山田九段と加藤九段 2009.10.29 (補遺12.23)

 

(棋聖戦2局の棋譜リンクを追加しました。12.23)

 

 対振飛車急戦「山田定跡」に名を残す山田道美九段は、棋聖位2期獲得

の名棋士。

 加藤先生にとっては6つ年上の先輩であり、抜きつ抜かれつしたライバル

であり、かつよき理解者であり友であった。

 1981年に発行された「山田道美将棋著作集」第八巻に収められた随筆

には、加藤先生も登場される。

 

 

「小人閑居して」  初出『将棋世界』1958/1

 

 加藤先生が、山田九段の下宿を訪問。

 レコードを聞きたいというので、ベートーベンの「運命」をかけてみたが、

無表情。

 ブルッフの「ト短調協奏曲」にも、第二楽章まで無反応。

 しかし熱情的な第三楽章に入ると、「これがいい」とつぶやいた。

 「このセザンヌが好きだという天才少年」という表現もあった。

西洋芸術の愛好が共通の趣味だったようだ。

 

 

「一二三君とベートーベン」  初出『将棋世界』1958/5

 

  (略)

今度、目出たく、一二三君の八段A級入りが決定して、新聞や雑誌に、

一二三君のことが華々しく載った中で、一二三君がベートーベンに傾倒

していると書かれているのが、ボクの興味を引いた。 …

(略)

ボクは、週に一度や二度、高田馬場のあるケチな喫茶店へ行く。そこで

どうかすると一二三君に会う。そして、ボクは、ああ昨日一二三君は対局

だったのだなと判断する。

一二三君は、対局の翌日、大抵この店へくる。勝ったときは、ごく当たり

前のような顔をして、負けたときは、孤独を感じながら(これは一二三君

の言ったことだ)ひとりでベートーベンやブラームスのシンホニーなどを

聞いて、数時間じっとしているのである。

(略)

先日、一二三君はサンケイ早指し戦の決勝で、大友五段と対戦していた。

観戦に行くと、彼がふいにこっちを見ていった。

「昨日、『エロイカ』聞いた。すごくよかった。フルトベングラーので――。

あんなに感動したの初めてやな」

(略)

 

 

「昇段前後の一二三君」  初出『近代将棋』1958/6

 

     競争意識

     

加藤一二三君の八段昇段を、ボクは新聞で知った。二月二十八日の

朝、朝刊でそれを知ったとき、ボクは矢張りと思うと同時に、がっかりした

ような気分になった。無意識のうちに、競争意識が働いていて、心の底

では一二三君の昇段を拒絶していたのであろう。

その日、連盟に行くと、東京の若手連中は暗い表情をしていた。棋界

新記録の最年少の八段、そして新聞の写真入りのデカデカと大きな報道

は、ボク達にはかなりのショックであった。

一二三君を見つけて、うしろから「おい、おい、おめでとう」と、

ボクが声をかけると、「うん、まあ……」と彼は、ふり返って笑いながら、

手をひろげてみせた。大層うれしそうだった。普段の一二三君は勝っても、

ごくあたり前の様な顔をしているのである。

この彼の純真な笑顔は、ボクの気持ちを明るくさせた。さっきまでの

暗いしこりのような気分はどこかへ行って、本当に彼の昇段を心から

祝福する気分にまでなった。

一二三君は昨日の疲れも忘れて、八段への一局、対高柳戦を並べて

見せてくれた。戦型は矢倉で彼はノビノビと戦い、完勝であった。

その間、新聞記者や、方々からの電話で、一二三君は幾度も盤を離れた。

ボクは、新聞社の写真班の注文に、ポーズをとっている一二三君を

見ながら、その笑顔のうらに、あのときの一二三君の陰うつな暗い顔

を想い出していた。…

(略)

 

 今も破られていない最年少記録でプロ棋士(四段)となり、以降毎年昇級・

昇段して史上最速でのA級八段の誕生は、当時大きな話題になったようだ。

 山田九段は当時、六段B級2組で足踏みが続いており、後輩の快挙に

複雑な思いがあったはずだが、顔を見れば素直に祝福する気持ちになれた

ところに、人柄がしのばれよう。

 

