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Diary 2007
(月2回程度、更新しています)


2007年12月24日


サマトラケのニケ

先週は連日すばらしい夕空でした。「サマトラケのニケ」の翼に似た雲をみつけて思わず写真に撮りました。ニケはギリシャ神話で勝利の女神。彼女自身が勝利を与えるのではなく、神々の決定をもたらす使者とされています。ルーブル美術館の彫刻が有名ですよね。↓
                       
1年を締めくくる月にこんな雲に出会えるなんて祝福を感じます。ここ数日、ヴィジョンがあふれてきている気がしています。時節柄やることは多いのだけど何もしないのは勿体ないから、こういう時こそ自分を見つめる時間を持とう!

夫がサプライズでポインセチアの鉢を買って帰宅。イヴの夜なのにまだたくさん残っていて、夫が一鉢取り上げたら、お店の人がすごく嬉しそうな顔をしたそうです。ただの売り上げっちゃ売り上げだけど、贈り物には真心の受け渡しもある訳で、我が家にたどり着いた鉢にもいくつかの笑顔が重なっていると思うとちょっとHappyでした。

2007年12月10日


2007年後半の音楽シーンが終了!

8月12日(日) ハイドン 弦楽四重奏曲「皇帝」
  (真夏の夕の憩い、室内楽演奏会 Tカルテット)
11月25日(日) グリーグ ホルベルク組曲
            シューマン チェロ協奏曲
           ベートーヴェン 交響曲第2番
           (H管弦楽団)
12月9日(日)  バッハ 弦楽と通奏低音の為の組曲
           ドニゼッティ シンフォニア ニ短調
           ライネッケ 12の音楽画帖から
           クリスマス・メドレー
           (K病院 クリスマスコンサート)
12月10日(月) バッハ 主よ、人の望みの喜びを
            バッハ  G線上のアリア
            シューベルト アヴェ・マリア
            涙そうそう、千の風になって
             (C教会帰天ミサ)

秋は、自分が弾くよりも知人のコンサートを聴く機会が目白押しでした。たくさんの素敵な演奏からパワーをもらいました。どうもありがとう!まだこれから来年用の譜読みがいくつか。私も頑張らなくちゃね!
クリスマス・コンサートの日は、66歳で亡くなった父の誕生日でした。開催した病院は自分自身、入院経験のあるところです。奇しくも翌日、帰天された方のお見送りにも列席し、行く年を思うとともに逝く人に思いをはせた2日間でした。
そして先日、チェロの恩師を囲む会がありました。門下生は皆、楽壇で活躍する人ばかり。忙しい演奏活動の合間をぬって奇跡的に大勢集まり、夢のように楽しいひと時を過ごしました。(チェリストの水谷川優子さんが「チェリスト日記」に12月9日付で、コメントしています。)
今年もまた、人の縁に恵まれたことに感謝の1年でした。 

2007年12月01日


「ああ、私のフェルゼン!」

師走になってやらなくてはならないことが山積みなのに、そんな時に限ってどうでも良いことに走る私。大学入試前夜も、一晩中推理小説を読んで滑り止めをすべりました。基本的に逃げまくる性格です、はい。
最近、はまったのが何とあの「ベルばら」!フランス語版を買ってみたらとても面白くて、絵だけ眺めて頭の中はもうロマンと激情で一杯です。この歳で読んでもワクワクするのだから本当に記念碑的名作なのですね。ちなみに文庫版(日本語)の解説は、林真理子・内館牧子・氷室冴子・松本侑子など、豪華な顔ぶれ。林真理子さんは解説を書くために再読したとき、徹夜で読んでしまったそうです。わかるわかる・・・ 私が今一番惹かれるのはアンドレでございます。^^

逃避行動その2で、突発的に映画を見に行ってしまいました。
何ヶ月も映画館に行っていないので、禁断症状が出た感じですが、何もこの時期に・・と一応反省。こちらの方はロマンじゃなく、大臣をクビになった情けない男の話。ところが一筋縄ではいかないのがフランス映画。”これが人生ってものさ”という言葉がフランスほどぴったりする国はないと思いました。

徒歩圏内にお気に入りの場所を見つけました。青山学院大学構内です。やっと色づいた銀杏が、朝日を浴びて黄金色に輝いていました。その奥の一画に、数本の大樹があります。そう、私は大きい樹が大好き。創設時から時の流れを見守っていたんだろうな。ゆったりした陽だまりが気持ち良かった! また時々寄らせてもらいます。^^


2007年11月22日


まっとうな・・・・

このところ、エキストラで参加するオーケストラの練習に出ています。私は特定の団体には所属していないので、こんなオバサンでも誘ってもらえるのは素直に嬉しいです。今回は地味なベートーヴェンの交響曲第2番がとっても楽しい! 何でだろうと思ったら、「まっとう」なんです。最近流行の、スポーツカーを乗り回すようなテンポの速い演奏やヴィヴラートをかけない演奏ではなく、驚くほどの正攻法。N響奏者でもある指揮者の力量でしょうか。弾いていて心の底から喜びを感じます。

