思い出のルートバーントラック(ROUTEBURN GUIDED WALK)
この文章・写真はマイ・パスポート ニュージーランド '92〜'93「1992年8月発行、JTB出版事業局(現、JTBパブリッシング刊)」に掲載したものを、取材・文・撮影を担当したボンド本人がホームページ用に加筆修正を加えたものです。ツアーの中味などは変わっている可能性もあります。
1992年2月某日、クイーンズタウン朝7時。ショートパンツに半袖シャツ、それにセーターとウインドブレーカー。靴はいつも履いているスニーカー。背中には大きなザック。そんな姿で僕はパークロイヤル前のフィヨルドランド・トラベル社前に立っていた。
しばらくして現れたのは50歳ほどの女性二人組。僕と同じザックを背負っているのですぐにツアー参加者だと分かる。
「こんな普通のオバちゃんも参加するのか・・・。思ったより楽なコースなのかな?」
これからどんなトレッキングが待っているのかよく分かっていない僕は急に安心してしまい、つたない英語で自己紹介をする。彼女たちの名前はルーとグレータ。アリゾナからやってきたという。本来ならメンバー全員と前日に顔合わせしているはずだったのだが、僕は仕事の都合でミーティングに参加できず、ここで他のメンバーとも初対面となったのだ。
やがて他の参加者も集まってきた。ちょっと紹介しておくと、ニューヨークからやってきたエリー、サンフランシスコのハリーとシンディ夫妻、そしてガイドのジャッキー。この時点で男性は僕とハリーの二人だけ。少し拍子抜けしてしまった。
さて、まずはフィヨルドランド社のバスに乗り込み、テ・アナウでのホテル休憩を入れてデバイドまで約4時間。結構な長旅だ。

マイペースで歩くのが
最良のトレッキング


1日目。午前11時35分。デバイドでバスを降りた僕たちの前に現れたのは、ロンドンからやってきたグラム。どうやらこれで全ての参加者が揃ったらしい。総勢8人。道路脇に設けられたシェルターで身支度を整えるといよいよルートバーン・トラックに入っていく。
最初は道幅1mほど。歩くほどに周りはうっそうとした森へと変化していく。多少の登り坂にはなっているが、まったく辛さも感じない。これならイケそうだなー・・・。誰もがそう思ったことだろう。歩き出して5分もすると、メンバーの間では様々な会話が始まった。ニュージランド、アメリカ、イギリスと国籍は違うものの、言葉は同じ英語。楽しげな話し声が広がっていく。
もちろん僕もここで黙っているわけにもいかないと、文法など無視して思いついた単語で並べる。主にエリーと話すことが多く、彼女もなるべくやさしい単語をゆっくりと使ってくれたので、なんとか意思の疎通はできたと・・・思う。
だが、30分も歩くと次第に登り坂がキツくなってきた。着ていたセーターも脱いで僕は半袖状態。日差しは森で遮られていても体力を消耗していくのか、次第に汗が出始める。それに喉も渇いてきた。水筒は不要という話だったが、水はどうしたらいいのやら? 不安になりガイドのジャッキーに水はどこで飲めるのか聞いてみると、道の脇にいく筋も流れ落ちている水を指差して
「あら、これ全部飲めるのよ」
と、おいしそうに飲んで見せてくれた。まさに灯台元暗し・・・。
「ホントにこの水飲んで大丈夫なの? 外国の山で腹壊したらシャレにならんけど・・・」
実はおっかなびっくり。それでも乾きには勝てず、手にとって含むと・・・。
「こりゃウマイ!」
冷たくピュアな味わい。その後はガブガブと飲んだ僕であった。あぁ甘露。

歩き始めて1時間、ここからやっと下りとなる。が、その前にメインルートを離れて急坂を登る、標高919mのキーサミットにアタックすることとなった。往復約40分のコースということで重たいザックはそのまま分岐点に置いていく。盗まれたらどうすんの? という気持ちもなかったわけじゃないが「この国で、しかもこのトレッキングルートでそれはありえない」と思い僕も従う。
アタックを始めると運動不足の身にはかなり辛い。それでもなんとか山頂まで登れば、360度のパノラマが広がり、その絶景を前にしばし全員が立ちすくむ。
         
