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「真説・佐山サトル」(9)連載終了→続きは単行本で! |
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黒字が田崎健太「真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男」(集英社インターナショナル、2018)からの引用。文章中、敬称は略します。 この本の11章までは「KAMINOGE」(東邦出版)の連載が元だが、12章以降は書き下ろしになっている。連載を読んでいた人も、続きを読むためには単行本を買わざるを得ない。「仮面ライダーディケイド」の「TVシリーズ最終回→続きは映画館で!」事件のような感じで、「真説・佐山サトル」を読むために「KAMINOGE」を買っていた者(全号ではないが)としては、不満がある。 書き下ろし部分は修斗(シューティング)がメインテーマで、現在の佐山が取り組んでいる「掣圏真陰流」や「須麻比」については、申し訳程度にしか触れていない。 「プロローグ 佐山サトルへの挑戦状」に、「タイガーマスクは確かに傑出したプロレスラーだった。しかし、そこばかり取り上げられることを彼は望んでいるのだろうか――。」という文章がある(P5)が、結局、田崎も佐山の望みに応えて書いているわけではなかろう。 その修斗については、残念ながら「Dropkick」や「Gスピリッツ」の後追いが多いように感じた。特ダネは佐山追放に関する所であろうが、エルキュール・ポワロがいないために謎が解かれない「オリエント急行の殺人」といった印象。 |
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せっかくなので、「KAMINOGE」の連載と単行本との間の異同について一部を紹介する。 なお一々は書かないが、主として単行本におけるページ数の制限から連載にあった文章を削った可能性は前提として常にある。それにしても、どこを削るかには理由が必要であろう。 「KAMINOGE」Vol.70(2017年10月5日発行) 真説・佐山サトル 第19回 二人は二十二日深夜にも六本木にある猪木の経営するレストラン『アントンリブ』で食事をしている。猪木は新日本に戻るように説得したが、佐山の決意は固かった。 興味深いのは猪木はクーデターに与した人間を処分しなかったことだ。新日本という組織を維持していくために、全てを呑み込んだのだ。 その後、佐山は新間寿に会いに行っている。 (P218) 二人は二二日深夜にも六本木にある猪木の経営するレストラン「アントンリブ」で食事をしている。やはり猪木は新日本に戻るように説得したが、佐山の決意は固かった。 その後、佐山は新間寿と会っている。 真ん中の段落がすっぽり削られている。 猪木の社長復帰には、テレビ朝日から「クーデター派を処罰しない」という条件が付けられていたという(「月刊実話TIMES」1984年8月号、双葉社)から、決して猪木が寛大だったわけではないようだ。 「KAMINOGE」Vol.71(2017年11月9日発行) 真説・佐山サトル 第20回 二月十五日、フジテレビは新番組発表記者会見で四月からの『スポーツ・スクランブル』という枠でプロレス中継を開始すると発表している。この時点でフジテレビ側は、佐山の復帰の可能性が消えつつあることを知らなかった。 新間主導の話が流れたと判断したショージ・コンチャは、全日本プロレス社長の松根光雄と接触している。全日本は佐山に興味を示したものの、ショージ・コンチャとの交渉に踏み込むことはなかった。こうした動きに佐山は全く関知していない。 この頃、新日本プロレス側は新間の“外堀”を埋めつつあった。 (P234) 二月一五日、フジテレビは新番組発表記者会見で四月からの『スポーツ・スクランブル』という枠でプロレス中継を開始すると発表している。フジテレビ側は、佐山が新団体に加入する可能性がほぼ消えていたことを知らない。 新日本プロレス側は新間の“外堀”を埋めつつあった。 ここも真ん中の段落がなくなっている。コンチャと全日本プロレス・日本テレビとの間の交渉については情報が錯綜しており、簡単に触れることが難しいので、削ったのは賢明であったかもしれない。 「KAMINOGE」Vol.75(2018年3月10日発行) 真説・佐山サトル 第24回 前田の佐山に対する怒りは誤解から始まっている。