第64期名人戦第5局 大盤説明会
於 将棋会館(解説・加藤一二三九段) 2006.6.2

 ここまで森内名人3勝、谷川九段1勝。名人が勝てば防衛。将棋連盟の解説会を聞きに行った。
 16時からのTV放送を30分ぐらい見てから出たが、17時過ぎには着いてしまい、道場で人の将棋を見て時間をつぶし、17時半受付(@2,000円ナリ)、会場に入って一番前の席に座った。
 定刻18時前に加藤先生が来て、まだ時間前だからと、手の解説ではなく雑談を始める。解説の途中でも、折々に雑談が入ってとても面白かった。
 手の解説については後にじっくり書くことにして、雑談の面白い話を書き留めておく。

初めの挨拶

 NHKのTV放送やインターネット中継のある中で、わざわざ将棋会館まで来て下さるのは本当にありがたいことだ。精魂込めてわかりやすい、面白い、深い解説をしたい。
(終わりの挨拶でも同趣旨のことを繰り返していた。「せっかく来て下さるのでここでしか聞けない、取って置きの話をした」とおっしゃっていた。確かにその通りだった。)

※後は思い出せるままに書きます。メモを取っていたわけでもなく、話の順番や表現は、必ずしも実際の通りではないことをお断りしておきます。(たとえば実際には加藤先生は常に敬語で話されています。)
 「ここでした話はどこで話してもらってもかまわない」と加藤先生が繰り返しおっしゃっていたので、そのお言葉に甘えて、この場で公開するものであります。
 なお、小見出しは整理のためにわたしが勝手につけたものです。
 (笑)は、客がどっと笑ったタイミングをあらわします。
 (*)は、わたしの感想です。

名人戦男

 わたしは名人戦には4回出ている。
 初めは20才で大山さんに4−1で負かされ、2度目は33才で中原名人に4連敗。しかしその9年後、42才で中原名人に勝って名人になった。4月に始まって、7月一杯までかかった。これだけ長くかかった名人戦はない。だからわたしは名人戦男だ。(笑)(*ちょっと強引な理屈かと…)
 翌年、谷川さんが21か22で挑戦者となり、名人を取られた。その後、最近は名人戦には出ていません。(笑)

NHKによる高い評価

 中原名人が9時1分に投了してわたしが名人になった。それをNHKが9時のニュースで放送し、わたしが生でコメントを話した。
 NHKはわたしを評価してくれている。今年モーツァルトの生誕100周年記念番組に、ノーベル賞の小柴教授と女性バイオリニストと3人で出演した。
 モーツァルトはぜひ聞いてみてください。

十段問題

 わたしはどの棋戦でも全力投球してきたが、名人戦・順位戦だけしか全力投球しない人もいて、そういう人に比べてわたしは不利であり、あまり名人挑戦者になれなかった。
 なぜそういう人がいるかと言うと、昇段には順位戦の成績だけが関係していたからである。今は規約が改正されて、他の棋戦の勝ち星も昇段に影響する。例えば六段で150勝を上げれば七段に上がれる、というような。これは将棋連盟の歴史の中で、10本の指に入る良い改革の一つだと思う。
 ところがわたしは九段になってから750勝以上、通算でも1200勝しているのに、そのことが評価の対象になっていない。それはおかしいと思って何年か前の総会で提案した。何人かの棋士が賛成してくれたが、それきりであった。後である人に「そういうことは周りが言うもので自分で昇段させろとか言うものじゃない」と言われた。
 加藤さんは肩書きがどうあれ、その素晴らしさを皆理解している。そう言ってくれる人もいるが、そういう人は、わたしの味方ではなく敵です。
 将棋連盟は、昨年イベントの仕事を一つも回してくれなかった。連盟がタイトル保持者やA級棋士を優先させるのは、実力主義で仕方ないとも言えるので、頼まれた棋士の方で「対局が忙しいので加藤先生に…」と言ってほしいが、誰も言ってくれない。(笑)デパートなどイベントの主催者の方で「加藤先生を…」と言ってほしい。そういうとき、例えば九段より十段の方が…。出演料も、上げてくれるかもしれない。
(*こうして書くといやらしいが、実際には冗談っぽく言っていて笑える話になっている。全体的にそうである。なお、加藤先生の称号については、十段よりも、升田先生の例に倣い「実力制第六代名人」とし、特例により現役のまま名乗る、というのはどうであろうか。)

上座事件と竜王戦誕生秘話?