「まっとう」というのはレストランでいえば、支店の出店や”**とのコラボ”に走らず、10年も20年も同じ場所で頑張っているシェフのようなものかな・・・
気に入っている和食のお店が、この度ミシュランの一つ星にランクされました。正直言って、ちょっと意外でした。だって奇をてらったところが何もないお店なんです。次々と新機軸のお店がオープンする青山エリアでやっていけるのか心配していたくらいでした。発表を機にミシュラン狂騒曲が始まりそうですが、こういうお店が評価されるのは個人的に嬉しいです。

・・・といっても私自身は味音痴。一緒に食べたい人といれば何でも美味しいし、そうでない時はちっとも美味しく感じません。絶対音感じゃなくて、絶対舌感(?)がないってことですか。^^;
今日は昔の同僚が用事で近くに来たついでに、カジュアルなランチをしました。デザートとコーヒをいれて1500円也。もちろん、とっても楽しくて美味しかったで〜す♪ 

2007年11月01日



いつのまにか11月・・・

知人のブログで紹介されていた「私は私になっていく:痴呆とダンスを」(クリスティーン・ブライデン著)を読みました。40代で痴呆症になった患者本人がこのように知的で冷静な、かつ霊性にみちた分析ができることに、無知な私はとても驚きました。

”心と魂にふれてほしい
  私たちがより感情の世界に生き、認知の世界を生きることが少なくなっているので、記憶に残るのはあなたが何を言ったかではなく、どんな風に話したか、ということだ。私たちには感情はわかるが、話の筋道はわからない。あなたの微笑み、あなたの笑い声、私たちにふれるあなたの手が、私たちに通じるのだ。共感することが私たちを癒してくれる。ただあるがままに私たちを愛してほしい。訪ねて来て、何と言っていいかわからない時は、ただそばにいてくれればいい。私たちには言葉よりも、あなたがそばにいてくれること、私たちと思いをわかちあってくれることが必要だ。私たちの感情と精神は、まだここにいるのだ。あなたが私たちをみつけれさえくれるなら!”

”私たちにわかったことは、「自分が何を言うか、何をするかが私なのではなく、私はただ私である」ということだ。自分が誰かは魂が決めることだ。認知と感情は人生で変化するが、私たちの本質である魂は神の手のうちにある。私の魂は、母の胎から生まれる前に知られており、私たちが塵になったあともずっと知られ続ける。
それは外的な認知の仮面から離れて純真無垢に戻っていく旅でもある。自分が何をして、どこで働き、どこで暮らして、どんな風に話、どんな考えやものの見方をしているかを言葉で他者に伝えようとする世界は、見せかけのものに過ぎない。”

認知する能力を奪われ、感情を剥がれても、その人をその人ならしめているものは残る。一方的に無能力と決め付け、守りたいと思うあまり相手をコントロールするのは、相手がちっとも望んでいないことなんですね・・・ これから一層歳をとっていく親との関係でも試されそうです。
やっと母親が懸案だった治療する気になってくれました。何しろ、自分に都合の良いことを言うお医者さんが一番、プールやダンスのお友達の意見が一番、てな調子で、娘の意見は最下位でしたから。それでも最後は娘が紹介した病院にかかることにした気持ちを考えると、老いの深さも思いやられます。明日は付き添いデビューでございます!

ファンクイーンという多肉植物が、2回目の可愛い花を咲かせました。(写真)何を置いても枯れ果てていたうちのリビングでも、やっと命が育つようになりました。オットから「誕生祝の花は歳の数だけ」と言われたけど、ほんとぉ〜? ^^;

2007年10月24日


美味しい幸せ

私は結婚して以来、一度も天婦羅を作ったことがありません。ハンバーグもないかも。こういう時の常として言い訳はたくさんできるのですが、そんな私めが20年近く同じお料理教室に通っているなんてミラクルです。きっかけは、花嫁修業とかグルメではなく、単純にそれまで縁のなかったことをやってみたいと思ったからでした。

デモンストレーション形式で、エプロンもせず席についていれば美味しいお料理が運ばれてくる「食べる料理教室」だからこそ、長続きしているのかもしません。^^;
でも本当の理由は、先生のお人柄。出し惜しみがなく、ちょっとミーハー(?)なところもある先生に、お目にかかるのが楽しみなんです。これ以上続けたって進歩もないしなぁ・・と思っても、やはり足が向いてしまう。疲れて出かけても、何故か元気になって帰ってくるんです。
教えるということは、内容はもとより、教える人自身を伝える行為なのだと思います。
それにしても、食べるだけでハッピーになれるのだから食事って凄い。
あ、ちょっと違うね。評判のよいお店だって幸せになれるとは限らないもの。作った人・食べる人・お料理のハーモニーがあってこそ。我が家がそんな場所になれると良いな。

写真は、お料理の先生から分けて頂いた自家製ラー油。今回は近頃評判の石垣島のラー油風に、島唐辛子などを加えて作ったそうです。香り高く、つややかな赤い色・・・餃子食いてえ!
そして、10月某日のお誕生祝いに頂いたチェロの置物。ありがとね。 取り壊しが決議された中銀カプセルタワービル(黒川記章設計、昭和47年建築 新橋8丁目) 1階の角はコンビニ。真っ赤な看板ばかりが目立っていました。

2007年09月24日


ちょっと愉快なSerendipity!

