「日本国紀」について(3)ザビエルの手紙

 

 

 

「日本国紀」について(2)フロイスかザビエルか からの続きです。

 

黒字百田尚樹「日本国紀」(幻冬舎、2018)からの引用。文中、敬称は略します。

 

 

 第五章 戦国時代

  キリスト教の伝来

P149〜150。第8刷、2019年1月20日発行)

 

 戦国時代の後半に日本にやってきた宣教師たちは、一様に日本人と日本の文化の優秀さに感嘆している。それらは手紙や日記などに記されているが、最も有名なのは、前述のフランシスコ・ザビエルが書き残したものである。そこにはヨーロッパのインテリ(ザビエルは文才豊かで教養もある人物だった)の目を通して見た当時の日本人の姿がある。彼が本国のイエズス会に書き送った多くの手紙の中から、日本人に言及したくだりをいくつか紹介しよう。

「私がこれまで会った国民の中で、キリスト教徒にしろ異教徒にしろ、日本人ほど盗みを嫌う者に会った覚えはありません」(ピーター・ミルワード著『ザビエルの見た日本』より、以下同)

「(聖徳に秀でた神父の日本への派遣と関連して)日本の国民がいまこの地域にいるほかのどの国民より明らかに優秀だからです」

「日本人はとても気立てがよくて、驚くほど理性に従います」

 優秀で気立てがよく、理性的で、盗みを憎む――これが十六世紀の日本人の姿であった。もっとも、あくまでヨーロッパの人々から見て、ということであり、絶対的な基準があるわけではない。(略)

 

 

 上記の内、ザビエルの手紙の文に便宜上、番号を振り、修正前(第1〜4刷)のものと比較する。

 

(修正前)

@ 「この国の人々は、これまで私たちが発見した国民の中で最高の人々であり、日本人より優れている人々は、異教徒の中では見つけられないでしょう。彼らは親しみやすく、一般に善良で悪意がありません」

A 「驚くほど名誉心の強い人々で、他の何よりも名誉を重んじます。

B 彼らは恥辱や嘲笑を黙って忍んでいることをしません」

C 「窃盗はきわめて稀です。彼らは盗みの悪を非常に憎んでいます」

 

(修正後)

D 「私がこれまで会った国民の中で、キリスト教徒にしろ異教徒にしろ、日本人ほど盗みを嫌う者に会った覚えはありません」

E 「日本の国民がいまこの地域にいるほかのどの国民より明らかに優秀だからです」

F 「日本人はとても気立てがよくて、驚くほど理性に従います」

 

Cの代わりにDがあり、@の代わりにEFがある(ちょっと違うが)としても、ABに相当する文は、修正後にはない。全体の量からもわかるように、修正によって明らかに情報が減っている。

 

 

 引用元を確認する。

 

 

ピーター・ミルワード著、松本たま訳「ザビエルの見た日本」講談社学術文庫(講談社、1998)

 

第二章 日本にいたときのこと

(一)

 フランシスコ・ザビエルは一五四九年十一月五日付の鹿児島からゴアのイエズス会あての長い手紙で、無事に日本に到着したことを知らせる。

 (略)

   (二)

 同じ手紙で、ザビエルは日本人の気質について語る。

 

 日本人は話がわかれば神のことと神聖なことについてむさぼるように耳を澄まして聞きます。私がこれまで会った国民の中で、キリスト教徒にしろ異教徒にしろ、日本人ほど盗みを嫌う者に会った覚えはありません。(略)

 

 

※太字部分が「日本国紀」Dに相当(太字による強調は引用者=わたしによる。原文にはない)。

 

 

   (十七)

 一五五一年七月某日付の山口からゴアのイエズス会あての長い手紙で、ザビエルは日本人の改宗者にキリスト教を伝える方法について述べている。

 (略)

 日本人はとても気立てがよくて、驚くほど理性に従います。昔からのやり方がまちがっていて神のおきてが正しいのだということを彼らははっきり悟りました。ただ、自分たちの王を恐れるあまりキリスト教に帰依しないでいるのです。

 

 

※太字部分が「日本国紀」Fに相当(太字による強調は引用者=わたしによる。原文にはない)。

 

 

 第三章 日本を去ってからのこと

    (略)

(十三)

 一五五二年一月二十九日付のコーチンからローマのイグナチオにあてた手紙で、ザビエルは日本人にどれほど恩を受けたかを語っている。

    (略)

(十七)

