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07.6.10 二条城
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写真トップ、左は二の丸・西南隅櫓、右は同・東南隅櫓。
写真左は東大手門。 この日は「時の記念日」であり、京都へ行く前に、大津市の近江神宮で行われた「漏刻祭」に参列した。 その模様は、別のページ「なぜ宮様は碁盤から飛び降りられるのか07.6.10」に少し書いている。 京都駅から地下鉄烏丸線に乗り、途中東西線に乗り換え、「二条城前」駅で下車。 地上に上がると、外堀の向こう、すぐ目の前に二の丸東南隅櫓がある。 その脇を進み、東大手門から、入城する。 左に進み、東南隅で右(西)に曲がる。 伏見城からの移築と言われる、唐門がある。 そこから二の丸御殿の玄関が除いて見える。 古来の天守が残る城は少ないが、藩の政庁であり藩主の住居である御殿が残る城は更に少ない。 川越城、掛川城、高知城ぐらいと聞く。 二条城は徳川将軍家の城であり、重要な歴史の舞台ともなったし、残る建築物の文化的価値も高い。 世界遺産に登録された所以である。 |
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写真は二の丸御殿・大広間の外観。
二の丸御殿には、手続きもなく入ることができる。 廊下を歩くときゅっと鳴る。 うぐいす張りである。 幕末、最後の徳川将軍・慶喜公が諸大名・幕臣に大政奉還を告げた大広間も見ることができる。 残念ながら、廊下から見るだけで畳には上がれない。 更に奥には、将軍が親藩・譜代大名と対面した黒書院や、私生活の場である白書院がある。 ぐるっと中を見て回って玄関に戻る。 今度は庭に回る。 小堀遠州の作と言われ、広くはないが見事な庭である。 御殿を外から見るのも楽しい。 |
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写真は本丸御殿(旧桂宮御殿)。
西に進むと、内堀を渡って本丸である。 今に残る本丸御殿は、しかし京都御苑の桂宮御殿を移築したもので、本来城にあったものではない。 内堀に囲まれた本丸の、西南隅に天守跡がある。 今は天守台が残るのみであるが、それでも上ると眺めがよい。 東大手門に戻り、城を出た。 東南隅櫓を見ながら、外堀沿いの道を西へ進む。 途中、脇道を南に入って、二条陣屋というところに行ってみた。 これは京に屋敷のない大名が上洛時に泊まるところで、見学には事前申し込みが必要なことは知っていたが、ちょっとだけ覗いてみようと門を入ると、それだけでピンポンとチャイムが鳴ったので、びっくりして走って逃げた。 外堀沿いの道に戻って西に進み、西南隅櫓を見つけた。 二条城はこれで終わりである。 更に西に歩いてJRの二条駅に辿り着き、山陰本線で京都駅へ戻った。 後は新幹線で東京に帰った。 メニューページ「近畿・お城ウォッチ」へ戻る |