2008.1.3仙台城(1)瑞鳳殿


(写真トップ・左は、急坂の参道。
 写真トップ・右は、涅槃門。
 写真左は、瑞鳳殿。)


 毎年、正月は実家で過ごす。
 暇ができたので、仙台城に登城した。
 もっとも、地元の人は専ら「青葉城」と呼んでいる。
 観光地を巡る「るーぷる仙台」というバスができて、便利なようなのでそれに乗った。
 JRで仙台駅まで行き、駅前のバス乗り場(西口バスループ15-3)へ。
 切符売り場で1日乗車券を購入。
 大人600円であった。
 1回乗車は250円であるから、3回以上乗り降りすれば有利になる。
 1月は30分間隔で運行。
 バスが巡る所のガイドのパンフレットをもらえた。
 10:30に乗車した。
 バスは小さい。
 20人も座れないので、立つ人もいた。
 小さなビジョンがあり、途中の観光案内などを流す。
 そのナレーションや、バス停をアナウンスする声は、普通の市バスと同じであった。
 わたしの記憶では、子供の頃からずっと同じ声である。
 バスは市の中心部を循環する。
 一方通行である。
 仙台駅から西へ、「青葉通」を走る。
 広瀬川を渡る。
 「瑞鳳殿前」に着いた。
 下車した。
 他の乗客も降りた。
 皆やることは同じのようだ。
 杉木立の中、急坂を登る。
 左にお寺があったが、更に登る。
 道が二又になった。
 右に「出口」、左に「入口」と書いてある。
 素直に左に進む。
 石段を登った。
 何やらあった。
 「涅槃門」とのこと。
 それほど大きくない。
 その右脇から入る。
 少し登ると、正面に、また門。
 左には資料館。
 まっすぐ門を抜けると、「瑞鳳殿」があった。
 仙台藩祖、伊達政宗公の霊屋(おたまや)である。
 お堂の形だが、思いの他きらびやかで、軒が特にカラフルである。
 それほど大きくはない。
 残念ながら戦災で焼けてしまったので、再建とのこと。
 なお、拝観は有料であるが、るーぷる仙台の1日乗車券の提示で割引がある。
 資料館へ。
 小さいながら面白い。
 ちょうど伊達騒動の特別展示をやっていたが、常設展示は、再建前の発掘調査の資料が多い。
 政宗公の遺骨も調べられ、頭蓋骨の模型が作られた。
 遺骨は調査後また埋められたが、その一部や遺髪が展示されている。
 伊達家の家紋についての記述が面白かったので、筆写した。
 代表的なものでも3つもあって、併用していたとのこと。


伊達家家紋
 
三引両(みつびきりょう)
 文治元年、源頼朝の平泉藤原氏討伐の折、功により伊達家始祖1世朝宗が現在の福島県伊達郡とともに賜った由緒ある紋章である。
 
竹雀(たけにすずめ)
 藤原氏系勧修寺家の紋であったが、室町期に関東管領上杉氏に下賜された。
 のち上杉定実より政宗の曽祖父14世稙宗に贈られ、伊達家はこれを定紋とした。
 
九曜(くよう)
 藤原氏をはじめ、源平各諸家が使用した紋であるが、仙台藩祖政宗が始めて使用、その後の歴代藩主が装束に用いた。


(写真左は、上が感仙殿、下が善応殿。)

 三引両紋は、仙台市のマーク(市章)の元になっている。
 また、政宗公の兜の三日月形の前立ては、木でできていたとのこと。

 政宗をはじめ伊達家の兜の印として有名な弦月型の前立ては木製であったらしく、発掘されたときにはすでに朽ち果てていましたが、木の表面に塗られていた黒漆からそのかたちがわかりました。



 瑞鳳殿のあとは、感仙殿(2代藩主・忠宗公)、善応殿(3代藩主・綱宗公)と霊屋をお参りして回る。
 瑞鳳殿に似ているが、比較すると微妙に地味なようである(十分きらびやかでカラフルではある)。
 4代目以降については、石碑に説明があったのでメモした。

伊達家葬法の変化
 4代藩主綱村以降歴代の墓所太平寺(無尽灯廟、宝華林廟)は廟建築を廃し一定規格の板石塔婆に雨屋のみとなる。
 さらに5代藩主吉村以降、夫婦の墓を並列することとなり総称も3代藩主綱宗までの霊屋から御廟へと区別される。
 明治初年伊達家は墓所の祭祀を仏式から神式へと改め、13代伯爵慶邦の墓所(茂ヶ崎)以降歴代墓所は土饅頭と称する小円墳へと代わる。

 ここ経ヶ峯には、その他には9代藩主・周宗公、11代藩主・斉義公夫妻の御廟があるが、雨ざらしの石塔でつましいものである。
 他には歴代藩主の早世した公子・公女の「御子様廟」がある。
 これは参道の分岐点まで戻り、細い脇道を入って奥にある。
 ここまではいっしょにバスに乗っていた他の人達もいたのだが、「御子様廟」まで行く人は誰もいない。
 うっそうと茂る杉木立を縫って、1人歩く。
 ぴゅーと冷たい風が吹きつけ、枝がざわざわと鳴る。
 真冬の木洩れ日は、昼だというに夕陽のように弱々しく赤みがかっている。
 何か天狗でも出そうな、ものさびしいふんいきであった。
 
 バス停に戻ると、小さな行列ができていた。
 次のバスは13:15。
 これは13:00に仙台駅を発すると思われる
 すると10:30のバスで来たのだから到着は10:45で、経ヶ峯には2時間半いたことになる。
 バス停の向いには、なぜか関西名物である柿の葉寿司のお店がある。
 帰宅後母に話したら、食べたことがあると言っていた。
 少し待つとバスが来たが、超満員であった。
 しかもあまり下りなかったので、ぎゅうぎゅう詰めになった。
 次のバス停は「博物館・国際センター前」。
 博物館が休みなのは知っていたが、ここで下車して、お城まで徒歩で登って行くつもりだった。
 しかし誰も下りず、前の出口まで到達するのが大変そうだったので、あっさりあきらめた。
 その次は「仙台城跡」で、ここで皆下車した。
 うねうねした急坂を登るので車内は大揺れであった。


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