かわちながの 将棋のひととき 第2手 2008.10.13(月・祝)
第2部 トークショー「加藤一二三、伝説を語る」
於 ラブリーホール(河内長野市立文化会館)小ホール


 舞台右手、左から山田久美女流三段、加藤一二三九段、井上慶太八段、畠山鎮七段の順に着席。
 舞台左手には大きなパネル。
 パネル上に駒の名前の9枚のボード。
 裏にトークのテーマが書いてある。
 1枚ずつ裏返して行って、テーマ毎に語る趣向。

     (表)                  (裏)
  香車  と   歩兵   モーツァルト   一分将棋    空咳
  角行 桂馬 飛車   滝を止める あと何分?   ライバル
  銀将 王将 金将   駒音   背後から盤を覗く うな重


(以下はわたしのメモより。表現は一字一句話されたまま、ではありませんし、書きもれもあります。不正確だったり意が通じにくい所があれば、それはわたしの責任です。ご容赦ください。)


山田 
 この話を聞いたときに、これは(聞かれたら)嫌だ、ということは?

加藤
 特にない。
 これ以外に話したいこともある。

畠山
 鋭く聞くように、という指示を加藤先生から受けた。

井上
 しゃべる合間があるかどうか…

山田
 では加藤先生、選んで下さい。

加藤
 銀を使う将棋が多いので「銀将」を。

テーマ「駒音」

井上
 高い方ですね。

加藤
 はい。

井上
 若い頃から?

加藤
 昭和57年に名人になって、その2、3年前までは駒音高くやっていた。
 色々ありまして、うん。
 色々あるんですよ。
 NHK杯は盤の下(のマイク)で音を拾うようになっている。
 実際より大きく音を拾うようになっている。
 岡崎でイベントに出たとき、タクシーの運転手さんから、駒音が高くないがどうしたのか、と聞かれた。
 それを聞いてから一層高く指すようにした。
 例えば丸山九段は、駒音静か。
 指したかどうかわからない。
 ちなみに空咳…

山田
 その話は…
(皆で止める。「空咳」も独立したテーマになっていた)

畠山
 駒音高く指した瞬間に悪手と気付くことは?

加藤
 ほとんどない。
 1回か2回しかない。

井上
 気持ちいいぐらいええ音します。
 コツは?

加藤
 ない。

井上
 駒割ったりは?

加藤
 割ったことはない。
 盤が割れたことはある。
 タイトル戦の時、ホテル、旅館が盤を買って、1局だけ指して1年ぐらいしまって置く。
 ほんとは指している方がいいが。
 2年目に指す時にしまったのを出すと、ひび割れてたりする。
 王将戦を名古屋でやったとき、わたしの右の香車が、何もしないのに飛び上がった。
 見たら(盤が)割れていた。


山田
 では次に井上八段。

井上
 「香車」  テーマ「モーツァルト」

加藤
 かなり好きで(あちこちで)しゃべっている。
 聞くようになったのは、名人になった時、相手が中原さんで…
(20歳の初挑戦までさかのぼって名人戦の話が続く)
 …実は、それで、あ、今モーツァルト

山田
 モーツァルトです。

加藤
 名人を取った時は10局戦った。
 4月13日に始まって、7月31日に終った。…
(引き続き延々と名人戦について語られる。畠山七段が動揺し始める)

山田
 先生、モーツァルト

加藤
 それで、それでですね、モーツァルトを聞くようになって、気分転換を図れた。
 モーツァルトの名曲のように名局を指したい、という気持ちになった。
 名人獲得の原動力になっている。 
 生まれて200年の記念の年、NHKの「クローズアップ現代」に出て語ったんです。
 他の出演者はノーベル賞の小柴教授、女性バイオリニストの高嶋さん。
 NHKの人が、音楽雑誌に載ったモーツァルトに関するわたしの随筆を見て、出演を依頼された。
 王将戦の立会いをした夜に書き上げた(原稿用紙)6枚の随筆です。
 ちょっと飛躍します。
 昨年、千敗を喫した。
 対局数は大山さんを抜いて一番。
 負けた数も一番。
 月刊文芸春秋に随筆を書いた。
 それが昨年1年間の、日本の新聞雑誌に発表した随筆の中で、2008ベストエッセイに選ばれた。
 50人だけです。
 文芸春秋でその本を出したが、広告帯に(に載ったの)は女優の有馬稲子さんと僕だけが選ばれている。
 で、モーツァルトの話なんですけど、モーツァルトはローマ法王から勲章をもらっている。
 わたしももらっている。
 それが共通点。