ニューヨークほど、街そのものが映画になる場所はないと思います。
ニューヨークを舞台にした「Serendipity」という映画をご存知ですか?タイトルの意味は、”思わぬものを偶然発見する才能” 映画には、Serendipityという名前の実在するカフェが登場します。(真ん中の写真) ストーリーはとってもシンプル。クリスマスの買い物の途中偶然出会った男女が、お互いに惹かれつつ、運命が定めるなら必ずもう一度会えるはず・・・とちょっとした仕掛けをして別れます。さあ、二人はどうなったでしょうね〜〜 ^^ 

映画に出てくるキースポットがいくつかあります。
「Serendipity 3」(カフェ)、ブルーミングデール(デパート)、チェルシーピアのゴルフクラブ、セントラルパークのスケートリンクアストリア(ホテル)などなど。

ミーハーな私は一目カフェを見ようと、地図を片手にたどり着いたのですが予想外の行列。人気に驚いた後、夫がディナーに必要なネクタイを忘れたので、ブルーミングデールに寄って購入。 何でもよかったので一番安いネクタイを選んだのですが、クレジットカードを見せると、それまでニコリともしなかった店員が、すかさず名刺を差し出しました。( これって映画のやりとりそっくりなんですよ!) それから予約したレストランへタクシーで向かいました。もしかして遠回りかも?という道を走り始めてしばらくすると、何と通り沿いにチェルシーピアのゴルフクラブが出現。キャ〜!更に泊まったホテルがセントラルパークの近くだったので、お散歩ついでにスケートリンク(夏場は遊園地)にも寄りました。アストリアホテルの前もしっかり通って完全制覇?!

そのつもりはなかったのに、いつの間にかロケ地ツアーをしていた私。夫は結婚前NYで仕事をしていましたから、めぐり逢う、というキーワードはNYにぴったりくるんです。だから何?って言われるかも知れないけど、ちょっと愉快なマイ・シンクロのご報告でした。

2007年09月19日

旅は啓示・・・

ふと気がつくと、9月もそろそろ終わり・・・果てしなく続くと思えた暑さも一段落して、朝晩は涼しくなってきました。季節の変わり目で不調に悩まされている皆さん、きっともうすぐ抜けられるよ!
この時期の不調は決して疎ましいばかりではないと思います。

9月初旬に、アメリカのバーモントを旅行してきました。今回も自分が深い部分で変わるようなメッセージやサポートがありました。旅は奇跡・変容・啓示・自分そのもの、臆面も無く断言できます! だって、そうなんだも〜ん。^^

自然が豊かな郊外にしばらくいると、人と会った時に、まず微笑むようになります。見知らぬ人でも、にっこり笑ってHi! 宿泊したのはサウンド・オブ・ミュージックのモデルとなったトラップファミリーが営むロッ。広々した丘の上で、やっぱり歌っちまいました。”The Hills are alive〜〜〜♪” これが最初に歌えるようになった英語の歌という人も多いのでは?
裏手に緩やかな散策路があって、道筋にアメリカを代表する田園詩人ロバート・フロストの詩が掲げてありました。ボストン郊外のコンコードには、「森の生活」の著者ソローが暮らした小屋があります。フロストの詩集、ソローの本、読んでみたいです。

「森の生活」は古典と言われつつ、読破するのが大変という評判でした。最近、動物学者の今泉吉晴さんの訳書が出版されていると知り、嬉しい驚きでした。この人は児童向けに、とても誠実で良い本を何冊も書いています。ここで繋がるなんて、やっぱり読まなくてはね。

見上げれば、素敵な青空が多いこの頃。うつむき加減になりそうな時ほど、空を見よう!

2007年08月24日
足は語る

術後療養中の友人に、リフレクソロジー(足裏マッサージ)をしました。ぽったり重だるかった嫌な感じがなくなり、順調に快復しているようでした。よかったよかった!ある部位が硬くしこっていたので聞いてみると、手術した場所ではないけれど、その影響で筋肉がつれ痛みがあるとのこと。足って正直だな!と改めてぷち感動。^^
どんな病にかかるか・・・も、その人の考え方や生き方に深く関係しているといわれます。

資格をとって間もない頃、ボランティアを多数採用している病院の募集に申し込みました。
オリエンを受けて、患者さんにリフレクソロジーをやりたいと伝えると、「前例がなく感染症等が懸念される」という理由であっさり断られました。別の病院でも、自分自身が患者カードを持っていたために「通院中の人は採用できない」と門前払い・・・こんなに元気で、人の役に立ちたいだけなのに、門戸が開かれないなんて、結構ショックでした。
病気によっては、治療のために休職・退職せざるを得ず、その後の就職活動にとても苦労する話をききます。私は自分が生計をたてなくても良い分恵まれているのですが、落ちこぼれの烙印を押されたみたいで、へこみました。

