─── 『 Cherish 』
「お誕生日おめでとう、鷹村君」
学食で昼飯を食っていると、向かいに座って自分の弁当を前にしたがいつもより3割増の笑顔で言った。
「あ?誕生日?」
メシをかっこむのをやめて、しばし考える。
ああ、そういえば、今日はそんな日だったか。
親元にいるときから、そんなことを言ってくるやつはめったにいなかった。
(いや、正確には京姉と渡以外に、だが。)
だから、自分の誕生日に誰かがこんなうれしそうな顔をすることに
オレはあまり慣れていない。
「でしょ?今日、7月7日だよ?」
「・・・そうだな。」
「忘れてた?」
「・・・まぁ、な」
祝ってくれるヤツなんて身近にいないから、そんなの思い出しもしなかった、とは言わない。
きっとこいつはそんなことを聞けば、自分のことでもないのにさびしそうな顔をするだろうから。
ただの気まぐれな同情なら撥ねつけられるのに、の場合はそうではないとわかっているから
知らずのうちに何かを期待している自分に気づく。
コトリ、とオレの定食の前に置かれる小さな容器。
何だ?とを見ると、少し照れたような顔。
「えっと・・・ちょっと作ってみたんだけど・・・美味しいかどうかは・・・わかんない」
とりあえず蓋を開けてみると、色鮮やかな・・・・・・
・・・・・・五目寿司?
「・・・・・・」
「あ〜、あの、あんまり好きじゃないんだったら、ごめん!いいの!
ただ、あの・・・私、自分が好きなもんだから、つい・・・。
あの・・・弟の誕生日とかにも毎年作ってるから───」
落ち着かないらしく、視線を泳がしながら、必死に説明する。
「食ってもいいのか?」
「でも迷惑だったら───え?あ、うん!食べてみて!」
食いかけの定食はそのままにして、のくれた寿司を口に入れる。
「・・・・・・」
「・・・・どう、かな・・・?」
どうってことのない、高価な食材なんて一つも使ってない、ただの五目寿司だ。
ガキの頃から、贅沢なものなら食い慣れてきた。
なのに、今まで食ったどの寿司よりも・・・美味いと思った。
「・・・やっぱり、口に合わない・・・?」
しばらく黙り込んでいたオレに勘違いしたのだろう。
が申し訳なさそうな顔で、オレを見る。
だからそれには答えないで、
我ながらもの凄い勢いで、残りの寿司を平らげた。
ドン、と空になった容器をテーブルに置く。
「!」
「は、はい?!」
「お前───」
「料理うまいな」
「ごっそーさん」
嬉しそうに笑うを見ながら、今度は食いかけの定食にとりかかった。
ジムを出て、ボロアパートのドアをあける。
途端に感じる、人の気配と食い物の匂い。
その匂いに、今日が何の日か思い出す。
部屋に入ると、オレを待ちくたびれたのだろうか、
窓にもたれてうたた寝しているがいた。
片付けられた部屋。
テーブルに並べられた料理。
自分の家から持ってきたらしい、飯切と食器。
場所は変わっても、高校時代から変わっていないのは、
それはオレだけのために用意されたものであること。
とっくの昔に自分とは無縁と思っていた、家庭のぬくもりのようなもの。
そして、が運んでくるそれらをいつのまにか当たり前のことのように
受け入れている、自分。
窓辺に歩み寄り、眠るをそっと抱きしめる。
「ん・・・、お帰り」
まどろみの中、オレの背中に手を回す。
普段は決して頼ってこようとしないコイツが、こういう時だけは無意識に甘えてくるのが無性にうれしくなる。
「ああ・・・それから・・・サンキュー、な」
「何が?」
眠そうな顔で少し微笑んで訊いてくる表情がたまらなく艶っぽくて、
咄嗟に言葉に詰まってしまった。
しかたなく、オレは顎でテーブルを示す。
「懐かしい、な」
「そう?去年も一昨年も作ったじゃない。」
「・・・そう、だな」
「鷹村君?」
「・・・なぁ、・・・・・・来年も作ってくれるか?」
オレの背中に回ったの手に力がこもる。
「来年も、再来年も、その次の年も、毎年作ってあげるよ」
鷹村君が誕生日を祝ってあげる女性(ひと)は他にもいるかもしれないけど、
鷹村君の誕生日を祝ってあげられるのは、私しかいないから、
それが嬉しい
そう言って笑うから、
「バーカ、他の女の誕生日なんてめんどくさくって覚えてられっかよ」
息もできねぇくらいに抱きしめて、腕のなかにを閉じこめた。
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