畠山
 「飛車」  テーマ「ライバル」

加藤
 いっぱいいますよ。
 最盛期には1年間に50局。
 それで勝率6割4分。
 一番多く戦ったのは大山さん(大山康晴十五世名人)で123局。

山田
 「ひふみ」です。

加藤
 トータルでは10局中4回勝って6回負け、という感じ。
 初めは負けていたが、ある時期から以降は5分5分。
 二上さん(二上達也九段)とは96局。
 二上さんは8歳年上。
 確か2局負け越している。
 中原さん(中原誠十六世名人)、米長さん(米長邦雄永世棋聖)とも100局以上。
 (中原について)38歳の頃から、中原流の…中原さんの強い所をわたしが見つけたんですね。
 全盛期の大山さんにぶつかった人は皆、大山さんに勝てなかった。
 でも中原さんは易々と勝った。
 切れ味がいいし、うまい。
 僕も切れ味をよくしなきゃだめだ、と思うようになった。

山田
 対局前は相手のことを前もって調べる?

加藤
 わたしは予習をしない方がいい。
 対局前に作戦を考えるのはせいぜい1、2時間。
 あんまり考えると疲れちゃってだめ。
 (作戦を)かわされた時に空回りになっちゃってね。
 せいぜい11時くらいに寝る。

山田
 ということでライバルは?

加藤
 中原さんとの対局で得るものがありました。
 大山戦では昭和43年に、1手指すのに7時間考えて勝ったのが思い出。
 米長さんとは…ライバルです。
 谷川さんは、名人戦で負けてるから、ライバル。
 やや苦手なんです。
 井上さんは谷川さんと親しいですよね?
 言っておいて下さい。

井上
 言うときます。


山田
「歩」  テーマ「空咳」

加藤
 38歳の時から始まりましてね。
 始まるとともに絶好調になった。
 週刊将棋の見出しで
 「空咳が始まって絶好調になった加藤
  眠れる獅子が目覚めた」
と書かれた。
 大山さんはわたしの空咳に合いの手を入れる。
 同じ部屋で別の人と対局している大山さんが
「あ、ピンさんいい手思い付いたんだ」
と茶化す。
 大山さん、升田さん(升田幸三実力制第4代名人)、過去の棋士はマイペースで戦っていたから、お互い何も言わない。
 1回だけ、棋王戦の時、大内さん(大内延介九段)から理事会に申し入れがあった。
 空咳が気になるからしないようにと言うので、空咳しないで5番勝負を3連勝で勝った。
 しない方がよかったのかな?

山田
 意識している?

加藤
 いろんな人と接するとストレスを受ける。
 友達だけじゃないから。
 空咳することで、ストレスを発散しているのではないか。
 ある神父さんが「空咳しなさい」と言う。
 空咳でストレスが抜ける、と言う。
 もっとも今はしません。
 相手が気にすると思うので。
 升田、大山、中原、米長、先程出たライバルと言われる方々はむしろ好意的だった。
 盤外作戦ではなく、クセだ、と認めてくれた。
 わたしもそろそろ名人戦登場50周年記念。
 今なら空咳は許してくれない。
 昔はおおらか、鷹揚でした。
 今はやめてほしい、と結構来る。

加藤
 「桂馬」  テーマ「あと何分?」

畠山
 3種類ある。
 苦しい時は「あと何分?」(強く)
 優勢の時は「残り何分ですか」優しい言い方。
 勝勢の時は「あと何分ですかー」優しい言い方で語尾を伸ばす。