 
午後1時30分。キーサミットとの分岐点から延々と下り坂を歩き、レイク・ハウデンハットに到着。ここで出発時に配られていたサンドイッチでランチ。小屋ではジャッキーが暖かい紅茶を出してくれる。至れり尽せり。
1時間半ほどの休憩の後、今日の宿泊地であるマッケンジー・ハットに向けて歩き出す。このあたりになると各自がマイペースで歩くようになり、先頭を行くのはハリーとシンディ夫妻。少し遅れて僕、その後にエリーとグラム、ジャッキーと続き、ルーとグレータは最後尾。全員が同じペースで歩くよりもこのほうが疲れない。それにわき道もないので迷う心配もないようだ。
マッケンジー・ハットからの道は登り坂。それもかなりキツイものが延々と続き、足元は岩が剥き出しの状態。ちょっとよそ見をしていると足をくじきそうになるので、前方に注意しながら黙々と歩くのみ。そして1時間ほどで目の前に現れたのがイアーランド・フォールズ。
「こりゃ見事だなー」
見とれていたら、先を歩いていたはずのシンディが滝の下に居るのを発見。彼女もうっとり見とれていたらしい。新鮮な空気、おいしい水、ルートバーントラックを走破することは決して楽ではないけれど、歩くほどに楽しみがある。
午後5時。デバイドから約15km歩き、マッケンジーハットに到着。ここはルートバーンウォーク社の専用ロッジのようで、他の一般トレッカーは入ってこれないところ。清潔なトイレや快適なシャワー、ベッド、食堂も完備している。といってお誰かが常駐しているわけじゃない。どうやらガイドのジャッキーが鍵を持っているようで、全員が揃うと彼女が食事の準備を始める。その間、僕らは思い思いにくつろぎ、食事の後はワインを飲みながら眠くなるのを待つだけ。実に贅沢だ。
初日の宿、マッケンジー・ハット 自動演奏ピアノで演奏中?

立ちふさがる崖にしばし絶句

2日目。午前9時45分。たっぷりと朝食を食べた後、マッケンジー・ハットを後にする。ジャッキーによると“今日は最高に楽しめる日”だそうだ。ただしスニーカーの僕には「気をつけてね」というアドバイス。嫌な予感・・・。
アドバイスの意味が分かるまで時間はかからなかった。出発して5分もすると前方に山が立ちふさがり、そこにかすかに見えるのはジグザグの登り坂。あまりに急坂なので鉄道のスイッチバックみたいに登れというわけだ。下から眺めているだけでガーンときた。
意を決して登り出す。が、いくら歩いても歩いても眼下に見えるのは同じ景色ばかり。いいかげん気が遠くなりそうになる。1時間後、ようやくその頂上にたどり着いたころにはシャツは汗でビショ濡れ、搾れそうな状態になっていた。もちろん、登りきったからには楽しみもあるもので、やっぱり景色が素晴らしい。こんな山の景色、見たことない。感動しましたです。はい。いや、ホントに。その証拠に、全員がカメラを出してシャッター押しまくってました。
その後は足場の悪い尾根沿いの道が延々と続く。ちょっと足を踏み外したら一気に転げ落ちそうな箇所もいくつか。天気は最高だけど雨など降ったら大変な苦労をしそうな道である。
この日のランチタイムは道のすぐ脇の斜面。近くには小川が流れ、朝、各自で作ったサンドイッチを食べる。するとジャッキーがどこから調達したのか、カップをあれこれ用意したと思ったら、川の水でジュースや紅茶を入れてくれる。これが実にウマイ!
食後の1時間は思い思いの休憩タイム。真っ青な空。遠くには雪を頂く山々。少し冷たいくらいの風もセーターを着れば心地よい。思わず寝てしまいそうになっているとシンディがやってきて
「日本のアルプスや散歩道もこんなに美しいの?」
問い掛けてきた。正直、返事に困った。なんたって、あの富士山でさえ登山道はゴミの山といわれているのだから。ルートバーントラックのように、まったくゴミのない道なんて日本ではあり得ない。実際、僕はここまで歩いてきて一切のゴミを見ていない。いや、それどころかタバコを吸っている人にも出会っていない。吸ってはイケナイなんてことを言われてないけど、吸うべきじゃない場所であることは普通の神経していれば分かるからだ。おかげでヘビースモーカーのはずの僕はずっと禁煙を余儀なくされている。
「ニュージーランドの美しさにはまるで勝てないよ」
先ほどの問いには、こう答えるしかかなった。日本人として残念なことである。
さて、お腹も満たした僕たちはさらに30分ほど歩いたところで、再び絶句・・・。朝の崖をさらにグレードアップしたような大崖が現れたのだ。行くしかあるまい。時間にして約15分と短かったものの、足が「もう限界だー、許してくれー!」と悲鳴をあげる一歩手前で頂上のハリス・サドルに到着。先に上りついたハリーとシンディ、グラムとともにザックを放り出して大の字になってしまった。後から来るはずのエリーたちはまだ途中の様子。
5分ほどしたところで、グラムたちはコニカル・ヒルの道標を発見し、一緒に行こうと言い出した。どうやらここは1日目のキー・サミットと同様の往復コースらしい。
「うっわー、まだ登るの?」
正直、もう勘弁してくださいという気持ちと、また登れば素晴らしい景色に出会えるかも。両方の気持ちが交錯。しかし悩んでいる間もなく、促され、再び歩き出す。と、予想通り、これがまたとんでもない難所。これまで以上の崖が延々と続き、岩をはいつくばるようにしてなんとか登り切ると、これまた予想通りの絶景。遠く、タスマン海まで見通すことができた。もぉ、最高♪
と、後から登ってきたルーやグレータ、エリーたちも「ワンダフル」を連発。いやいや、景色もそうだけど、ここまで登ってきてしまうアナタたちのほうがスゴイです。僕は心のなかで思っていた。
ハリス・サドルから今日の宿であるルートバーン・フォールズ・ハットまではずっと下り坂。かなり急なので登り以上に足に負担がかかる。ハットについた頃には太腿がジンジンし、靴も履いていられないほどだった。夕食を終えた頃になると、立派な筋肉痛となり、しゃがむのにも苦労するほどになっていた。