ただ、佐山を快く思わない人間がその炎に次々と薪をくべた。前田は一本気で仲間思いの優しい男である。怒りの炎が大きく燃え上がり、手に負えなくなるまで、時間は掛からなかった。 (P293) 前田の佐山に対する怒りは誤解から始まっている。ただ、佐山を快く思わない人間がその炎に次々と薪をくべた。怒りの炎が大きく燃え上がり、手に負えなくなるまで時間はかからなかった。 「前田は一本気で仲間思いの優しい男である。」という一文が削られている。前田は仲間のために怒ったのだ、という印象を与えたくなかったのであろうか。 |
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「KAMINOGE」vol.76(2018年4月18日発行) 真説・佐山サトル 第25回 組み合った後、前田が佐山の首を掴んで倒す。立ち上がった佐山の腹部を前田は蹴り上げた。明らかに顔色が変えた佐山に頓着せず、前田は両手を振り回して殴りかかる。 佐山と前田の身長差は約二十センチ、体重も二十キロ以上の差がある。ボクシングなどで細かな階級を設けているように、パンチ、蹴りの重さは体重と大きく関係がある。それを見せつけるかのように前田は佐山の蹴りに対して表情を変えずに間合いを詰めていく――。 この奇妙な試合については多くの見解が出されてきた。 (P294) 組み合った後、前田が佐山の首を掴んで倒す。立ち上がった佐山の腹部を前田は蹴り上げた。明らかに顔色を変えた佐山に頓着せず、前田は両手を振り回して殴りかかる――。 この奇妙な試合については多くの見解が出されてきた。 ここも真ん中の段落がなくなっている。1985年9月2日、高石市の大阪府立臨海スポーツセンターにおけるスーパー・タイガー(佐山)戦で、前田が優勢だった、という印象を少しでも薄めたかったのであろうか。 「KAMINOGE」vol.76 真説・佐山サトル 第25回 「ガチンコの攻め方じゃないですから、距離とか関係ないんです。一発も(真剣には)入れていない。本当に蹴ったというイメージは全くないですね。ただ、ローリングソバットだけは一発行きました」 試合開始七分過ぎ、佐山は右脚でローリングソバットを試みている。しかし、軸足が滑り命中しなかった。 佐山はどのように試合を成り立たせようかと、頭を巡らしていた。(後略) (P298) 「ガチンコの攻め方じゃないですから、距離とか関係ないんです。一発も(真剣には)入れていない。本当に蹴ったというイメージは全くないですね。ただ、ローリングソバットだけは一発行きました」 佐山はどのように試合を成り立たせようかと、頭を巡らしていた。(後略) ここも真ん中の段落がなくなっている。別ページに書いたように、一発行った、と佐山が言っているローリングソバットは、実際には一つもクリーンヒットがない。一度は、蹴った佐山の方が前田に弾き返されてマットに落ちているのだが、連載で田崎はその一回についてのみ触れることで、(極めてわかりにくいものの)佐山の証言に一応は異を唱える姿勢を見せている(つまり、一発行った、と言えるようなソバットの成功例がないことを暗に示している)。しかし「軸足が滑り命中しなかった」というのもかなり気を使った表現に思える。佐山は今になって「距離とか関係ないんです」と言っている割に、この時はわざわざ両手で相手を突き放してからソバットを放っているのだが、それでも間合いを誤ったようで、相手にかかとが当たらず、自分の方がマットに叩き落されている。足が滑った様子は見えない。 しかし単行本ではその文章すら削って、佐山の奇妙な証言を何の留保もなく読者に提供して信じ込ませようとしている。字数を減らしたいのなら、佐山の証言を削ることもできたはずである。 連載時にはいささかなりとも客観的、中立的たらんとして(表現に気を使いながらも)入れた文章を、単行本では客観性、中立性をかなぐり捨ててひとえに佐山への配慮から削った…そうわたしには感じられるのだがいかがであろうか。 最後に総論(というか全体の感想)をもう一度。 佐山聡は不世出の天才。それ故の傾斜が他人の理解を超える。その伝記が、小ぢんまりとまとめられてしまった、という印象。蟹は甲羅に似せて穴を掘る、と言うが、田崎の理解し得る範囲に佐山聡像が押し込められてしまっているように感じた。 メニューページ「田崎健太「真説・佐山サトル」について」へ戻る |