     後手指切り筋

(略)

第3図の局面のとき、ボクは、丁度連盟へ来ていたシンちゃん

(升田名人の長男)を抱いて、対局室へ行った。

「このお兄ちゃんが、お父ちゃんを負かしたんよ。シンちゃん、大きく

なったら、このお兄ちゃん負かしちゃう?」ボクが、一二三君を指して

冗談をいうと、シンちゃんは大きく目を見開いて、じっと一二三君を見て

いて、「うん」と譬えようもなく可愛らしくうなずいた。

一二三君は、終始ニコニコしていた。…

(略)

 

升田幸三実力制第四代名人は、加藤先生が「事実上の師匠」と慕う人。

しかしこの下りを読むと、あるいは山田九段も親しかったのだろうか。

当時は名人・九段・王将の三タイトルを独占していたが、1958/1/11、

早指し王位戦で加藤七段に敗れている。

「負かした」云々はそのことであろう。

 

 

「ピンさんの勝負手」  初出『将棋世界』1960/6

 

ピンさんとは、加藤一二三八段の愛称である。…(略)

このピンさんが今度名人挑戦者になった。明日が第一局である。…

(略)

二年前の夏。ある日、ボクは加藤君と宵の銀座を散歩していた。ボクの

記憶に誤りがなければ、たしかバッハの「ロ短調ミサ」か、何かのレコードを

借りるために、加藤君を訪ねたときだったと思う。その頃、加藤君は虎の門に

下宿していて、そこから入学したばかりの早大に通っていた。そして、夕方に

なると、夕食と気晴らしをかねて、銀座へ毎日のように散歩していたのである。

(略)

別れぎわに、加藤君は、明日名古屋へ行くとつげた。

「何しに?」

「うん、高校のときの女の同級生にちょっと…」

「好きな人?ムダ手じゃないかな」

「ムダ手、いや勝負手かもしれない」

ボクは勝負手の意味が釈然としなかったがだまっていた。

翌日、加藤君は「特急」で、名古屋へ向かって立った。

――それから半年ほど経て、

暮に、ピンさんはボクの下宿へちょっと寄ったとき、ある女性と結婚する

意志をもらした。ボクはピンさんの若さから結婚などは夢にも思わなかった

ので、初めは半信半疑だったが、話をよく聞いてみると本気らしい。そして、

当の相手が半年前に「特急」で名古屋へ会いに行った、京都の高校時代の

同級生であるという。ボクは、半年前の勝負手の意味を、このとき初めて

了解した。

(略)

一年後、ピンさんは周知のようにはなやかに結婚した。勝負手が見事

に決まって、カレンなFrauをあざやかに寄せ切ったのである。

今、ピンさんは名人戦という重大な勝負手を指す瞬間に直面している。

この第二の勝負手が、第一の勝負手のように見事に決まるかどうか――。

(略)

 

 20歳での名人挑戦も、史上最年少である。

 しかし、「最年少名人」の記録は、つくることができなかった。

 加藤先生が名人になったのは、実にそれから22年後、42歳の時であった。

 先に奪回していた十段と合わせて二冠王となり、棋界を制した。

 うしろから「おい、おい、おめでとう」と、山田九段が声をかけることは、しかし

もうなかった。

 山田九段は1970/6/18、A級在籍のまま、36歳の若さで急逝された。

 A級八段に上がり、名人挑戦、棋聖獲得と実績を積み重ね、いよいよこれ

から、というときであった。

 同年のクリスマス、加藤先生は奥様に続いてカトリックの洗礼を受けられた。

 信仰も支えに将棋に邁進され、69歳の現在も、元気に現役を続けておられる。

 長くとも、短くとも、将棋に人生を捧げたお二人が無二の友であったことは、

決して偶然ではないのだろう。

 

<年表>

     加藤一二三九段          山田道美九段

1933年                        誕生(12/11)

1940年 誕生(1/1)            

