長い人生、色んなことがございます。
1995年10月のある土曜日午前中。場所は代々木公園のサッカー場。
前日まで小雨が降っていたこともあり、グランドコンディションは今ひとつ。ところどころぬるっとしていて
滑りやすい状態だった。
この日、僕の所属する草サッカーチームF.C.ノマドは内輪だけでミニゲームを楽しんでいた。いつものごとく、ヘラヘラと。
事件が起きたのは始まって1時間ほど経過したところ。
体力がない僕はヘロヘロになりながらもなんとか頑張り、ある時、気まぐれで
慣れない技を繰り出そうとした。
それは、一旦ボールを前に出し、すぐにヒール(踵)で止めて体を反転させて相手をかわすこと。
簡単にできると頭の中で思っていた。だってまがりなりにも自分はサッカー経験者だし、実践で何度もやったことがあった。
ところが・・・。
ヒールで止めたまではいい。その後体を反転させようとしたら、湿ったグランドに
ヌルッと足を取られてしまい、ワケが分からないうちにバランスを崩してしまった。
「あっれれれー、このまま転んだら足が
マズイんじゃないのー!?」
自分だけが
スローモーションで動いているような錯覚のなか、右足をひねりながら座り込むように転んでしまった。*見ていた人によると一瞬だったらしい。

バギッ

とても嫌な音がした。
立とうと思っても右足首に力が入らないし、力を加えると痛い。こりゃマズイと思い、シューズをやっとのことで脱ぎ捨て、ストッキングも脱ぐと、なんだか
足首が腫れている。
捻挫ということも考え、すぐに水道で冷してみたものの、それは時間の経過とともにどんどん赤黒く
内出血が目立つようになり、腫れていく。この時点で
「折れただろうな」(T_T)
そう思った。チームの仲間たちも同様に感じていたらしい。だから病院に行くことを勧められたわけだが、実はこの日、僕は代々木公園までオートバイで来ていた。
当時の愛車はヤマハFJ1200。排気量1200ccの大型二輪であり、僕がここで病院に行っても誰もバイクを任せられる(免許を持っている)人がいなかった。
「この近所で病院に行ったらバイクも置きっぱなしになってしまう」
「この近所で病院行くと、後々通うのが面倒かも」
「あ、もしかしたら、右足がダメでも運転できるかも・・・」
「家の近くにこの前行ったばかりの整形外科があるんだよなー」
「ええーい、面倒だ、取りあえず
家までバイクで帰ろう」
今考えるととても恐ろしいことに、仲間にバイクのところに連れて行ってもらい、代々木から当時住んでいた浅草まで運転して帰ることにした。
幸いなことに足の痛みはほとんどない。単に力が入らないだけ。
ちなみに、バイクの右足は後ろブレーキなので、まったく使わずに走ることは難しいことではない。問題は信号待ちの際に
右足は絶対に使えないこと。それもかつて限定解除試験で慣らしたため、自信はあった。(良い子は真似しないよーに)
おかげでなんとか30分ほどで自宅に戻ることができた。
マンション1階の駐車場にバイクを置くと、僕は自分の住んでいる部屋まで荷物を持ったままケンケンで戻った。そして、すぐに近所のK整形外科に電話をする。
「あのー、ちょっと足を痛めまして、折れたかもしれないので診てもらえますかー?」
その整形外科は、数日前に行ったところだったので話をすると診察終了間際でも
「分かりました、すぐに来てください」
と返事がもらえた。
普通、ここですぐ行きますよね。病院へ。
でも、この時の僕は妙に冷静というかアホというか、サッカーやったばかりで足が泥だらけだったのが気になり、片足でケンケンしながらも何とか
シャワーで足を洗った。おまけに診察をしやすいよう単パンに履き替えて再び1階に下りていった。
そして今度は自転車を出して必死に
片足でこぎながら、500mほど離れたところにあるK整形外科に滑り込む。*だって、歩けないし、500mもケンケンできませんから。え、タクシー使えって? いやいや、この距離でタクシーはあるまい。と、その時は妙な気の回し方をしてしまっていたのです。これもアホです。
そこのK先生は僕の足を見るとすぐに
「あっ、こりゃ折れてるねー」
それでも一応、レントゲンを撮ってみると、やっぱり見事に折れている。
「右足腓骨(ヒコツ)骨折だね。幸いなことに見事に折れてるからギブスで固めておけば大丈夫かな。まぁ、今は腫れてるからL字に固定するだけだけど、腫れが引いたら完全に固めますよ。そうだなー、ギブスは1ヶ月くらいすることになるねー」
淡々と話を進めていく。
「1ヶ月もですかー!」
実はコレが僕にとって生まれて初めての骨折であった。もちろん、相当ヘコんだことはいうまでもない。
今、抱えている仕事とかもどうしよう。頭の中はあれこれ考えることでいっぱいだ。
「ところで・・・」
K先生は治療を一段落させると、聞いてきた。
「どこで、どうやってこうなったの?」
聞かれれば素直に答えるのが僕の主義。
代々木公園で折りました。
浅草まで自分でバイク運転して帰ってきました。
ここには自転車で来ました。