 ザビエルは日本人がアジアのほかの国々の者より優れているという印象を繰り返し述べる。

 (略)この点で私は貴下のご好意に期待して、迷信を教える導師たちに反対する聖徳に秀でた神父を日本へ派遣していただけることを力とも慰めとも思っています。

その主な動機の一つは、日本の国民がこの地域にいるほかのどの国民より明らかに優秀だからです。ポルトガルの王に支配されず、みずからの法に従って生きていて、キリスト教が強く根を張りその根をそこまでしっかり保存している国はほかにないと思います。私の知るかぎりでは、日本人はキリスト教に帰依した以上いつまでたっても迷わずにその聖性を掲げる唯一の国民です。しかし福音を説教する側から言えば大きな苦しみと英雄的な葛藤を味わわないわけではありません。

 

 

※太字部分が「日本国紀」Eに相当(太字による強調は引用者=わたしによる。原文にはない)。

 

 

シュールハンマー、ヴィッキ編「聖フランシスコ・ザビエル書簡・文書」第1、2巻(イエズス会歴史研究所、1944−1945)の訳本が、河野純徳・訳「聖フランシスコ・ザビエル全書簡」全4巻、東洋文庫(平凡社、1994)である(以下、「全書簡」とする)。

 

 「全書簡1」の「はしがき」に、「シュールハンマーはこれら四世紀にわたる写本、抄録の出版物に収められた脱落付加のおびただしい書簡、文書に厳密な資料批判と歴史的検討を加え、一三七通を底本とした」(P11)とある。

 

 「ザビエルが見た日本」にある手紙を、シュールハンマーのザビエル書簡リストと照合する。

 

 

Dの引用元) 第二章(二)記載の1549年11月5日付、鹿児島からゴアのイエズス会あての手紙は、シュールハンマーの「書簡第九〇」(Ep 90)に当たる。

 比較のため「全書簡」の訳文を引用する。太字部分が「日本国紀」Dに相当(太字による強調は引用者=わたしによる。原文にはない)。訳し方には違いがある。

 

 

「全書簡3」P98)

 15 彼らはたいへん喜んで神のことを聞きます。とくにそれを理解した時にはたいへんな喜びようです。過去の生活においていろいろな地方を見てきた限りでは、それがキリスト教信者の地方であっても、そうでない地方であっても、盗みについてこれほどまでに節操のある人びとを見たことがありません。

 

 

Eの引用元) 第三章(十七)記載の1552年1月29日付、コーチンからローマのイグナチオあての手紙は、シュールハンマーの「書簡第九七」(Ep 97)に当たる。

 比較のため「全書簡」の訳文を引用する。訳し方の違い以上に相違が見られる。「日本国紀」Eに相当する部分がない。底本のテキストに相違があるようである。

 

 

「全書簡3」P218)

 18 (略) それで、あなたが聖なる徳を備えた人物を日本へ派遣してくださるよう、心から望んでおります。なぜなら、インド地方で発見されたすべての国のなかで、日本人だけがきわめて困難な状況のもとでも、信仰を長く持続してゆくことができる国民だからです。

 

 

 「全書簡3」には、シュールハンマーの「書簡第九七」(Ep 97)の底本について、「三枚の用紙に書き記された全文自筆の書簡」(P221)とある。書簡原本からの翻刻なら、最も間違いのないものと思われる。ただし、保存状態によっては、欠落や判読不明部分があって、早い段階の写本や刊本を底本とした方が、(書写、翻刻がどれだけ正しいかの問題はあるが)文章の再現率が高い場合もあるかもしれない。ただしこれがそうであるかはわからないし、その場合はシュールハンマーも底本として書簡原本を選ばなかったかもしれない。

 

 

Fの引用元) 第二章(十七)記載の1551年7月付、山口からゴアのイエズス会あての手紙は、シュールハンマーの書簡リストにない。

 

 シュールハンマーのリストの、1551年前後の部分は次の通りになっている。山口で書かれたザビエルの手紙は一本もない。

 

 

 一五四九年

(略)

書簡第九〇 ゴアのイエズス会員あて 十一月五日 鹿児島

 (略)

書簡第九四 マラッカのドン・ペドロ・ダ・シルヴァあて 十一月五日 鹿児島

 

 一五五一年 

書簡第九五 マラッカのペレス神父あて 十二月二十四日ごろ シンガポール海峡

 

 一五五二年

書簡第九六 ヨーロッパのイエズス会員あて 一月ニ十九日 コーチン

書簡第九七 ローマのイグナチオ神父あて 一月ニ十九日 コーチン

(略)

 

 

 「ザビエルの見た日本」には、紹介しているザビエルの手紙の出典、底本の情報がない。しかし推測することはできる。

 

 