1949年                        15歳 奨励会入会

1950年                        16歳 初段

1951年 11歳 奨励会入会            17歳 四段

1952年 12歳 初段                 18歳 C級2組

1954年 14歳 四段 C級2組             20歳 五段 C級1組

1955年 15歳 五段 C級1組           21歳 六段 B級2組

1956年 16歳 六段 B級2組

1957年 17歳 七段 B級1組

1958年 18歳 八段 A級

1959年                        25歳 七段 B級1組 結婚

1960年 20歳 結婚 名人挑戦          26歳 B級2組

1961年 21歳 B級1組               27歳 B級1組

1962年 22歳 王将挑戦 A級

1963年 23歳 王位挑戦

1964年                         30歳 八段 A級

1965年                         31歳 名人挑戦

1966年 26歳 B級1組                32歳 王将挑戦

1967年 27歳 王将挑戦 A級           33歳 棋聖獲得・防衛

1968年 28歳 王将挑戦 B級1組        34歳 棋聖失冠

1969年 29歳 十段獲得 A級 十段失冠    35歳 棋聖挑戦

1970年 30歳                     36歳 逝去(6/18) 贈九段

 

 

<対戦成績・棋譜>

  ▲は先手、△は後手での勝利。

 

通算 加藤22(うち不戦勝2)−21山田 千日手15

 

1963年度以前 加藤7−3山田 千日手

 

1956/ 7/23 第11期順位戦 B級2組 ▲加藤勝ち 戦型:角交換腰掛銀

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=15832

1958/ 5/ 9 日本一杯争奪戦     加藤勝ち

1959/ 7/27 日本一杯争奪戦     加藤勝ち

1959/ 9/ 3 東京新聞社杯      山田勝ち

1960/ 4/ 5 第8回王座戦      △山田勝ち 戦型:矢倉(先手棒銀)

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=27285

1961/ 5/ 9 第9回王座戦       千日手

1961/ 5/11 第9回王座戦 指直し   加藤勝ち

1962/ 1/22 東西対抗勝継戦     加藤勝ち(6人抜き)

1962/ 3/ 9 第16期順位戦 B級1組  加藤勝ち

1962/ 9/ 1 王将戦           加藤勝ち

1963/ 4/17 王将戦           山田勝ち

 

 

1964 年度    加藤0−1山田 千日手

(年度成績 加藤46 戦26勝20敗 山田37戦26勝11敗)

 

6/29 第19期順位戦 A級      千日手 

6/30 第19期順位戦 A級 指直し 千日手

7/ 2 第19期順位戦 A級 指直し △山田勝ち 戦型:矢倉(後手雁木)

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=42906

 

 

1965年度    加藤6−3山田 千日手

(年度成績 加藤48戦29勝19 敗 山田68戦43勝25敗)

 

4/17 第4期十段戦 ▲山田勝ち 戦型:角換わり(先手右玉)

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=42859

6/ 8 第6期王位戦 白組         加藤勝ち

6/22 第14回東西対抗勝継戦      千日手

6/23 第14回東西対抗勝継戦 指直し 加藤勝ち

9/10 第4期十段戦             加藤勝ち

9/16 第20期順位戦 A級         千日手

9/17 第20期順位戦 A級 指直し    千日手

9/24 第20期順位戦 A級 指直し    加藤勝ち

10/21 第5回最強者決定戦 決勝 第1局 山田勝ち

10/29 第5回最強者決定戦 決勝 第2局 加藤勝ち

11/ 5 第7期棋聖戦 本戦 準決勝    ▲加藤勝ち (12/23棋譜リンク追加)

http://sankei.jp.msn.com/culture/shogi/kifu/kisei/007/007yosen-14.htm

http://sankei.jp.msn.com/culture/shogi/kifu/kisei/007/007.htm

11/17 第5回最強者決定戦 決勝 第3局 山田勝ち

 

 

1966 年度    加藤3−5山田 千日手

(年度成績 加藤71戦46勝25敗 山田50戦30勝20敗)

 