先生は話を聞いていくうちに呆れた顔をしてました。
「ボンドさんねー、そりゃ無茶というか、
バカだってば!」
この病院は今でもお世話になっているのだが、新しい看護婦さんが入ると先生は僕を指さしながら
「この人はねー、以前、本当に無茶してねー」
と紹介される。
おかげで僕はこの病院では
伝説の患者となってしまった。

さて、話はこれで終わらない。これで終われば単なるアホな骨折話なのである。
腫れが引いて、完全にギブスで足首を固めている間、ひとりではどうにも生活できなくて、実家に戻っていた。
そこでゆっくり静養しながら松葉杖生活をしていたある日、トイレに入り用(小)をたしたら驚いた。
「うげっ! 小便が
赤いじゃん・・・」
ここでハタと思い出した。
そういえば、7年ほど前にも同じ経験をしたことがある。
「これはもしかして、
結石じゃないかー?」
あれこれ思っていたら、結構お腹が痛くなってきた。結石の際に起こる腹痛はとても痛い。それが松葉杖の今、何で起こるかなぁー・・・.
運命を呪いながら母親に頼んで近くの病院に車で連れて行ってもらうと、やっぱり尿管結石。ということで入院することにした。
病棟はもちろん内科病棟。しかも結石だから1日中点滴で水分を入れられている。強制的にたっぷり水分を入れて、排尿を促し、そこで石が出てくれれば恩の字ってことなのだ。
ただ、僕は足首を骨折している真っ最中。医者に
「できるだけ動き回ってね。石が出やすいから」*無茶言うな!
と言われても動きようがあーりまへん。まったくもって
難儀な患者なのであった。しかも、点滴により小便が近くなっているのはいいとしても、松葉杖のままでトイレに行くのはとても大変。
だって、1歩前に進むためにはまず
点滴棒を1歩分前に押し、松葉杖で1歩進む。次はまた点滴棒を押して・・・。ってな繰り返し。亀の歩みよりも遅いノロノロ歩行をしていた。
おまけに結石患者は尿を捨てることなく、コップに取って自分専用のタンクに入れるようになっている。これがまた松葉杖をしていると大変なわけで、コップに尿を取るまではいいとしても、それを5mほど離れたタンクまで運ぶのに、点滴棒を1歩分押して、松葉杖でゆっくり前に出るをやらなければならない。しかもコップの尿はこぼせない。
これがジュースならコップごと口にくわえて少々の距離も進むけど、尿ではとてもでけまへん! 笑うに笑えない状態が3日続いたのであった。
*正直言って、5回はバランス崩してこぼしました。はい。
結局、この病院で検査したところ点滴で石を出すことは無理となり、痛みもなくなったことから一旦退院。その後、足の回復を待って後に心臓手術をした東京のM病院で
衝撃波破砕手術を受けて完治したのであった。
以上、情けない初骨折のエピソードでありました。

ちなみに、サッカーに復帰したのは骨折から3ヶ月後くらい。右の画像は骨折後4ヶ月経った時に撮ったものだが、素人目には折れたまんまに見えてしまうんですけどねー。いやはや・・・。

*サッカー仲間の写真はワザとボカしてます。手ブレじゃありまへんので念のため。
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