11.から騒ぎな嫁
午後の循環器待合室は予約診療にも関わらずかなり混雑していた。僕も1時間30分以上前から待っていて、やっと中待合室に呼ばれたくらい。あぁ、やっとここまで来たか。ホッとしたような、疲れたような気分で椅子に腰掛ける。と、すぐ近くに座っている人が気になった。
それは
80歳くらいの爺っつぁん。付き添いと思しき50代くらいのおばちゃんも一緒だ。爺っつぁんは地味な格好で杖を突き、開けているのか眠っているのかよく分からない目でぼーっと座っていて、時折、診察室の方を気にしている様子。一方その隣に座っているおばちゃんはかなり派手な色合いの服装で、暑い暑いと扇子で自分の顔を仰いでは、キョロキョロとあたりを見渡している。そして、爺っつぁんがちょっとでも周囲を気にするそぶりを見せると
「お父さんっ、まだですからね! まだ呼ばれてませんからね! もうちょっとですからね!」
と大声で言い聞かせる行為を
5分に1回は繰り返している。どうやら、おばちゃんの方がせっかちで、ひとりで大騒ぎしているようだ。その証拠に爺っつぁんは限りなくマイペース。おばちゃんがアレコレ言おうが何だろうが動じない。ある意味、デキた爺なのであった。
しばらくするとこの爺っつぁんの名が呼ばれたようだ。おばちゃんはものすごく慌てた様子で立ち上がり
「おっ、お父さん、呼ばれたわよ! こっ、こっちこっち、さぁ、早く中に入らないとぉ!」
ドタバタしながら診察室のドアを開け爺っつぁんを招き入れようとしている。一方の爺っつぁんは、どぉーっこらしょーっと立ち上がり、杖を付きながら亀のように歩いている。こりゃ、診察室の中に入るまでまだ10秒はかかるな・・・。と観察していると、おばちゃんは案の定声を荒げ
「おっとうさぁん、はやくぅ、早くったらぁ! こっちこっちぃ!」
と腕を大きく振りかぶりながらの手招き。あのー、そう急かすなら介助してやればいいのに・・・。と、誰もが思ったはず。それでも爺は表情を変えずにマイペース。やっと診察室のドアのあたりに近づいた時、事件はおこった。
もう待ちきれなかったのだろう、このおばちゃん、クルリと向きを変え、背後にいる先生の方に駆け寄り、
「あっ、先生、お世話になります! 今、来ますから、今、来ますからね」
と頭を下げ挨拶をしたかと思ったら、自分が患者用の椅子に座ってあれこれ話を始めたではないか。すると
「がつっ」
「うぐぐぅ・・・」
蛙が何かに踏まれたような音
がした。ふと見ると、ドアが勝手に閉まり、そこに爺っつぁんが挟まれている・・・。見たところ痛いわけではないらしい。が、まるでギャグのごとく見事に挟まっているので、中待合室にいる人たちは僕を含め、悪いと思いつつも笑いをこらえるのに必死だった。それに気づいたおばちゃん、またまた大慌てで
「おっとうさん、何してるの!」
わめきながらドアを再度開けて助けていたのであった。
で、僕も自分の診察があったのでこの親子とは一旦離れた。次に見かけたのは15分後くらい。自分の診察も終わり最後の処方箋などをもらうために大待合室でまったりしていたら、そこにふたりがやってきたのだ。もちろん、先ほどと同様、おばちゃんは何か慌てている状態。爺っつぁんの介助をするわけでもなく、空いている席を見つけると、とっととそこに座り
「おとうさんっ! ここ空いているから、ほら、ここだから!」
と手招きしながら、空いている場所をバンバンと叩きつつ、パタパタと扇子で自分を扇いでいる。ところが爺っつぁん、そんなことはおかまいなしに、嫁が手招きしている席とは違うところに、よぉーっこらしょっ! と座り、知らん顔している。それを見て、呆気にとられている嫁。どうやら爺っつぁんの心の中では
「うるさいわい! わしゃぁ、座りたいとこ座るわい」
と思っていたんだろうなー。うん、きっとそんな気がする。