロッパそのものだっだ。ヨーロッパが、自
身の呪縛と感じているような歴史、伝統、芸術こそ、アメリカに存在しないも のだったから。
噴水のある明るいパティオ風の中庭に座ってくつろいでいると、フリック氏
に愛されたものすべてが、語りかけてくるような気持ちになる。
主はもういないけれど、思いはこうして残ったのだ・・・
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