ってな出来事を久しぶりに想い出し、縁のある友人は大切にして、できることをしてあげたいと思ったのでした。


2007年08月15日


邂逅

夏に入ってから、古いアルバムを開くように、昔の知人やお世話になった方に会う機会が続いています。それも、同窓会など意図して会う予定があった訳でもないのに。文字通りの邂逅。過去のことは自己都合で勝手に取捨選択して忘れちゃってるけど、過去があってこその自分なのですね。え〜い、この際丸ごと風呂敷に包んでやろうじゃないかい。o(^-^)○

夏の風物詩、ペルセウス座流星群がピークを迎えるときいて、マンションの屋上に上ってみました。屋上には、共用のブランコ・ジャングルジム・物干しなどがありますが、住民の高齢化が進んで、今はすっかり打ち捨てられたものばかり。六本木ヒルズを抱く夜景にぼんやり遊具が浮かんだ様子はなかなかシュールです。ジャングルジムによじ登って、空を見上げました。高層ビルの明かりがきらめいて、所詮都心では見えないのかと気落ちしながらも、夜風に吹かれて天を見上げるのは心地よく、「宇宙とひとつになれますように」と心の中で言ったとたん、すっと閃光が夜空に走って消えました。わ、すごい!! 思わず、夫と歓声をあげました。流れ星がこんなに鮮烈な光を放つとは思っていませんでした。たった一個だけど、良かったね!と何度も言いながら部屋に戻りました。流れ星って、直径が1mmから数cmしかないそうです。

今日は終戦記念日。今年になって「ベスト・アンド・ブライテスト:The Best and the Brightest」を書いたハルバースタムが亡くなりました。最高の知能集団であるはずの「エスタブリッシュメント」達が、ベトナム戦争の泥沼をもたらした・・という論調は、若かった私には新鮮でした。

写真は、旅先で出会った蓮、直島の夕陽、飛行機から見た夏雲(シャスタ山のヴォルテックス雲を想い出すなぁ!)

2007年08月08日


白鳥の歌

長い梅雨がやっと明けたと思ったら、猛暑の毎日。
気候の変わり目だからか、梅雨の時期は命日が多いです。

芥川賞の選考委員でもあった作家の大場みな子さんが、長い闘病・リハビリ生活の末、5月に亡くなりました。献身的な介護にあたったのは夫の利雄さん。「介護は第2のハネムーン」というタイトルで、夫婦が向き合った年月を振り返る番組が放映されました。
数からいうと、夫に先立たれる場合が圧倒的に多いのでしょうが、なぜか最近、妻が先に逝くケースをよくききます。そういう夫婦って、結びつきが濃いように思うのです。妻が後まで生き残って辛抱した分(?)の人生を取り戻す必要がない、というか。^^;
「ありがとう、さようなら」と、さらっと言えるだけの絆があるような・・・
もちろん、心は残して逝くのでしょうけど。

93歳の現役音楽評論家、吉田秀和氏の日常を特集する番組を見て、やはりこの人も奥さまを亡くされていることに感慨を新たにしました。
明晰で本質を捉えた評論は、クラシックを聴き始めた頃から教科書のようなものでした。それにしても一緒に放送された鬼籍に入った音楽家達の凄さったら! ホロヴィッツ、チェリビダッケ、カラヤン、グールド等々 ああ、もう少し早く生まれていれば生で聴けたのになあ。

最近手元に届いた「最期のコンサート」は、N響主席チェリスト、徳永兼一郎がホスピスで行った演奏を録画したもの。(96年11月NHK総合 「にんげんドキュメント」) 50代半ばで大腸がんをわずらい、まさに円熟期を迎えようとするその時に生涯を閉じました。
澄み切って余分なものが何もない「鳥の歌」に言葉を失い、鳥肌がたつような思いでした。その日限り、2度と楽器を持つことはなかったそうです。私見ですが、芸術家って、あれもやり、これもやったという足跡の量ではなく、このために自分は生きたという”唯一無二の1回”を求めるのではないでしょうか。徳永さんはその”1回”を最期のコンサートで得たから、もう思い残すことはなかったのだと思います。
10年以上前の古い番組の録画は、色々な巡り合わせで最新のDVDに姿を変えて届きました。本当にありがとう!

写真は、大庭みな子さんご夫妻、徳永さんの番組を伝える新聞記事、NASA撮影の”God's Eye”(通称)

2007年07月21日

天使の羽

屋久島を想い出させてくれる鉢植えガジュマル君の元気がないのが、ずっと気になっていました。仲間を増やしてあげたいと思いつつ、なかなか見つからなかったのに、ふらりと通りがかったお花屋さんで、かわいい多肉植物を発見。ルビーネックレスとファングリーン。これなら、留守が多い我が家のリビングにも置けます。ガジュマル君と一緒に写真をとってあげたら、何となく嬉しそうに見えました。植物は浄化してくれるから、ガジュマル君はたった一人では荷が重かったのかも? これからも宜しくね・・・