 名人を取られた後、十段戦リーグで谷川さんと対局があり、わたしは十段位を3期獲得していたし、十段リーグでも上位にあったので、主催者の読売新聞に気を使って、上座に座った。(笑)そうしたら谷川さんはあと自戦記で「わたしの座る席がない」と書いていた。名人だからどの棋戦でも上座、では他の新聞社に失礼では?
 読売新聞もよーし、それなら、となって最高の契約金を払って竜王戦を創設した。竜王戦ができた理由の、100分の1ぐらいはわたしのおかげもあると思う。(笑)
 今は規定がはっきりして、タイトル保持者・優勝者はその棋戦の対局では誰よりも上座に座ることになっている。準タイトルの朝日オープンの優勝者が、わたしとの対局で当然のように上座に座っていた。1度優勝しただけの若造が。(笑)せめて一言、すみませんが、と言うか、あるいはすまなそうな顔をするだけでも許せるのだが。(笑)

わたしは寡黙派

 谷川さんはわたしのことをかなり意識している。タイトル戦の前夜祭ではいつもビールを注いでくれる。ビールを注いでくれたりするのは谷川さんぐらいである。(*そんなこともないと思うが…)
 ハイヤーに森内さんといっしょに乗せられたが、1時間ぐらい、何もしゃべらなかった。
羽生さんとは、手違いで列車で隣に座ったが、2時間ぐらい、ずっとしゃべりっぱなしだった。いつもは移動のときには隣に関係者が来ないよう頼んでいる。隣にいてずっと黙っているわけにも行かないし、そうかと言ってしゃべると集中力が散漫になってしまうので。(*ここら辺は対局者目線での発言。)幸い、羽生さんは誰が相手でも気軽に話ができて、それで注意力・集中力が鈍ったりしないタイプ。(*だから手違いがあっても良かった。が、本来対局者はそっとしておくべきだろう、とのことのようだ。)
 一方、わたしや谷川さんや森内さんは寡黙派だ。(*ご自身については、対局者としてタイトル戦に臨んだ時のことをおっしゃっているのだろう。)
 常々口にし、本にも書いていることだが、好手・妙手が2,3手ないとタイトル戦では勝てない。

名人戦の展望

 本局の正立会人の藤井九段と食事をしたとき、「今回の対局場(伊香保温泉の福一)で谷川九段は勝ったことがない」と言っていた。(*ただしこの情報は間違い。)わたしもタイトル戦などで全国を回ったが、考えてみると北海道でだけ勝ったことがない。
 毎日新聞の方に、名人戦の立会人をいつもやっているので今年も、とお願いしたら、第7局、と言われた。第7局は、行われないことが多い。(笑)北海道で行われるので、一応飛行機の予約を取ろうと電話したが、つながらなかった。これは第7局はないということかな?(*結果として、残念ながら直感は的中。)
 TVで見たら、谷川さんは顔がぷっと膨れて、堂々としていた。森内名人は普通の感じだった。だからこの将棋は谷川さんの勝ち。

通算勝数記録

 谷川さんは、2勝1敗ペースで勝ち続けて、1500勝を目指したい、と言っている。その意気やよし。ただ難しい。40代を超すと勝ち星が減ってくる。44才、谷川さんもこの先そうは名人挑戦者になれない。ぜひがんばって、第7局まで行ってほしい。
 わたしや谷川さんは、四段昇段から現在までの公式戦の記録がはっきりしている。
 大山さんは1400何勝、とのことだが、昔は記録があいまいで、どこまで公式戦に入れるかはっきりしない。大山さんに好意的に数えているのではないか。
(*全くの想像ですが、昔は初段から「専門棋士」とされたようなので、三段までの勝ち星が含まれている、といったことなのでしょうか?特に低段のうちは駒落ち下手の対局も多かったでしょうし、公式戦扱の席上対局もあったようです。もっとも記録の残っていない勝ち星もあったかもしれず、一概に有利不利は言えない気もします。)

渡辺竜王評

 休憩の間、控室で検討していたら、渡辺明竜王が来て、「馬をつくった時点で谷川有利」と言っていた。渡辺竜王は言うことが大胆で、言葉に商品価値がある。商売になる。公の場であれほど言っているのだから、恐らく公でない所ではもっと言っているだろう。(笑)

ご自身を語る

 わたしは今でも、体力の続く限り、全力で将棋を指す。昔よりも努力しているが、それでも昔より勝てない。まだ加藤は強い、そう思われるような将棋を指したいから、努力している。自分ではそのことを評価しているが、目に見える形で成果は上がらない。
 わたしは生涯、どのような対局でも、ほとんど時間を使い切っている。研究を除けば、誰よりも一番、将棋に時間を使っている。
 谷川さんの寄せは早い。わたしは数多く指していて、逆転勝ちは1度だけ。そもそも、わたしの将棋は、勝ちは圧勝、負けは逆転負けが多い。負けた将棋のうち、終盤に他の人に代わってもらって指してもらえば勝てた将棋が100番以上はある。(*何とも率直な…)