加藤
 3度同じ手順を繰り返すと千日手、だった。
 大山戦で、3度目に手を変えることを繰り返して勝ったことが2度あった。
 30分くらいかかる。
 大山さんは途中で丸田さん(丸田祐三九段)に電話していた。
 丸田さんは、規則だから加藤さんの差し手は問題ない、という返答だった。
 その後、江戸時代以来の千日手の規則が変わった。
 4度同じ場面になったら、千日手。
 わたしのやったことにより規則が変わったことが幾つかある。

 若かった森内七段とやった時に、森内さんは(あと何分?を聞いて)吹き出していた。
 丸田九段がそばで聞いていて
「加藤さんはそれで調子を取っているんですね」
と言った。
 関西の有力な棋士、強い棋士ですね、銀河戦で戦っていて、わたしにではなく記録係に
「見ればわかるから答えなくていい」
と言った。
 僕も驚いた。
 「そんなこと言わないで」と言いたかったけど、テレビで撮っているので言わなかった。
 言えばもっと番組も盛り上がってよかったんだけど。
 NHKのプロデューサーに話したら
「残念だ。それはNHK杯でやってほしかった」
と言われた。
 その棋士とは今でも会えば話もする。
 不愉快とか根に持っているわけではない。
 勝負の世界、何があったって対局の場において起こったことは治外法権。
 外部から言うことじゃない。
 ほっといたってつかみ合いをするわけじゃないんだから。
 最近連盟は規則を細かく決めて、自由な振る舞いをさせないようにしているけれども、僕は反対なんです。


山田
 あと15分くらいです。
 「王将」  テーマ「背後から盤をのぞく」

加藤
 昭和54年2月7日から8日、秩父で行われた中原王将との王将戦第5局。
 中原さんは中飛車。
 1日目が終って、どうしても封じ手の1手がわからなかった。
 (封じ手にすべき手が思い付かなかった)
 中原さんが中座して、中原さんの側から10分ぐらい見たら、5五歩という絶妙手を見つけた。
 相手がいるときはしませんよ。
 背後に回ってよかったのは1回。
 でも1回あったら、100回に1回でも大きい。

畠山
 「金」  テーマ「うな重」

加藤
 約40年間、公式戦の対局。(※50年では?)
 多い時は、1ヶ月に10局戦ってました。
 健康なもんですから、40年間うな重を食べてましてね。
 うなぎは対局の時だけ。
 普段は時たましか食べません。
 1つは好きだし、あったかいし。
 ほんとはなべ焼きうどんもおいしいんだけれども、届いてから20分冷めない。
 蓋開けてからでも10分、15分食べられないので、だめ。
 夕食休憩は6時10分から7時までの50分。
 天ぷら定食と(うな重の)出前を持って来る店が同じ。
 2度あったんですけど、天ぷら定食は頼んでも持って来ない。
 うなぎなら持って来る。

畠山
 関西でなべ焼きうどんと天ぷら定食を頼んで、天ぷらを食べないで置いていた。

井上
 大阪の天ぷらは口に合わない?

加藤
 (答えず)息子が、パパ、おすしは生ものだから疲れる、と言うんだけど本当ですかね?
 嘘を言っているのかな?

山田
 時間がないのでいっぺんに。
 「と」  テーマ「一分将棋」
 「角」  テーマ「滝を止める」

加藤
 「滝を止める」から。
 タイトル戦で旅館に行くと、滝があることが多い。
 川の流れに面している部屋は変えてもらう。
 滝の音が聞こえる部屋も変えてもらう。
 谷川さんは寡黙型、自分から話を振って盛り上がるタイプではない。
 羽生さんは誰でも和気藹々としゃべっている。
 (タイトル戦出場時は)わたしはどこでも1人で行きました。
 対局の前に気を使うのが嫌だから。
 羽生さんが
「旅館の係が、加藤先生が滝を止めた、と言うことが多い。わたしもすぐ止めてもらう」
と言うので、「2、3回はあった」と言うと
「5回ぐらいあったと聞きました」
と言う。
 日光で川を止めた、という話もあるが、さすがに川までは止められません。