グリーンが我が家にやってきた途端、ある人に1枚の写真に関することで連絡したら、その人も別の写真のことで私に連絡をとろうと思っていたとか、シンクロがばたばた始まり、思いがけない人からファックスが届いて、嬉しいことを知らせてもらえたり。 
もう駄目だわ〜、と思っても実は駄目じゃない、サポートは一番の高みからやってくる。それをしみじみ実感することが最近多くなりました。その1枚の写真には「天使の羽」という名前がついていました。撮影者のKさん、ありがとう。

ところで、このHPは身辺雑記なので検索エンジンにはのせていません。ご縁があってお知らせした人しか見ていないのに、アクセス数が1000件を超えました。(すみません、こんなちょびっとで大げさに ^^;) 大好きなシャスタの旅行アルバムも400件を超えたようです。
静かにつながっていく縁、嬉しいです。

2007年06月15日



幸せいろいろ・・・

20代の頃からチェロを習っている先生が、バッハの無伴奏組曲のCDを録音しました。演奏は秀逸、人柄の伺えるライナーノーツも本当に素敵です! 良き師に巡り会えた幸せを思い、自分の恩師がこんなに素晴らしい演奏という作品を作り上げたことに、襟を正すような気持ちになりました。来月久しぶりで受けるレッスンは、成り行きで私もバッハ・・・ タイムリーだけど、なんだか恥ずかしいなぁ。

ある場所でかかっていたBGM。聴いているうちにヴィジョンがバーッと浮かんできて、泣けてきました。無理やり頼んでお借りしてしまったのは、Roger Haig CoxonのThe Silent Path。知っている人は知っているヒーリング・ミュージックらしいです。ここ数日ずっと我が家のリラックスタイムにかかっています。

それから頂き物のミントで作ったフレッシュミントティー♪
うちは庭はおろか、ベランダもないマンションなので、”庭だけは広い家”に”放っておいてもぼうぼうに生えるハーブ”があるなんて、羨ましいを通り越して妬ましい!
袋一杯くださったミントをくつくつ煮て、スキッと気分の引き締まるミント・ティーを頂いた今日は、まるきり夏日でした。

真っ青な空に、羊のように白い雲がぽこぽこ浮いて、上ばかり見ていた一日。
幸せが一杯!! 



2007年06月04日

2007年前半の音楽シーンが終了!

1月21日(日) ヴィヴァルディ 歌劇「オリンピアーデ」序曲
           カンビーニ 弦楽五重奏曲 変ロ長調
           ロッシーニ 弦楽のためのソナタ 第1番
           ボッシ ゴルドーニ風間奏曲集
           (アンサンブルK)
1月27日(土) ブラームス ピアノ四重奏曲第3番
           モーツァルト VnとVaのための協奏交響曲 
          (新春室内楽コンサート)
1月30日(火) サウンド・オブ・ミュージック・メドレー、
           四季より「春」、アイネクライネ・ナハトムジーク、
           ビビデバビデブー、アイスクリームの歌、
  ユーモレスク、ボッケリーニのメヌエット、
  おもちゃのチャチャチャ、犬のおまわりさん、
  となりのトトロ、世界で一つの花
          (D幼稚園ミニクラシックコンサート)
3月3日(土)  ブラガのセレナーデ、
          メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第1番1&2楽章、
          G線上のアリア、スラブ舞曲第2番、
          海の上のピアニストより愛を奏でて、
          シー、世界の約束、涙そうそう、We are all alone、
          主よ人の望みの喜びを、アヴェ・マリア、ふたたび、
          あの日の川
           (K病院、移植1000人の同窓会)
3月30日(金) クープラン:演奏会用の5つの小品
          (Spring Concert)
5月3日(木)  レスピーギ:
          リュートのための古代舞曲とアリア 第3組曲
          ヴィヴァルディ:四季より春&冬
          ドヴォルザーク:弦楽セレナーデ
          (N大OG合奏団L)
6月3日(日)  ティエリオ:弦楽のためのセレナーデ ヘ長調
           ライネッケ:弦楽のための10の音楽画帳
           シューマン:弦楽四重奏曲第1番 イ短調
          (アンサンブルK)  

最近は大編成よりも少人数で、それぞれの音色や個性を尊重しあえる演奏会が中心になりつつあります。自分にとっても、ごまかしがきかないのは勉強になります。今年後半も手を抜けない曲が色々・・・ 健康で楽器を弾けることに感謝しつつ、次に向かってGo〜とハリネズミパンをかじりながら誓うのでありました。 

2007年06月01日




鞍馬寺、五月満月祭(ウエサク祭)

6月1日午前の満月に合わせ、5月31日の夜、京都の鞍馬寺で五月満月祭が行われました。ウエサク祭ともいわれ、チベット発生の行事で世界各地で行われます。1泊2日の日程で参加してきました。

まず貴船神社に寄り周囲を散策。おいしい湧き水を頂いて、そこから鞍馬寺に通じる山道をハイキングしました。1時間ほどの行程なのに、かなりの急勾配!でも、雨上がりの新緑は素晴らしく、時折木漏れ日がさして本当によかった〜 身体の中から嬉しさがこみあげてきて、森の中を歩くこと自体が浄化になった気がします。

