1995.9.23 長州のクルス・フィックスこそガチンコ技

 

 「ガチンコ」は今やすっかり日常用語になっている。

 「セメント」という言葉も力道山が相撲界から持って来たのかもしれない。

が、わたしは相撲関連で耳にしたことはない。

世間にも浸透していない。

 英語の「シュート」という言葉も含めて、全て月刊ゴングで知った。

 どれも似たような言葉だが、微妙にニュアンスに違いがあるようだ。

 相撲におけるガチンコとは、真剣勝負という意味。

八百長の対義語。

 八百長はあってはならないことで、基本はガチンコである。

 ところがこれがプロレスでは、ガチンコは例外で、(更に言えば)あってはいけないことである…

らしいのだが、これでは変だ。

 その本義から言えば、あるべき正しい姿、という肯定的表現であるべきだ。

 セメントは、(相撲における意味は知らないのだが)プロレスにおいては相手を痛めつけ怪我

させる闘い、という陰惨なイメージがある。

 プロレスはルールが緩いので、ガチンコを貫こうとするとセメントになってしまうのかもしれない。

 しかしこれでは、「あるべき正しい姿」とは言いづらい。

 

 

 YOU TUBEという高名な動画登録サイトで、著作権の保護期間を過ぎた古いプロレスのフィルム

が見られる。

 これは1920年のアル・キャドック対ジョー・ステッカーの試合である。

 http://www.youtube.com/watch?v=JQl6mmAtkbE

打撃技も飛び技もなく、1カウントのフォールを取るために延々2時間、ねじり合いを続けている。

 プロレスはレスリングであり、フォールを奪う競技。

 無理やり押さえ込んでピンしてしまえば勝ち。

 相手を失神させたり腕や足を折ったりは、本来の勝ち方ではない。

 それこそが、プロレスにおけるガチンコの闘い方、と言うべきではなかろうか。

 

 プロレスの技も本来、全てがフォールのためのテクニックだったのだろう。

 最近あまり見ないが、アーム・バーという技。

 グラウンドで上になった相手のリストを掴み、両足裏でその腕の付け根(脇と首)を押して仰向け

に倒す。

 柔道の腕十字のように、関節を極めて参ったを言わせる技ではない。

 脚の裏側を首や胸に掛けて倒そうとすれば、かえってエビ固めで押さえられる危険があろう。

 ボディ・シザースもヘッド・ロックも、相手の自由を奪い両肩をマットに近付けるためのテクニック。

 コブラ・ツイストは、グレープ・バイン(葡萄のつる=脚がらみ)とハーフ・ネルソンの複合技。

 投げ技も、後頭部を強打してダメージを負わせるのが目的ではなく、テーク・ダウンのための

ものであったのだろう。

 

 かつてUWFが新日本マットに上がって対抗戦が行われたとき、新日の選手が逆さ押さえ込み

や首固めを狙うと、客は不満気であった。

 それで勝っても本当の勝ちではない、という雰囲気があった。

 UWFにもルールにまだピンフォールによる勝ちがあったが、それを狙う選手はほとんどいな

かった。

 客のニーズに応えたと言えるが、それはガチンコ幻想ではなくセメント幻想と言うべきだろうか。

(田鶴浜流に言えば、レスリングよりもパンクロチオンを欲した、というところだろう。)

 その先に、総合格闘技を受け入れる土壌が生まれたのであろう。

 総合格闘技においては、セメントが競技化されてガチンコとイコールになっている、と言えようか。

 

※こちらのページ1920.1.30キャドック−ステッカーで、見づらい字幕の解読をしているので、映像

をご覧の方はご一読を。

YOU TUBEのコメント欄を読むと、プロレス・ファンの議論は洋の東西を問わないのだな、と感じる。

The“all-matches-were-works”school に、“no-matches-were-works”school、という表現もあった。

アル・キャドックの孫という人の書き込みもあった。

 

 この試合は、プロレスの本来あった姿を教えてくれるもの、と思う。

現代プロレスを愛好するわたしには、この試合が本当にシュートであったかどうかには興味がない

し、それによって評価が変わるものでもない。

シュートならこんなに長く闘えないはず、という意見もあったが、クインズベリー・ルール導入以前の

ボクシングでも長い試合は多かった。

ポイント制も時間制限もなく、ピンするまで何時間でも闘うぜ、というのがプロのプライドであり、

セールス・ポイントだったのではなかろうか。

地味なねじり合いを何時間も見ている当時の客も偉いものだと思う。

 

