京都です。 日本人の心を捉えて放すことの無い永久の古都。 1000年もの間、さまざまなその時代の権力闘争の舞台となり、その時代の権力者たちによって彩られた、庶民からは想像も出来ない程の雅な世界があったその一方で、「餓鬼草紙」に描かれた様に、鴨川に水葬にされた庶民の亡骸が水枯れによって遺体が流れず、突然の川の氾濫によって御所の路地まで、ぶかぶかと遺体が流れていたと言う、まさに地獄絵の中で貴族たちは平然と怠惰な世界に耽っていたと言います。 この「晩春」で登場する清水の舞台から見下ろせる音羽川渓谷も、鳥辺野とも呼ばれ、所謂一種の地獄谷となっていた所です。 昔の庶民には墓を作る事が禁じられていた為、その亡骸は水葬か風葬でした。 京の場合、水葬と言えば鴨川に葬る事であり、風葬とは、ここ東山の鳥辺野か西の化野念仏寺付近に葬られた言います。 そもそも、ホウムル(葬る)と言う言葉はホウル(放る)が語源とも言われています。 そんな事を考えながらここ清水の舞台から木々の緑を眺めると感慨深いものがあります。 小津さん京や奈良についてどの様な思いがあったのでしょうか、彼の事をよく保守主義と言いますが、言葉の本来の意味については正にその通りですが、一般に言われる日本の伝統や慣習について、何か特別の思い入れがあった人の様には思えません。 小津さんの世界とは家族であり友人だったのだと思います。 日本の伝統や慣習を、殊更声高に発する様な人ではなかったと思います。 小津さんの作品が優れているがゆえに、それが結果的にワビだのサビだの日本的だのと言われる様になったのであり、鎌倉や京はその舞台の一つに過ぎなかったと考えます。 管理人がここ清水寺に来たのは小学校の頃、二十歳の頃と今回で三回目ですが、なんか何十回と来た様な錯覚を得ます。 それは、余りにも見慣れた有名な風景と言った理由もありますが、一つは何十回も見た、この「晩春」の影響があるかも知れません。 |
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小津さんが京都のカーテンショットで選んだ風景とは、有名な八坂の五重塔でした。 寺名は法観寺って言うらしいですが、東山の五重塔って言われるのが一番一般的でしょうか。 東山の、象徴の様な塔です。 京都で撮影される現代もの映画は、大方が花柳物ですから溝口健二の名を出すまでも無く、東山近くを舞台にしたものが多いと言えます。 そこで画かれる京都の風景とは優雅な祇園などに代表される花街の、もう一つの裏の顔と言ったものですが、「晩春」「彼岸花」などで小津が映し出す京の風景と言うものは、溝口の画き出すそれと違って、何やら修学旅行生のお土産のベタな京の風景写真集といった風情です。 そして、「晩春」で画かれた父と娘の京都旅行とは、正に最後の修学旅行なのでした。 |
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旧友小野寺の妻と笠が語り合うのが、この有名な清水の舞台です。 これぞ修学旅行、と言った王道のロケーションかもしれません。 まぁ、そんなこんなで笠は小野寺の妻とこの清水の舞台から東山の山々を眺めます。 中世の王朝ロマンの優美典雅の世界を語っていたのでは無いでしょう。 台詞には省略されていますが、やはりそれは例の娘の結婚話だったでしょう。 しかし、映画の中の台詞はたったこれだけです。 「京都はいいですね のんびりしてて 東京にはこんな所ありませんよ 埃っぽくて」 「先生、京都へは時々おいでになりますの」 「いやぁ 何年ぶりですかな」 「終戦後初めてですよ」 「そうですか」 この奥の院の境内からは小野寺の娘 桂木洋子が何度も 「おじさまぁ〜」 「おじさまぁ〜」 と笠に手を振ります。 そして、笠もそれに答えて手を振ります。 笠の旧友 三島雅夫が原節子をからかうシーンが、ここ奥の院の境内です。 「のりちゃん どうだい 汚らしいの」 「いやな おじさま」 「聞かしておくれよ 感想を」 「なぁに、お父様 汚らしいのって」 「うぅ〜ん 不潔なんだよ」 「ねぇ のりちゃん」 しかし、「晩春」における原節子の魅力と言うのはどうでしょう・・・・ とても管理人の様な稚拙な文章で語る事は出来ません。 清水寺シーンのラストカット、門前の手水鉢の奥でセーラー服を着た修学旅行生と思われる女学生の一団を映りますが、彼女らが通り抜けた通路がここです。 ここを左に行くとすぐ笠たちの居た清水の舞台です。 「晩春」の中の女学生も今は70歳位ですか・・・・・「晩春」も遠い昔やのぅ。 今回ちょうど、うら若き浴衣姿の乙女を発見! この写真を貼りたいが為に、映画では登場しないカットを挿入してしまいました。 いやいや、なんのなんの、どうしてどうして。 「晩春」清水寺シーンのラストカット、門前の手水鉢です。 映画では、この門の奥を修学旅行生の一団が横切りました。 実はこの手水鉢が清水寺のどこにあるのか、現存するのかが個人的には一番の興味だったのですが。 ありましたありました、ここが清水寺の入場場所です、簡単に見つかりました。 やはり良いですね、変わらないのは、そのまま残っていると言う事が、理屈では無い、何かが人を惹きつけます。 ゆえに、いつの時代の人も古都を訪れ、さまざまな思いに耽るのでしょう。 |
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