─── 『Hawk's Journey』










午後の授業をサボって、屋上で過ごした。
日が傾いて、少し冷たくなった空気で目を覚ました。
ほとんど何も入ってない鞄を取りに、もう誰もいないだろう教室へ戻る。
半分開いた教室のドアから、夕日に照らされながら一人椅子に座っているアイツの背中が見えた。

そのまましばらく入り口にもたれて、の後ろ姿を見つめていた。
こいつを見ていられるのも、あと少し。
そう思うと、何故か声が掛けられなかった。

と、不意にが振り向いた。
オレがいるのに少し驚いたようだったが、目が合ったまま動かない。
窓の外の運動部の声だけが響いていた。

少しずつ柔らかくほころんでいくその表情に、胸を鷲掴みにされる。
自分のモノにしてしまいたい欲求と同時に、オレの隣にはふさわしくないだろうという喪失感のような感情。
こいつにはもっといいやつが似合う。
オレのような乱暴者ではなく、
もっと──。



「鷹村君」



それでも、その口から自分の名前が零れるたび、自分の全てを受け入れられた気がして、
オレはこいつから離れられない。



「鷹村君、そこにいたの、気が付かなかった。」

いつもと変わらない笑顔でゆっくりこっちへ体を向けた。
また屋上?と指を上に向けて笑いながら言う。
「ああ、まあな。」
行動を見透かされて、少し照れくさくなる。
いつもこいつには見破られる。
「サボってばかりだと、単位足りなくなっちゃうよ?」
教師に言われると反発してしまう言葉も、
その口から言われると、どうして・・・うれしくなっちまうんだろう。


「帰らねぇのか?もうすぐ暗くなるぞ」
「あ、うん、今日日直だったから、日誌書いてたの。
職員室寄って先生に提出したら終わり。鷹村君は?帰るんだったら一緒に帰ろうよ。」
ちょっと待っててくれる?とは少し慌てて机の上に出ていた物を片付け始めた。
「急がなくていい」
自分の机に置いてある空っぽの鞄を掴みながら言ったオレの言葉に、が顔を上げる。
「ありがとう」
ゆっくり笑うが眩しすぎて、
「いや」
それだけ言って、興味もない窓の外に顔をやった。




「お待たせ」
帰り支度のできたが教室を出ようとドアに向かう。



その後ろ姿を引き止めた。
が振り返って、だが何も言わず、ただオレを見た。

「やめようと思う」
この学校をやめる。
思う、ではなくもう決めていることなのに。

だがは驚いた表情も見せずに、一瞬床に視線を落としてから
ゆっくりオレに笑いかけた。

「そう。」

その簡単すぎる返事に、逆にこっちが戸惑う。
そんな自分の反応に、思い知らされる。
いきなりこんな事を言って、もっと驚かれると思った。
いや、驚いてほしかった。
何故、と聞いてほしかった。
・・・引き止めて、ほしかった?
「・・・それだけ、かよ」
気が付いたら、呟いていた。

「え?」
「何も訊かねぇのかよ」
「鷹村君?」
噛みつくように言ってしまってから、とたんに後悔した。
「あ・・・いや、すまん。」


何となく気まずくただよう沈黙。


「そうかな・・・って。」

しばらくして、が不意に言った。

「鷹村君、学校、やめるんじゃないかなって、そんな気がしてたから・・・」
は前に組んだ自分の手を見下ろしながら、微かに笑った。
「なんでだろ。別にそんなこと言われたわけでもなかったのにね。
でも、いつ頃からかな。鷹村君、学校やめる気かなって思ったの」
そして、オレを見て当然のことのように言った。
「ボクシングのため、でしょ?」
「ああ」
「そっか。そうだよね。期待のホープだもん。これからが楽しみね」
「観にこいよ。勝つから」
「ん。絶対ね。」
「おう。日本タイトルのチケット送ってやるからよ」
さすがにそれには、はびっくりしたように目を丸くする。
「いや・・・ちょっと気が早かったか?」
少し照れくさくなって、苦笑いした。





が、そんなオレを遮るようにが言った言葉に、今度はオレが目を丸くする番だった。






「何言ってるの・・・世界、でしょ?」







そんな言葉に、
こんなオレをいつもバカみたいに信じきってくれている、こいつの言葉に、
何度救われただろう。





そして、オレはこれからも突っ走って行くんだろう。



こいつの言葉と笑顔を思い出しながら。







「バーカ、気が早ぇよ。・・・・・・ちょっとだけ、な。」










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