鞍馬寺に着いた後、19時開始に備えて門前のおいしい精進料理で腹ごしらえ。本殿に向かって歩いていく人が、クッションやマット、毛布などの防寒具を持参しているのにびっくり。それもそのはず、この行事は明け方まで3部にわけて行われるのです。(私達は1部のみ参加)

参列者全員が蝋燭に火を灯した情景はまさに幻想的。最後に月の光をうけた聖水をいただいて帰りました。その間ずっと曇り空だったのですが、終わりかけた頃、空の一部が昼間のように明るさを増し、まもなく雲の切れめから、眩いほどに光り輝く満月が姿を現しました。月の光は繊細でほのかなように思っていたけれど、これほど強い力に溢れているとは!周囲の雲が照らされて、薄墨のように流れていく様子に、我を忘れて見入ってしまいました。

ひと月に2回満月が起こる月の、2回目の月をBlue Moonというそうです。ちょうど6月は1日と30日の2回満月があります。once in a blue moonは、英語で”極めて稀な”という意味ですから、今月は特別な月かも? わが身をふり返ると、ウエサク祭に行って月を眺められただけでも、既にミラクルです。今夜もきれいな月夜、せっかくなのでカーテンを開け放って、月のエネルギーをいっぱい受け取りました。

写真は貴船神社奥宮、鞍馬寺前庭のウエサク祭の祭壇、ろうそく”心の灯火”、1部を終えた本殿の様子、イノダ・コーヒーの定番”京の朝食”セット ^^ 

2007年05月20日

”幸せ”を思った昼下がり

先日BSで伝説のフォークシンガー友川かずきを初めて見て、はらわたを鷲づかみにするような歌に圧倒されました。のっぴきならない存在感というのでしょうか。それで、この人を知るきっかけになった洲之内徹の「さらば気まぐれ美術館」を、久しぶりに取り出して拾い読みしました。

私は洲之内徹が好きで、一時期片っ端から読んでいました。
ごにょごにょ関係ないことばかり書いているようで、いつのまにかその画家、作品の本質の真ん中にいる・・・ どの章を読んでも感動があって、書かれている作品を観に行きたくなります。「本物」に対してぶれない視線を持っている人に見出される画家は、とても幸せだと思います。
自分だったらナントカ展に入選するより、洲之内徹に取り上げられるほうが嬉しいなぁ。

「さらば気まぐれ美術館」には、”幸せを描いた絵”という章があって、あの”ポアソニエール”も紹介されていました。
「幸せ」という言葉で語られる美術作品や音楽は多い。私が天使だったら、とんがって痛そうなゴシックの教会には舞い降りないでしょう。降りる場所はもう決まっていて、一つはヴァンスのマチスの礼拝堂です。かつて訪ねた礼拝堂は、柔らかな光のなかで無数の天使が舞い、精妙なオルゴールが鳴っているような空間でした。 ピレネーのロマネスクの教会にも、いつか降りてみたい。

〈私は恐れるのだが、天上の神が喜んできくのは、バッハではなくて、たぶんモーツァルトの音楽だろう〉 カール・バルト

トコロがばってん、天使が舞う場所で奏でられるのは、モーツァルトではなくてごめんなさい。
例えばフォーレなのです。最近、フォーレのピアノ四重奏を 2番、1番と続けて練習する機会に恵まれ、ますますそう思うようになりました。「このフレーズが鳴っている間に、天国に行ってしまいたい」と弾きながら思うところが随所にあるのです。しばらくフランスものにはまりそうです。

写真は、海老原善之助「ポアソニエール」、プラド美術館:ピレネーの打ち捨てられたロマネスク教会から発見された彫刻 

2007年05月12日


モーツァルトは悲しみの色・・・

いつの頃からか、モーツァルトに幸せや天真爛漫を感じるより、悲しみを感じるようになりました。哀愁をおびた緩徐楽章や短調の曲でそう思うのではなく、つきぬけるような喜びに満ちた(筈の)アレグロやロンド、長調の曲を聴いていて、透き通るような悲しみに浸されるのです。特別そう感じる理由も無いのに、胸ふたがれるのは何故かしらん。
モーツァルトは書簡集や「アマデウス」や胎教CDなどで、ずい分出来上がったイメージがあります。実際はどんな人だったのかな・・・

”天才を作るのは、高度な知性でも想像力でもない。知性と想像力をあわせても天才はできない。愛、愛、愛、それこそが天才の魂である”
 by W.A. Mozart

ふと、”悲しいほどのお天気”という言葉を思い出しました。
子供の頃、なぜ大人は天気の話ばかりするのか不思議でした。見たとおりのことを言ってどうするのヨ、って。でも歳をとって、「良いお天気ですねぇ!」などと口をついて出るようになり、それが必然的な感情の表出だと知りました。

今月に入って、うまくいえないけど、いつもと違う感じで一杯になっています。五月はウエサク祭(五月満月祭)の月。
ウエサク祭は、釈迦の降誕・悟りを開いた日・入滅の日が、ずべてインド歴第二月の第一満月の夜であったという伝承に由来し、世界中でお祭が行われます。という訳で発作的に、京都の鞍馬寺で31日に行われるウエサク祭に出かけることにしました。以前から行きたかった鞍馬山・貴船神社、美しい藤も楽しんできます。晴れると良いな ^^