Internet Archive

https://archive.org/

 

The Life And Letters Of St. Francis Xavier, Volume 2

by Coleridge, Henry James

https://archive.org/details/LifeLettersOfStFrancisXavierV2/page/n5

Publication date 1872

Publisher London, Burns and Oates

Language English

 

第五編 

第二章 書簡第34 ゴアのイエズス会あて、山口(1551年7月)

P295〜301)

https://archive.org/details/LifeLettersOfStFrancisXavierV2/page/n319

P296、2段落目の終わり)

 

The Japanese are certainly of remarkably good dispositions, and follow reason wonderfully. They see clearly that their ancestral law is false and the law of God true, but they are deterred by fear of their prince from submitting to the Christian religion.

 When the year came to an end, …

 

 

※太字部分が「日本国紀」Fに相当(太字による強調は引用者=わたしによる。原文にはない)。

 

 

https://archive.org/details/LifeLettersOfStFrancisXavierV2/page/n325

P301)

 

Amanguchi 〔July 1551〕.

 

 

手紙の終わりに所在地と日付が記されているのだが、日付の方は括弧書きになっていて、推定とも思われる。

 

 

第三章 書簡第38 ローマのイグナチオあて、コーチン(1552年1月29日)

P365〜375)

https://archive.org/details/LifeLettersOfStFrancisXavierV2/page/n395

P372、下から10〜4行目)

 

 … One of the principal motives to induce you to do so, is the superiority, which is very evident to me, of the Japanese nation over all the others at present discovered in these parts. I do not think that there is any other nation living under its own laws and not subject to the King of Portugal as to which we may hope that the Christian religion will take root and remain firm and lasting. …

 

 

※太字部分が「日本国紀」Eに相当(太字による強調は引用者=わたしによる。原文にはない)。

 

 

 同内容のフランス語のテキストもある。ただし、山口で書かれた手紙については、日付に異同がある。

 

 

京都外国語大学付属図書館

京都外国語短期大学付属図書館

https://www.kufs.ac.jp/toshokan/gallery/senk16.htm

PAGES, Leon (tr.)

Lettres de Saint Francois-Xavier de la Compagnie de Jesus

Paris, 1855

パジェス訳 『ザビエル書簡集』(フランス語版)全2巻

 

 

 この原文を、フランス国立図書館 BNF(Bibliotheque Nationale de France)の電子図書館 Gallicaで見ることができる。

 

 

6章 書簡6

 ゴアのイエズス会員あて、1550年11月20日 山口(Amanguchi

P196〜204)

https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k6204413x/f208.item

P198、4〜8行目)

 

… Les esprits japonais sont eminemment subtils et sensibles a la raison ; ils reconnaissent l’evidence de la verite chretienne et la faussete de leur religion, mais ils ne veulent point embrasser la religion de J.-C., par la crainte de leur prince.

 

 

※太字部分が「日本国紀」Fに相当(太字による強調は引用者=わたしによる。原文にはない)。ただし、「とても気立てがよくて」というよりは「とても鋭敏で」と訳せようか。

 

 

7章 書簡1

 ローマのイグナチオ神父あて、1552年1月29日 コーチン

P206〜216)

https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k6204413x/f224.item

P214、15〜22行目)

 

… Une des principales causes qui vous doivent determiner est l’excellence, evidente a mes yeux, de la nation japonaise au-dessus de toutes les nations jusqu’ a ce jour connues dans ces mers. Aucune autre nation vivant sous ses propres lois, et independante du roi de Portugal, ne me semble, au moins en apparence, devoir permettre que la religion chretienne s’affermisse chez elle sur des bases imperissables. …

 

 

※太字部分が「日本国紀」Eに相当(太字による強調は引用者=わたしによる。原文にはない)。

 

 

Monumenta Xaveriana ex autographis vel ex antiquioribus exemplis collecta

by Francis Xavier, Saint

https://archive.org/details/monumentaxaveria01fran/page/664

Publication date 1899

Publisher Matriti : Typis A. Avrial

Language Spanish

Volume v. 1

 

 「モヌメンタ・ザベリアーナ」では、1550年11月20日付の手紙は、鹿児島で書かれたとされている。鹿児島にいたので山口は明らかな誤り、と注釈(5)にはあるようだ。

しかし、1551年1月のはずの上京の話が中にあり、1550年11月20日という日付がそもそもおかしい(パジェス本もそうだが)。

この本における手紙はコールリッジ本(英語)やパジェス本(仏語)と比べると、特に初めの方に相違があり、Fに相当する文は見当たらない。

 

 