うなぎを語る

 うなぎは好きでよく食べる。対局時に昼、夜と同じものを食べるのは、考えるのが面倒だから。近くに一軒、うなぎ屋があってそこから出前を取る。(*客の質問に答えて)

矢倉を語る

 名人をとったときや高橋九段との王位戦は全局矢倉。当時はタイトル戦の8割は矢倉だったが、今はせいぜい2割。
 3七銀戦法は先手でも後手でもやれる。先手が少し有利か。
 ただし必勝法ではないから、3七銀戦法の勝率は5割。勝率5割なら立派な作戦。ただし、わたしの3七銀戦法の勝率は7割。(*7割5分とおっしゃっていたような気もする。想像だが、上げられる数字については、あくまでも先生ご自身の感覚的なものではなかろうか。)
 矢倉は面白いでしょ?深いでしょ?(*本局を振り返って)



 以下は、解説会の様子を記しておく。
 場所は道場の隣の会議室のような部屋で、客は30人ほど。大盤操作係はNHK杯の記録係でおなじみの許さん。大盤と一緒にテーブルの上に乗って操作していた。終盤では読みに参加も。
 加藤先生は職員の方に椅子を用意させ、設置場所を細かく指示していた割には1度も座らず。休憩から戻って来ても、ペットボトルの「おーいお茶」を飲みながら、立ったままじっと大盤をみつめていたかと思うと、近寄って駒の置き方を直す。結局22時過ぎまで、立ちっぱなし、しゃべりっぱなしだった。
 休憩(19:20〜40)の間、「次の一手」を投票。当てた人の内、抽選で10名が、森内名人のせんすをもらえた。

 終盤、「詰むや詰まざるや」の状況で、興奮した客が口々に手を言い合う。しばらく黙っていた加藤先生(なぜかふくれっ面)、「わかりました。わたしは詰みを見切りました…何かわたし、探偵みたいですね」
 その詰みの順を披露した…が、打ち歩詰めになってしまい、「今のはナシ!」

 「こうしてこうしてこうして…こうするとこうする…ふーむ」
 終盤はこうしたつぶやきが多かった(もはや解説ではない!まあ、しゃべりながら手を読むのは大変だから仕方ないけど)。でもご自分の中で結論が出ると大盤でやってくれる。

 爆笑と拍手喝采の連続。2,000円は安かった。加藤先生もご自分の話が面白いのを十分に自覚し、あえて面白く話そうとしている。対局者として第一線を引いている今、それが将棋界へ貢献する道だとの自覚によるものであろう。
 とはいえ、対局をなおざりにしているわけではもちろんない。むしろ「昔より勝てない」から「昔より努力している」のである。頭が下がる。

棋譜と手の解説

 先手▲:谷川九段  後手△:森内名人  →コメント:加藤九段
1▲7六歩
2△3四歩
3▲6六歩 → わたしなら絶対に指さない手。わたしが後手なら、△6ニ銀、6四歩から
4△5四歩        5四銀、6ニ飛と腰掛銀(飛香落ち下手定跡にある順)にする。
5▲6八銀
6△6ニ銀
7▲5六歩
8△5ニ金右
9▲4八銀
10△3ニ銀
11▲5八金右
12△4ニ銀
13▲2六歩
14△4四歩
15▲7七銀
16△3三銀
17▲7九角
18△3ニ玉
19▲6八玉
20△3一角
21▲7八玉
22△7四歩
23▲3六歩
24△7ニ飛 → 代わりに△6四角ならたとえば▲3七銀となる。これも一局。
25▲6七金
26△7五歩
27▲同歩
28△同角
29▲4六角
30△6四角
31▲5七銀
32△2ニ玉
33▲2五歩(封じ手)
34△5三銀
35▲8八玉
36△4ニ銀右 → 挑発的な手。負ければ敗着になる手。
37▲6四角
38△同歩
39▲7三歩
40△同桂   → △同飛なら▲8ニ角から9一の香を取る。△8ニ飛なら▲7ニ角
41▲8一角  
42△6ニ飛                    → △7一歩もある。以下、
43▲5四角成                           ▲7ニ角成
44△6三金                             △同歩
45▲2四歩 → タイミングの良い利かし。          ▲7一飛
46△同歩                              △5一金引
47▲5五馬 → この手で▲2三歩は指しすぎ。       ▲7ニ飛成
48△4三銀       △1ニ玉で何でもない。        △4九角
49▲3七桂                             ▲7八金
50△3五歩 → 勝負手。第一感は指しすぎに見える。   △3九角
51▲4六馬                             ▲2六飛 といった展開。
52△3六歩                             2枚角が強力で、飛角交換は
53▲同馬                              単純に飛を取った方が有利、
54△5四角                             とはならない。
55▲同馬
56△同金
57▲5五歩 → 後で▲7四角とするなら、すぐ2五歩、同歩、7四角の方がよかったか?
58△5三金
59▲2五歩                 ※57-61 微妙な手順の違いがあるらしい。ただし
60△同歩                  後になってから「この後森内名人に悪手がなかっ
61▲7四角 → これは微妙です。    たのに谷川九段がよくなったことからすると、
62△6三金                  (ここら辺りは)これでよかったようだ」
63▲8三角成
64△2四銀
65▲7四歩
66△8五桂
67▲7三歩成
68△3ニ飛
69▲3五歩  → 最善手。△同飛なら▲4六銀で先手を取れる。▲3八歩は△3六歩。
70△7七桂成      ▲3六歩もあるが△同飛▲4六銀の後△2六飛の強手がある。