写真はどちらも熱海。新緑に囲まれた伊豆山神社と自宅を喫茶店にしているマダムの居座りネコちゃん&心優しきワン君。

2007年04月17日


最近のひと手間

御岳山の宿坊に泊まってから、身体が喜ぶものを食べたいという気持ちが大UP! 宿坊の食事を頂いて、食の力を痛感しました。食べていると、どんどん元気になって気が満ちてくるんです。有機栽培のものを調理すればそれで良いのではなく、土地を愛し、育て、収穫し、季節の恵みを感謝して頂く、という一貫したありようが食事力に通じるのだと思います。
という訳で、最近のひと手間をご紹介すると・・・

春といえばたけのこ。米ぬかと赤唐辛子でゆでた筍を、さやつきのそら豆、かぼちゃと一緒に、オーブンで焼きました。ちょっと迷ったけど、味付けは塩・胡椒だけ。なんで、こんなに良い香りなんだろうねぇ。筍に恋してしまいそうでした。^^

雑穀ブレッドはイーストを使わず、混ぜて焼くだけのお手軽レシピ。練り胡麻・はちみつ・ヨーグルト・製パン用五穀ミックスetcが入っています。もしかしたら、すごくカロリーがあるよね、これ・・・(。・_・。);  

椎茸・コンブ水。本当は、健康の為に煮出した汁だけを飲むらしいのですが、私は戻し汁をお味噌汁に使います。味がついているので、お味噌が少なめで済みます。椎茸と昆布がすぐ使えるようにスタンバっているのもなかなか重宝。冷蔵庫にストックして、3日間くらいで使いきります。

御岳山以来、とつぜん郊外散策に目覚め、ハイキングの本を衝動買いしました。ぱらぱらめくってみたら、私のレベルは小中学生の遠足コース並らしい。あれま・・・ これから新緑の季節、カメラ持参で外に出よう!

2007年04月01日



サクラ、さいた・・・

いつのまにか、4月になりました。何か大切なことを置き忘れてきたような気がするのは、冬らしい冬が無かったせいでしょうか。でも、満開の桜は、そんな思いを根こそぎさらうように、圧倒的な春の到来を感じさせます。何ヶ月もずっと思い悩んでいたこと、トンネルに入ったようにはまりこんでいた想念、そういったものを一気に押し流すように季節が変わっていく。あぁ、これが春なんだな・・・
青山墓地に、見事な桜のトンネルが出来ていました。隣接したカフェからは、こじんまりしたお庭を挟んで、墓地と桜が見えます。うららかな陽気に誘われて、外の席に座って、ひと時を過ごしました。

私は黙っていても不自由しなくて、「しゃべり足りない」なんてことがない・・・大勢でいても、人の話を黙って聴いているほうが好き、というか楽なんです。少し前、ノエル・カワードのお芝居と、古い映画「フレンチ・カンカン」を観たら、会話の多さに改めて驚きました。口をきかなければ自分の存在も無くなる・・といわんばかりの会話の洪水。登場人物は皆、他人のことなどお構いなしに、自分の都合でしゃべりまくる。それなのに、つむぎだされるのは、色彩豊かな人間像なのです。(そういえば、ヨーロッパのオーケストラにも、そんなところがあるなぁ。)

観終わって、何だかしみじみ嬉しくなりました。
いろいろ、さまざま、ごちゃごちゃ、ぐちゃぐちゃ、メチャクチャに存在している人間達が、とても愛しく思えたから。


2007年03月31日

たまにはグルメ日記?

鹿児島空港で買い求めた「しろくま」アイス。これ、結構大きいんですよ。冷凍保存ですが、”レンジで1分ほど解凍してからお召し上がりください”と書いてあります。二人がかりでサクサク掘りながら食べていたら、途中から寒気がしてきました。なのに、なぜか止められない〜〜
ぶるぶる … ((((´〜`)))

どらえもんパンは、メトロの永田町の売店で見つけたもの。
今にも、どらえもんの声が聞こえてきそうでしょ!
かじってごめんね、といいながら完食。

子供の頃夢中で見たアニメの「あしたのジョー」が、BSで一挙放映されました。昔は、マンガというだけで俗悪の代名詞みたいに言われていたのに、やがてマンガは文化になり、今では表現の王様のような位置づけです。
「ヒーロー」って、本よりもマンガの中から生まれるものかも知れない。
あの頃同様、画面に釘付けになりながら思いました。

2007年02月26日


今月のお買い上げ

屋久島行きに備えて、トレッキングシューズ、パンツ、レインウェアを買いました。20代の頃、常念岳に登って以来の山歩きです。 お買い上げグッズを並べ、うっとり眺めて気分はすっかりアウトドア派。後は間違いなく出発するだけ!