 「全書簡1」の「はしがき」には次のようにある。

P12〜13)

 

5 集大成 モヌメンタ・ザベリアーナ の刊行

 一五四〇〜一八〇四年、イエズス会本部の秘書長ポーランコをはじめ、数多くの会員が写本、翻訳、抜粋を作り、さらに一五四五年パリで書簡集が印刷されて以来、五九の著書が刊行されている。三四〇年間にわたって人びとに親しまれ、カトリック教会の宣教精神を燃やしつづけたザビエル書簡は、その文献を網羅して「集大成」の第一巻 Monumenta Xaveriana が一八九九年、そして第二巻が一九一二年に刊行されるに至った。

6 定本の確定

 シュールハンマーはこの「集大成」の文献を厳密に検討し、書簡と文書一六七通のうち真正な一三七通のみを定本とした。「集大成」には偽書簡、文書、祈祷文が二七通も含まれている。これらは諸書簡から寄せ集めて一書簡としたもの、たとえば鹿児島発信の書簡(Ep 90)とコーチンで書いた日本宣教報告書(Ep 96)を合わせて「一五五〇年の鹿児島書簡」、また「一五四四年パリ大学への書簡」(ExUp522-526)などがある。

 

 

※「ExUp522-526」は「底本第二巻522から526ページ」、の意。

 

 

 「モヌメンタ・ザベリアーナ」における手紙の掲載は、1550年11月20日付の前は1549年11月5日付(鹿児島)、次は1551年9月1日付(山口)なので、「一五五〇年の鹿児島書簡」に該当しそうな手紙は他にはない。

 しかしたとえ偽書だとしても、他の真正な書簡を編集したものだとすれば、内容がザビエルの言であることには間違いがない、とは言い得るかもしれない。

 

 「Ep 90」と「Ep 96」を合成して作られた偽書がFの(大元の)底本であるなら、それらの内にFに相当する文があるはずである。

 

 

「全書簡3」

書簡第九六

  ヨーロッパのイエズス会員にあてて

一五五二年一月ニ十九日 コーチンより

 (略)

 13 (略)

 日本人はたいへん立派な才能があり、理性に従う人たちなので、これこそ真理であると思い、信者も信者でない人もキリストの奥義を喜んで聞きました。彼らが信者にならなかったのは、領主〔の命令に反すること〕を恐れたからで、神の教えが真理であり、自分たちの宗教が過ちであることを理解しなかったためではありません。

 

 

最初の部分がFに近い。が、パジェス本同様、「気立てがよくて」とは書いていないようだ。

 

修正前の「日本国紀」におけるザビエルの手紙の文章は、@〜C全てがシュールハンマーの言う「Ep 90」からのものである。

修正後、手紙部分の直接の引用元となった「ザビエルの見た日本」にも、前述の通り「Ep 90」の訳文は載っているのだが、一部のみであって@〜Cに該当する部分はない。そのため筆者は「Ep 90」の別の部分、Dを引いて来た上、それでは足りずに別の手紙からEFを引いているが、前述のように情報量は@〜Cより減ってしまっている。

また、上記のように底本のテキストには他書との間に異同がある。

 

@Aの訳文の依拠先である「全書簡3」、ならびにBCの訳文の依拠先であるペドロ・アルーペ、井上郁二・共訳「聖フランシスコ・デ・サビエル書翰抄 下巻」岩波文庫(岩波書店、1949)2書の訳文を、新たな刷りではどうしても使いたくなかったとしても、「Ep 90 (ゴアのイエズス会員あて、1549年11月5日付、鹿児島発の書簡)を全訳した文献は他にも、たとえば下記のようなものがある。これは専門家に聞けばすぐわかったはずだ。

 

 

松田毅一・監訳「十六・七世紀イエズス会日本報告集 第V期第1巻」(同朋舎、1997)

 

東京大学史料編纂所・編纂「日本関係海外史料 イエズス会日本書翰集 訳文編之一(上)」(東京大学出版会、1991)

 

 

 インターネット上で見られる翻訳本もある。

 

 

国立国会図書館デジタルコレクション

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1878829

村上直次郎・訳注「續異国叢書 耶蘇會日本通信 豊後篇上巻」(帝国教育会出版部、1936)

(コマ番号12〜)

 

 

 修正後の引用元は一般向けの文庫本で、誰かがたまたま持っていたとか、近くの本屋ですぐ見つかった、というような理由で依拠先がこの本に変更されたのだとすれば、安易に過ぎよう。ことザビエルの手紙の部分について言えば、修正によって内容が良くなっていず、修正を良く評価することができない。

 

 

 

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