 「1分将棋の神様」について。
 自分でそう思ったことは1度もない。
 今はどの棋士も、残り時間が少なくなってもうまくて、ほとんどレベルが落ちませんよね。
 名人になった頃は、残り1分で30手も50手も100点の手を指し続けて勝つことがあった。
 事実はあるんだけれども、他の人も強い。
 
(テーマトークはこれで終りだが)せっかくなので。
 昭和43年に大山十段と戦った。
 棋士になって初めて、自分で勝って感動した。
 棋士として生涯やって行く自信がついた。
 いろんな職業がある。
 その中で、将棋の棋士として誇りを持ってやって行く自信が生じたし、やって行きたいと言える経験をした。
 努力している点で言うと、最盛期よりも今の方が努力している。
 対局に懸ける熱意や準備、今の方が人の将棋も研究しているが、成績が上がらず歯がゆい思いをしている。
 千敗した時に、妻が一言だけ言った。
「20連敗した時が一番つらかった。
 どうしていいかわからなかった。
 食べ物を変えた方がいいかとか色々考えたが」
 一番大きい孫がもう大学生。
 長男の後に子供と孫、7人女の子が続いた。
 消化試合、投げやりな態度で負けてもいいという対局は1度もない。
 千敗した時、妻が言う。
「あなたの人生は七転び八起き。
 8勝7敗でプラス1勝なら成功だ」と。
 僕はもっと勝ちたいと思うけど、妻は冷静、クールなんだよね。
 わたしは負けた時は(家族に)負けたと言う。
 目一杯戦って負けたのだから、落ち込んだりしなくていい。
 68歳にして健康の続く限り、家族もしたいようにすればいいんじゃないか、と言ってくれる。
 健康の許す限り、バリバリ。(※両腕を上げるポーズ)
 妻が、あなたならではのことをしてほしい、と言う。
 NHK杯で8度目の優勝をするとか、晩年で大きな花火を打ち上げたな、と言われるようなことを。


※補足

▲日本将棋連盟のホームページより、加藤先生と「ライバル」達の対戦成績。

 通算同一カード上位20
http://www.shogi.or.jp/kisen/douitukiroku.html

順位 棋士名 対戦成績 棋士名  対局数 持
 7 大山康晴 78−46 加藤一二三 124 0
 8 中原  誠 67−41 加藤一二三 109 1
 9 米長邦雄 63−41 加藤一二三 104 0
13  二上達也 49−45 加藤一二三  94 0

 大山戦は124局でした。
 中原戦のみ増える可能性あり。


△千日手の規定については、こちらが詳しい。

もずいろ 風変わりな将棋の部屋
http://kofu.cool.ne.jp/mozuyama/
 千日手考
http://kofu.cool.ne.jp/mozuyama/mozuiro/moromoro/senkou.html


▲盤の相手側に回って発見した唯一の絶妙手、という王将戦での5五歩については、こちらのサイトで、感動の一手 第11位にランクされています。
 また、勝又清和六段の名著「消えた戦法の謎」(MYCOM将棋文庫I)にも取り上げられてます(第2章振飛車編 第2節ツノ銀中飛車)。

CAMELのホームページ
http://www2s.biglobe.ne.jp/~CAMEL/
 CAMEL選 感動の局面(一手) BEST15 (プロ編)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~CAMEL/b10pro.html
  第11位
http://www2s.biglobe.ne.jp/~CAMEL/pro11.html


*更に補足

△盤が割れた対局については、毎日新聞のサイトに記事が出ました(10月22日)。

明日への伝言:昭和のあの日から 
 「将棋の宿」誕生 タイトル戦87回数える銀波荘
http://mainichi.jp/enta/shougi/news/20081022ddq012040010000c.html



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