2日目の夜はパンケーキ投げも ルートマップに見入るルー

ゴールは目前
草原を歩く足取りも軽い


3日目。午前9時45分。いよいよ最後の日になった。いつものようにジャッキーが待ち合わせ場所を指示した後、思い思いに歩き出す。急な下り坂はまだ続いていたが最後のふんばりということで気合で乗り切る。そして1時間ほどで集合場所のルートバーン・フラッツに到着。ここで後続を待ち、軽いティータイムとなり、1時間後に再スタート。
ここから先はもう坂はない。平坦な草原の道が続くのでとても歩きやすい。次第に全員のペースも同じになり、トレッキングからハイキングへと様子も変わる。しかも天気もよくポカポカと暖かい。ゴールを目指すのみだ。
草原を抜けると川沿いの道に出る。時折現れる吊り橋を慎重に渡る。というもの、どの橋もひとりずつしか渡れないもので、なかなかスリリングなのだ。
本日のランチは川の畔でゆっくりと、せせらぎを聴きつつ食べる。むろん、この水も飲めるわけでニュージーランドの自然の偉大さにあらためて感動するばかり。
午後1時30分。「あと1時間」の言葉を聞いてまた歩き出す。このころからみんなの話題は町に戻ったら何をするかということ。
「ボンドは何をしたい?」
ハリーが声をかけてきた。
「ビールを思いっきり飲んで、タバコを久しぶりに吸いたいなー」
「タバコはともかく、ビールは賛成だ。好きな銘柄は何だ?」
「DB ドラウトだよ」
するとダニーデン出身のジャキーが
「あらっ、スパイツだって美味しいのよ!」(町にこのビール工場がある)
午後2時40分。最後の吊り橋を渡ったところで前方に車が通れるくらいの道が見えた。ん? と周囲を見渡せば、そこには「ルートバーン・トラック」の看板。そう、ここが僕たちのゴール地点だった。
するとどこからかバック・パッカーズの文字の入ったバスがやってきて停まる。これからルートバーンを僕らと逆方向から歩く数人が降りてきて、入れ違いに僕らはバスの中へ。どっかと腰を降ろし、あとはクイーンズタウンに到着するのを待つだけだ。
と、思っていたら30分ほどでバスはグレノーキー・ホテルという小さなホテルの前で停車。あれ、どうしたのかなーとキョロキョロしてたらハリーが僕を呼ぶ
「ビールタイムだ!」
声につられて全員がホテルのバーに集合し、なぜかグラムとハリーのおごりで乾杯♪ 思いっきり冷えたビールは最高においしく、僕は5秒ほどで最初のジョッキを空にした。とにかくウマイ! 結局、45分ほどで4杯を空け、気持ちもほわほわ。当然、クイーンズタウンまでの車中は全員が爆睡。
気づいたら、出発の時と同じパークロイヤル前に着いており、最後の記念写真を撮って解散。しかし、まだ終わりではない。
夜7時すぎ。僕らはジャッキーに指定された町のレストラン、ミリーズに集合し、最後の夕食会をおこない、ここで完歩証もいただいた。そう、ここでいよいよ全員とお別れなのだ。たった3日間とはいえ、誰もが別れを惜しんでいる。全員が記念写真付きの完歩証にサインをしあい、住所や電話番号を教えあった。
「サンフランシスコにきたら、必ず連絡して。空港の近くだからすぐに迎えに行くからね」
とはハリーとシンディ夫妻。他のメンバーも同じことを言ってくれる。
最後はハリーとグラムと堅い握手。シンディ、エリー、ルー、グレータ、ジャッキーとは抱き合いお互いの頬にキス。
たった3日でこんなに親しくなれるなんて、本当に素晴らしい。僕は今、4度目のニュージランド域を計画中だ。

ルートバーン・ウォーク社のガイドウォークは大人NZ$695(GST別)

あとがき
実はこの取材をするまでルートバーン・トラックのことはほとんど知らなかったし、あまり乗り気ではなかった。「あーあ、辛い仕事担当しちゃったなー」くらいの感覚。「いや、待てよ、これは意外に楽しいぞ♪」と気づいたのは2日目になってから。とんでもない道が次々現れるのに、なんだか愉快なのだ。天気も良かった、景色も素晴らしかった、一緒に歩いた仲間たちが皆、素晴らしい人物だったこともトレッキングを楽しめた要因だろう。
あえて心残りをあげるとしたら、もっと人や植物、景色の写真を撮るべきだった。なんせ歩くのに必死だったし、カメラを手持ちのまま歩き、落としたりぶつけたりしたら仕事そのものが成立しなくなる恐怖感もあって、あまり余裕がなかった。これだけが、そう、心残り。
もちろん、また機会があれば歩いてみたい! 心臓は問題ない。紫斑さえ治れば行ける!
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