71▲同金   → ▲同桂は形が悪いのでない。▲同玉としたいが△9五角とされ、
72△5三金              ▲8六歩に△7三角と、と金が取られる。
73▲7四馬

74△5ニ金上  ここで解説会は休憩となり、「次の一手」が出題された。

加藤先生の示された手順
▲5四歩
△同銀       △同金 なら
▲4六銀      ▲6三と
ここで
△3六歩なら  △3六銀なら         ※本局は△2三銀
▲1六桂    ▲5六馬  
△3七歩成   △5五歩  △3七銀不成なら
▲2四桂    ▲3四馬  ▲3四桂
△2八と       :    △3三玉
▲3ニ桂成     :    ▲3七銀
△同玉            △4五銀
▲8ニ飛           ▲7八馬
△5一歩    いずれも先手優勢。
▲6ニと
△3八飛
▲7八銀
で先手一手勝ち。

 休憩明けに、「昨日までの展開では谷川九段が優勢とプロは思っていた。しかし5五歩辺りから、怪しくなってきた。互角の展開になってきたか、と思っていたが、休憩中、控え室で盤駒を使って研究した所、森内名人側に有力な対抗策が見つからない。谷川九段優勢」と断言。以降は一貫して谷川勝ちを匂わせていた。

75▲5四歩  加藤先生推奨の手が正解だったので、ほとんどの人が当たったようだ。
76△同銀
77▲4六銀
78△2三銀
79▲3四桂
80△同銀
81▲同歩
82△同飛
83▲5六馬
84△4五桂
85▲同桂
86△同銀   → △3九飛成は  △4三金寄は   △同歩なら
87▲同銀     ▲5三桂成で  プロなら、ない。  ▲同銀
88△3九飛成   金を取られる             △3九飛成
89▲3四銀     ので、ない。              ▲5四銀
90△2八竜                          △2八竜→6九竜と金を取りた
91▲7八金上 → 7八銀打、と読まれていたが、   ▲5八歩 いが、詰めろになら
          客から意見が出、「持ち駒を温存   △5四銀 ないので飛を取る。
           するこちらの方がいいですね」    ▲2三銀
                                 △3一玉
                                 ▲3四馬→ 5ニ金、2四銀
                                 △7六歩    両当たり
*客からも色々意見が出て、               ▲同金
先生が検討する。                      △8四桂
                                 ▲7五金で先手は大丈夫。

92△3一玉          → この手で △4一角 は         △3八飛 も
93▲2三銀不成 → ▲6ニと       ▲6ニと            ▲2三銀成
             △同金        △同金  △4ニ金なら  △3一玉
             ▲4三銀打      ▲4ニ銀 ▲2三銀打   ▲3四桂
           が先生ご推奨の順。
94△4一角   → △3九飛なら △4ニ玉なら
95▲2ニ銀打    ▲3四桂    ▲4六馬(2八竜と2四銀の両当たり)
96△4ニ玉
97▲3四馬   → ▲3一銀打なら
            △5一金
            ▲4六馬
            △2三角    △7六桂なら
            ▲2四馬    ▲同金
            王手角取り。 △7八竜
                     ▲同玉
                     △2三角
                     王手。難解に→よって先手はこの順にはしない。

98△3八飛
99▲2四馬  →(△7六桂で頓死なので)安全勝ちを狙うなら▲6八桂
100△3三歩                    
101▲同銀成
102△同桂
103▲3四桂
104△4三玉
105▲3ニ銀打
106△同角
107▲同銀不成
108△同玉
109▲2一角
110△4一玉
111▲4ニ銀 まで
以下は
 △同金
 ▲2三馬
 △5一玉
 ▲4ニ桂成
 △同玉
 ▲3ニ馬
 △5ニ玉
 ▲6ニ金 で詰み。結果が来る前に、4ニ銀以下の即詰みを読み切って披露され、拍手。


おわり

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