・・・・・・かったりぃ。

ったく、入学式なんぞ、くるんじゃなかったよ。




                             ―――――『 A boy meets a girl. 』




教室に入るなりガンつけてきたヤツを叩きのめしてやった。
叩きのめしたといっても、たった一発で終わったけどな。
それで、初日早々、しかも朝っぱらから職員室で説教だ。

あー、かったりぃー。
入学式なんて出てられっかよ。アホくさ。


職員室を出て、教室ではなくそのまま昇降口に向かった。








ドン!






式の始まる時間が近いために、すでに人気のない昇降口に入ったところで、女とぶつかった。
ちょうどオレの胸のあたりに、頭から勢いよく突っ込んできたそいつを見下ろす。
ただでさえ体がデカいうえ、お世辞にも人相の良くないオレに、たいていの女どもはビビるらしい。
別に睨んでいるわけでもないんだがな。


だが、その女は違っていた。


「あっ!ごめんなさい!」
慌てて謝りながら、オレを見上げる。
それでも、その顔に恐怖の色は浮かばなかった。

「急いでいたので、慌ててしまって!ホントにごめんなさい!」
申し訳なさそうに、だが少し微笑みながら頭を下げる。
「いや、別に」
それだけ答えると、オレはその場を立ち去ろうとした。

「あ!そうだ!あのっ、先輩――」





先輩?オレのことか?



「あ〜?」
思わずいつもの癖で、顔をしかめながら振り向いた。

「すいません。1年の教室ってどっちですか?」
さっきと変わらず女が笑顔で聞いてきた。

・・・・・・・この女、オレの顔が見えねぇのか?怖くねぇのかよ。

調子を狂わせられながら、自分がさっきいた教室の方を指差す。
「あっちだよ。早く行かねぇと、始まっちまうぞ。」
「あ、はい。ありがとうございました。」
笑いながらペコリとお辞儀をして、女が走って行った。


・・・先輩だぁ?冗談じゃねえぞ。同じ歳じゃねぇか。


いつも実際の歳よりも上に見られるからこんなコトは慣れっこのはずなのに、何故か今日は
それがイラついた。
昇降口に向けていた足をふと止め、のんびりとした足取りで体育館に向かう。

どうせ暇だから、少しだけ見てくか。

体育館の入り口に着く頃には、すでに式は始まっていて来賓とかなんとかの挨拶がのべられていた。
新入生をチェックしに来たのか、上級生らしい男どもが十数人、扉のそばに立っている。
そいつらに混じってしばらく見ていたが、やはり退屈で帰ろうとしたときだった。
さっきの女が講壇の横で、教師と何やら話しているらしいのが見えた。


「新入生代表、
アナウンスが流れると、その女が講壇の階段を上った。


・・・あの女、新入生代表のくせして入学式に遅刻かよ。
いい度胸してるじゃねぇか。

そんな事を考えながら体育館を後にした。




これが、オレと、この少し変わった女との出会いだった。








「あれ?先輩、なんでここにいるんですか?」


翌日、教室に入ったオレを見つけて、が不思議そうに言った。

こいつ、同じクラスだったのか・・・。


「悪りぃが、オレもこのクラスなんでな。」
ニヤリと笑って答える。

「え?だって、ここ1年の教し、つ・・・。
・・・・・・・えー?!先輩じゃなかったんですかっ?!
ってことは、同い歳?!うそっ?!」
「なぁにが、うそだ?失礼なヤツだな。」
パニクってるの頭をげんこつで軽くコツンとすると、は笑いながら、だって〜とか、
もしかして留年?、とか言っていた。
「お前なぁ・・・」
呆れながら、いいかげんにしろと言いかけて、周りの空気が張りつめているのに気付いた。

───ああ、そうか。

こいつらは昨日の朝、オレが教室で暴れたことを知ってるから、言いたい放題言いやがるこの女を
オレがシメるんじゃないかと、青くなって見てるってわけか。

そんな教室の空気に気付かずに、が平和ボケな笑顔で聞いてきた。
「どうかしたの?えっと・・・まだ名前聞いてなかったね。私、。よろしく」
「・・・鷹村だ。お前いい度胸してんな〜。周りのヤツら、固まってるぜ?」
「へ?なんで?私、なんかヘンな事した?」

なんとも和やかなオレ達に安心したのか、周りのヤツらもそのうちそれぞれ自分達の会話に戻り始めた。








はどうやら特待生として入学してきたらしく、いつも試験では学年トップだった。
噂では、ここら辺で一番と言われる公立校にも合格していたが、スベリ止めで受けたこの学校の
特待生試験にたまたま合格してしまったばかりに、よりによって「ここら辺で一番ガラが悪い」と言われる
今西北高に入学するハメになったらしい、ということだった。
確かに、最初のうち、はこの学校で完全に浮いていた。

そりゃ、そうだろう。
不良の掃き溜めの中に、「頭良し・髪は校則通り・制服も正しく着用」の優等生がポツンといるんだから。

それでも意外なことに、は、その気さくな性格のためか、あるいは驚くほどの鈍感さの
おかげか(おそらくこっちだろう)、この学校になじんでいった。
追試組に根気よく勉強を教えて赤点地獄から救ったり、ケンカで血だらけになったヤツらを
手当てしてやったりして、とにかく狼ばかりのはずの教室を羊の群へと変えていた。
(もちろん、オレ様は、いつもギリギリながら追試は免れていたし、そこら辺の小者と違って
ケンカで血を流すことなぞ無かったから、の世話になったことはない。)

そんな、マドンナのごとく崇拝者まで出てくるようなが、学校一の暴れ者で、学校中の
不良どもがおそれるオレに、ごく普通の友人のように接してくるときたもんだ。
怯えられこそすれ、にこやかに話しかけられるなんて、一体いつ以来だ?
しかも、その相手が女とくればなおさらだ。

オレのことを怖がらないは、他の不良どもにするのと同じように、いや、もしかしたらそれ以上に
オレに話しかけもすれば、注意もし、時にはからかったりした。
上の学年や他校のヤツらでも『北高の鷹村』と聞けば縮み上がるというのに、
この女は冗談を言いながら、このオレを、どつくのだ。
さすがにこれには、クラスの男どもが青くなってやがった。
それでも、そんなことにはお構いなしに平気でオレに接するを、周りが受け入れるのに
そんなに時間はかからなかった。

そして、それは、オレ自身にも言えることだった。








                             Back