家族の誕生日に、お赤飯を炊きました。蒸しあがったときの湯気とか、ほんのり優しい色あいが好きで、いつも蒸篭(セイロ)で作ります。 翌日、残りをおにぎりにしたら、小豆が多いせいか、ボロボロ崩れそうになったけど、こぼれ落ちるより早くお腹の中に。おいしかった〜〜
後になって、辰巳芳子さんの特集番組を見ました。お弟子さんが辰巳さんのお誕生日を祝って炊いたお赤飯が、やはり優しい桜色だったので、何だかとっても嬉しくなりました。そうそう、この色なんだよね。また作ろう!

クレメタンジュは、混ぜるだけで失敗がないのが嬉しいデザートです。先日家族が、賞味期限が半年も先のクレメタンジュを買ってきたので、そんなのおかしい!と憤慨した勢いで作ったら出来ちゃいました。
まだまだ続きそうな重量オーバーの日々。 
独身時代のスカートはもうはけませんのです・・ ぐすん 
o(;_;)o

2007年02月15日


手作りなんとか・・・

人(特に男性)にあげるために何かを手作りするという習慣が、私にはありませんでした。そういう関心の買い方って、なんだかなぁ・・・(と座して何もしなかった結果が、ウルトラ晩婚に結びついたのは間違いありません。^^;)

ヴァレンタインにチョコレートをあげる習慣も、むしろ結婚してから作られたような気がします。夫婦の義理は欠かさず、ということで。
今年は珍しく、特設売り場に足を踏み入れる機会があったのですが、返って購入意欲が喪失してしまいました。美味しそうなもの、芸術品のように美しいもの、こんな時でもないと買えない高級ショコラもあったけど、どれも自分の気分と違う気がして。”狂乱”に近い消費エネルギーにノックアウトされちゃった感じ。

・・・で急遽、予定変更!
粉もバターも使わず、リコッタ・チーズと卵とお砂糖、ヘーゼルナッツを混ぜて焼いただけのシンプルなチョコレート・ケーキが出来ました。甘さ控えめで、たくさん食べても飽きません。夫にも好評で、こんなことで充分なんだな、と今更ながら実感しました。

時を同じくして、熱海一泊旅行へ。2月に春一番が吹いたとニュースで話題になった日の海は、風が冷たいけれど、キラキラ輝いていました。熱海桜も満開。自然欠乏症が少し和らぎました。来月は初めて屋久島に行きます。ワクワク!!

2007年02月03日


北北西に進路をとれ!

コンビニでゲットした恵方巻はミニ磁石のオマケ付き。今年の吉方位、北北西を向いてかぶりつきました。
夫はイベント大好きで、クリスマスやお誕生日以外にも、節分・七夕・お雛祭・端午の節句、とにかく何でも盛り上げないと気がすまない性格。 私もつい、鬼のお面かぶったりして、一役買いました。(何で私が鬼嫁に!?)

豆まきで、一緒に振舞われるミカンは、昔は1個200〜300円に相当する高価な縁起物だったそうです。思えば鏡餅にも飾られているし、ミカンは偉かったんだなぁ。
芥川龍之介に「蜜柑」という短編があります。ラストシーンで、曇天に舞う蜜柑の息を飲むような鮮やかさ。印象的な小品です。

翌日は義父母の金婚式でした。
誰もがめぐりあわせるとは限らない50年目の節目。
揃って元気に迎えられた幸せを、家族皆でお祝いしました。

2007年01月04日

あけましておめでとうございます

元旦のお参りは渋谷の金王神社。火の輪くぐりみたいな注連縄があって、3回くぐり抜けると災厄を逃れるとか。案内図(?)に従って、左へ1回、右へ1回、最後にもう一度くぐって、正面に進みました。地元の人がほとんどの程よい賑わい。明治神宮にも行きたくなり、3日に出かけたらすごい行列。結局お参りは出直すことにして、御苑などを散策して帰りました。参道にブルゴーニュから奉納されたワインの樽が置かれ、近寄ってみるとロマネ・コンティの銘柄も。あら、見せるだけなんデスか〜? うぃ〜 酒もってこ〜い・・・ってか。 o(´▽`*)/♪

年末は、不要なものを大量処分してすっきりしました。処分するうちに段々加速してハイになり、ついに夫に「何でも捨てるんじゃない」と言われましたが、本当にいるものなんて、そんなに無いのでは?

余計なものがない・・といえば、亡くなったN響のチェリストがホスピスで演奏した「鳥の歌」を思い出します。多くのチェリストの憧れでもあるこの小品は、実は弾くのが難しく、思い入れが過ぎても駄目で、これという演奏になかなか出会えません。
でも、あの時の演奏は、余計なもの、足りないものが何もない、言葉を失うような凄い演奏でした。それきり、二度と楽器を持つことはなかったそうです。

若い頃は過剰な方がよい、歳をとるにつれて余分なものがそぎ落とされていくのだから・・・夭折のチェリスト、ジャクリーヌ・デュプレを評したバルビローリ(指揮者)の言葉です。そんな風に枯れていけるのは、一生懸命生きたからこそ、なのでしょうね。

更なる変化の流れの中で、笑顔一杯の1年になりますように!