駅に降り立ったところで知らない女性に声を掛けられた。




「アナタが『』?」



突然の問いかけ。




「はい、そうですが」とも、「そういうあなたは?」とも答えられないでいた。

だって、何だか・・・イヤな予感。








こういうときの直感って当たらないでほしい。














                                          ─── 『 Goody Goody 』




















駅前のカフェで向かい合う。



こういう、なんていうか、重苦しい雰囲気は苦手。
お気に入りのラテを飲んでいるはずなのに、相手の突き刺すような視線は味覚を奪うらしい。




とりあえずこの人は私の事を知っているらしい。
が、私の方はというと彼女から自己紹介をされていないので
何故、彼女が、私に、声を掛けたのか正確には解らない。
ただ言えることは、彼女のこの視線からすると
友好的な関係を築こうというものではないということだけは確かだろう。




ああ、間違えた。



この空気は、「重苦しい」なんてものじゃなくて、「殺伐とした」が正しいかも。
まあ、その空気を発しているのは、彼女サイド限定なのだけど。









「あの──」



口を開いた私にチラリと視線を投げると、彼女は吸っていたタバコを灰皿にもみ消した。













「どんなにすごい女かと思ったら、なんだ、ただの地味な女じゃない。」










「最近電話にも出てくれないし、どうしたのかと思ったらさ〜」










「こんなつまらなそうな女、相手にしてるなんて」










「鷹村サンも、結局はそこらへんのオトコと変わんないってこと〜?」














やってらんない、とでもいうようにコーヒーをあおる彼女。






冷静に考えれば随分な言葉をいただいているのだけれど、
私はさっきの「イヤな予感」が当たってしまったことに幾分落ち込みながら、
こんな場面にどう対処すればいいのか、そんなことばかり考えていた。


鷹村君が他の女の人と遊んだりしてたのは、なんとなく知っていた。

おそらく普通よりもかなり精力的な彼が、なかなか会えない私だけで満足できるとはとうてい思っていなかったし、
彼を抑えつけるなんてこの世の誰にもできないことだから、
あきらめ、とまではいかないけれど自分の心からそういった類のことは切り離していたつもりだった。
考えないようにしてた。
じゃないと自分が壊れてしまうから。
それに、彼なりに私を大切にしてくれているとわかっていたから、
私に気づかれるようなやり方はしないと思っていた。

だけど、やっぱりそんなふうにいつまでも自分を偽るのも無理な話で、
そもそも彼と生きていくと決めたくせに、いつも中途半端な気持ちでいたことに私はようやく気づいた。


そして今まで蓋をしていた気持ちをぶつけてみれば、彼はそれを当たり前のように受け入れてくれた。
自分の全てを差し出したとき、それ以上に大きい、彼の全てを、私は手に入れた。



そんなことがあって。



だから、彼にはもう「お相手」はいないはずなんだけど。
しかも、彼が相手にしてた女性は「割り切った」関係、のはずなんだけど。



少なくとも、この目の前の女性は違うらしい。









「ちょっと!」


カップをもてあそびながら一人思案していると、いらただしげな彼女の声に目を上げる。

「人の話、聞いてんの?!」
「あ・・・すみません」
「すみません・・って、アンタね、少しは何か言ったらどうなのよ」
「少しはっていっても・・・」
「普通はこういうとき、ちょっとは動揺するんじゃないの?
自分の彼氏の浮気相手が目の前にいるっつーのに」
「・・・・してるんですか?浮気・・・今も?」
「じゃなければ、誰がこんなとこまで来ると思ってんのよ」
「え・・・でも、もう終わったんじゃないんですか?」
「なんですって?!」
「あ〜っと・・・『全部、きる』って、鷹村君が言ってましたから・・・」
「なっ・・・・?!」
「もう他の女とは会わないって言ってたから・・・」



さっきの勢いとはうらはらに、ショックを受けている様子の彼女に、
何故か私の方が少し申し訳なく思ってしまった。

確かに、あの鷹村君が一人の女に固執するなんて信じられないのだろう。
本音を言えば、当の私自身も驚いているくらいなのだから。
そのうえ、その相手が平凡きわまりないそこら辺の(地味な)女なら、
『世界チャンピオンの鷹村』君と付き合っていた人なら誰でも思うだろう。

といっても、私にはどうしようもできない事なのだけど。





そのままお互いに何も言えずにコーヒーを飲みながらしばらく経ったころ。



「まさか本気だなんて・・・」
「え・・・?」
「・・・ま、いいけどね。」

完全にとはいかないまでも早くも立ち直ったらしい彼女は、
静かにコーヒーを口にすると、苦笑いをした。

「アイツに真面目な女なんて絶対似合わないって思ってたけど。
ま、でもあのスケベが彼女一筋になるっていうんだから、 きっと本気なんだろうね〜」
「そう、なんでしょうか・・・」
「ちょっと!本妻がなんでそんなに自信なさそうな声出すのよ!」

ついもらしてしまった不安に、彼女がわざと怒ったような声を出しながら、
それでもどこか面白そうに言った。

「全く、イライラするわね! もう!腹立ちついでに教えたげるわよ!
アイツはね〜、『』って女の顔が頭に浮かび出すと他の女が抱けないの。
だから、そうならないようにいつも必要以上にふざけてた。
余計なことを考えないようにね。
案外、自己嫌悪に陥ってたんじゃないの、他の女といるときには、さ。」

「・・・あんまり聞きたくなかったかも・・・そういう事は・・・」
「何、すましたコト言ってんのよ。
ああいう男と付き合ってるんだから、そのくらい知ってたっていいのよ」
「・・・・・・」


はぁーとため息をついて、彼女が立ち上がる。

「悪かったわね。いきなり呼び止めて」



じゃあね、お幸せに、と背を向ける彼女に思わず、




「あの・・・お名前、聞いてなかったから──」






振り返った彼女はフッと笑うと



「バカね、そんなの聞いたってしょうがないでしょ」



そう言うと、手をヒラヒラと振りながら、去っていった。















「・・・そうだよね、聞いたってしょうがないよね・・・」













その姿が窓の向こうの人混みに消えるまで、ぼんやりと眺めていた。







最後に彼女が見せたやわらかい微笑みが少し、痛かった。






















だって、

ほんの少しだけ、

その笑顔が自分に似てる気がしたから。





















Back












『Wild Hawk』その後、って感じでしょうか?

修羅場なのに、妙に冷静だよ雪乃さん(笑)。
本妻の余裕?
それともただの天然?

あ、鷹村出てこなかった(汗)!!