 

(本稿は、プロレスにおけるガチンコという用語を考察しあらためてその定義づけをする試みです。

プロレスラーに対してアマレスのような試合をしろと主張するものではありませんので念のため。)

 

 以下は、現代プロレスにおけるもっともエクセレントなピンニング・ホールドの例。

 1995.10.9東京ドームで行なわれた、新日本プロレスとUWFインターの対抗戦は、空前のヒット興行

となった。

 長州力対安生洋二の試合は、その後の「長州さん切れたんですか」「切れちゃいないよ」という

インタビューでも有名である。

 その前哨戦が9.23横浜アリーナで、長州・永田対安生・中野というカードで行なわれた。

 (東京ドームの直前に横浜アリーナで興行を打っているという所がすごい。)

 永田と安生の顔面が腫れ上がるという緊張感あふれるハード・マッチで、安生は東京ドーム以上に

張り手やキックをバチバチ当てていたが、長州はどっしり構えて顔色ひとつ変えず、グラウンドに持ち

込んで安生を、次いで中野をコントロールした。

2人それぞれにクルス・フィックスという得意技を掛けたのである。

 

対安生では、スタンドでバックを取り、ねじ伏せてグラウンドへ。

 左サイドからのしかかって左手で首根っこを押さえ付ける。

 反発して安生が四つんばいの腕を伸ばすと、素早く左足で左腕を刈る。

 そのとき左手は頭を押さえ続け、右手は安生の右脇に差し込まれている。

 体重も掛けられてがくっと頭が落ちマットにのめりこむ。

 ハーフ・ネルソンに入った右手と、左手とで安生の後頭部を腹の方に押すと、首がくの字に

曲がって耐え切れず両足が浮き、両肩がピンされる。

 

対中野ではがぶって引き倒し、中野の右脇からバックに回って左サイドに移動。

このときの長州の動きは体を中野の背中に乗せ、足を大きく浮かせて跳ぶようなステップ。

体操のあん馬競技のよう。

左足を浮かせたままいきなり大きく(しかし素早く)弧を描いて中野の左腕に引っ掛ける。

もっともためがなかった分、右手のネルソンが甘かったか、中野の体に対して長州の体が斜めに

なり、あまりきれいには決まらず、仰向けになった中野を無理やり押さえ込むうち最後は片エビ固め

になってしまった。

 

. ※以下は試合後、長州のバック・ステージでのインタビュー

 

(一番手で試合をしてみて、10.9どうご覧になります)

あぁ?

(行けますね)

俺はこれはあの、俺は言ってもいいなと思ってるけど、差があり過ぎる。

まぁ何回も言って来たけど、あぁ、俺には通用しないそういうものは。

あぁ、安生は最初の1分目で押さえられて決まってるよ。うん。

あれは完全に無防備な状態だもん、俺のグラウンドは。

相手を、押さえたりするってのは。

相手は何もできない状態だもん、うん。

(まだまだヒヨッ子だと)

あ、いやそんなことは言わない。うん。

ただ俺のグラウンドのスタンスから言わせりゃ差があり過ぎる。

それは多分、彼も、それは当然だろうなと思うよ。

だって、あれは、ほんとに俺がプッツンと切れたらその状態で入っちゃってるもんな。あぁ。

 …

 格闘技ってのはやっぱりね、いくらグッドシェイプしてウェイトを落としたってね、そのウェイトを

維持してグッドシェイプしてトレーニングした奴の差ってのはね、これはねいかんせん縮めること

はできねえんだよ。うん。

 その船木のとことかね。これ絶対無理だよ。うん。

 俺はそういうもん全て経験して来てんだから。うん。

 ただよく言うただのデブを押さえ付けるんじゃねえんだから。

 多分、今日、みんなウェイトの差がはっきり出てるね。うん。うん。

 もう腕力(かいなぢから)。

あれがほんとに彼らの言う、サブミッションのほんとの、ねえ、コツで押さえるったら、俺達の腕

なんか決めなきゃいけねえはず。

 反対にあえて俺チャンスいくらでもやってるはず。うん。

 多分プルアップ(?)してんね。うん。

 腕の力がもう、それはもう、俺はやっぱりアントニオ猪木の下ですから。

 育って、ねえ、いろんな闘いして来て、うん。

 俺を切らしたら大したもんだよ。うん。

 俺を切らしたらリング下ろしてないよ。うん。マジで。

 

 

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