4/27 第5期十段戦              千日手

5/ 6 第5期十段戦 指直し         山田勝ち

5/23 第14回王座戦             加藤勝ち

7/29 第5期十段戦              山田勝ち

9/ 2 第6回最強者決定戦 4回戦     千日手

9/ 3 第6回最強者決定戦 4回戦 指直し 千日手

9/20 第6回最強者決定戦 4回戦 指直し 山田勝ち

10/ 6 第9期棋聖戦 本戦 2回戦     △山田勝ち (12/23棋譜リンク追加)

http://sankei.jp.msn.com/culture/shogi/kifu/kisei/009/009yosen-09.htm

http://sankei.jp.msn.com/culture/shogi/kifu/kisei/009/009.htm

12/13 第16期王将戦 挑戦者決定リーグ戦 ▲山田勝ち 戦型:角交換腰掛銀

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=13523

12/21 第16期王将戦 挑戦者決定リーグ戦 プレーオフ △加藤勝ち 戦型:矢倉

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=11106

3/10 第16回NHK杯戦 本戦 準決勝        ▲加藤勝ち 戦型:矢倉

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=18536

 

 

1967 年度    加藤1−4山田 千日手

(年度成績 加藤50戦27勝23敗 山田61戦42勝19敗)

 

4/28 第6期十段戦 挑戦者決定リーグ戦  山田勝ち

8/14 第15回王座戦 本戦 準決勝      千日手

8/15 第15回王座戦 本戦 準決勝 指直し ▲山田勝ち 戦型:矢倉

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=16213

8/18 第6期十段戦 挑戦者決定リーグ戦 山田勝ち

9/27 第22期順位戦 A級           千日手

9/28 第22期順位戦 A級 指直し     ▲山田勝ち 戦型:矢倉

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=32574

10/20 第17期王将戦 挑戦者決定リーグ戦 △加藤勝ち

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=47284

 

 

1968 年度    加藤1−3山田 千日手

(年度成績 加藤53戦35勝18敗 山田47戦30勝17敗)

 

5/ 6 第7期十段戦 挑戦者決定リーグ戦     千日手

5/ 7 第7期十段戦 挑戦者決定リーグ戦 指直し ▲加藤勝ち

9/ 4 第7期十段戦 挑戦者決定リーグ戦     千日手

9/ 6 第7期十段戦 挑戦者決定リーグ戦 指直し ▲山田勝ち 戦型:角交換腰掛銀

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=16931

9/21 第8回最強者決定戦 5回戦        △山田勝ち

10/11 第18回NHK杯戦 本戦 1回戦      ▲山田勝ち 戦型:角交換腰掛銀

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=33976

 

 

1969 年度    加藤1−2山田 千日手

(年度成績 加藤33戦15勝18敗 山田47戦24勝23敗)

 

7/28 第24期順位戦 A級               △山田勝ち

9/ 2 第9回最強者決定戦 4回戦           千日手

9/ 3 第9回最強者決定戦 4回戦 指直し      ▲山田勝ち

10/24 第19期王将戦 挑戦者決定リーグ戦     千日手

10/25 第19期王将戦 挑戦者決定リーグ戦 指直し ▲加藤勝ち

 

 

1970 年度 加藤3(うち不戦勝2)−0山田

(年度成績 加藤40戦23勝17敗 山田24戦6勝18敗 ※うち不戦敗14)

 

5/ 8 第9期十段戦 挑戦者決定リーグ戦 3回戦 △加藤勝ち

6/18 第10回最強者決定戦 5回戦          加藤不戦勝

6/18 第9期十段戦 挑戦者決定リーグ戦 8回戦 ▲加藤不戦勝

 

※参照サイト

・棋士別成績一覧

http://homepage3.nifty.com/kishi/index.html

加藤一二三

 http://homepage3.nifty.com/kishi/2009/1064.html

山田道美

 http://homepage3.nifty.com/kishi/1970/1902.html

・加藤一二三の魅力

http://hifumide.gozaru.jp/result.html

・将棋の棋譜データベース

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?lan=jp&page=FrontPage

・将棋 棋聖戦 棋譜再現一覧 MSN産経ニュース (12/23追加)

http://sankei.jp.msn.com/culture/shogi/kifu/kifu.htm

 

 

※参考図書

「名棋士81傑 ちょっといい話」原田泰夫編著 講談社+α文庫

「一二三の玉手箱」加藤一二三著 毎日コミュニケーションズ

 

 

 

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