が学校を休んだ。

ただ、それだけのことだ。






                         ───『A Little Rest』











今日で2日目だ。

いつも笑ってて、少しくらい熱があったって無理して学校にくるが、
昨日から休んでいる。


そんなに具合悪りぃのか?


他のヤツも同じように思っているようで、朝のホームルームに担任が来ると、
早速訊いていた。


「あ〜、はお母さんの具合が悪いそうで、今日も休むそうだ。」
それを訊いた途端、教室中が騒がしくなる。
「何だ、チャンが病気なんじゃないのか」
「センセ、明日は来るの〜?」

オレは黙って席を立つと、扉に向かった。
「あ〜、鷹村・・・。どこへ──」
どこへ行くんだ、と言おうとした担任を睨みつけると、普段から大人しい
その教師はそそくさと、出席を取り始めた。





前に、母親を見舞いに行くを病院まで送って行ったことがある。
心臓が弱いけれど、それでも、そんな深刻なものじゃないのよ、と
アイツは笑って言っていた。

そうだ、アイツはいつも笑っている。
家のことを一手に引き受けていて、どんなに忙しくても、疲れていようとも、
学校で嫌なことがあっても、いつも笑っているんだ。




今は、どんな顔をしてるんだ?




自分でも、「らしくねぇ」と思いながら、足が向かっちまった。











ナースステーションで聞いた病室の手前で、が花瓶を手に、
給湯室へ入って行くのが見えた。
正面にいるオレに気付かないところを見ると、よほど疲れているのだろう。
給湯室の入り口に立つと、中には、持っていた花瓶を置いて、
ぼんやりとしているがいた。





そっと声をかけると、まるで眠りを解かれたかのように、
まばたきをしてこっちを向いた。
そして、不思議そうに目を丸くしながらオレを見た。


「・・・鷹村君?どうして・・・」


言いかけた言葉は最後まで出ないで、代わりに大きく見開いた目が
潤んでいるのがわかった。
は、涙が零れるのを拒否するように目をしばたきながら俯いた。

ずっと、張り詰めていたんだろう。

家族の前でも、ずっと笑っていたんだろう。

それじゃあ、疲れちまうだろ。



そう思ったら、考える前に体が動いていた。


「──?!」


の頭を抱えて、自分の胸に押しつける。
そして、その体を軽く抱きしめていた。
突然のことに、腕の中のが体を強ばらせる。

「・・・鷹村・・・君・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・あの───」
「黙ってろ」
「・・・・・・・うん・・・・・・・」

頷いて、は静かに息を吐きながら体の力を抜いて、
額をオレの胸に預けた。
そろそろと、オレの学ランの腰に両手を回す。


の体は、思っていたよりずっと細っこかった。



「大丈夫か?」
「うん。ありがと。」
「おふくろさん、大変なのか?」
「今は落ち着いたから・・・。一昨日の夜、ちょっと、ね。でももう大丈夫。」
が顔を上げて、微笑む。
さっきの疲れ切った表情はだいぶ消えていた。
がオレの腕の中から離れると、さっきまでのぬくもりが消えて、
代わりになじみのない感情が広がる。
それは、あまり認めたくない類のものだった。


「ごめんね。鷹村君の顔見たら、なんかホッとしちゃって・・・。」
「いや・・・。」
「わざわざ来てくれたの?」
「あ〜、その・・・・なんだ、が学校休むなんて珍しいからよ」
「心配してくれたんだ。ありがとう」
「・・・・いや・・・」
「お母さんに会っていって、って言いたいところなんだけど、今寝てるの。
ごめんね。せっかく来てくれたのに。」
「別に構わねぇよ。じゃあ、オレは帰るから」

をおいて給湯室から一人出ようとしたとき、
少し不安げな顔を俯かせて、がオレの学ランの袖を引っ張った。
「・・・・・・?」
「私も今日はもう帰るから・・・一緒に帰ってもいい?」
「・・・・・・ああ」








病院からの帰り路、と並んで、河原を歩いた。


ふと腕に重みを感じて横を見下ろすと、がまた学ランの袖を掴んでいた。
ただ前を見つめながら、何もしゃべらずに。

けれど、その顔からは緊張感が抜けていて、オレは珍しく自分が
必要とされていることに気付く。



オレの中に広がり始めた感情は、もう消えることはないのだろう。
それに名前をつけることにまだ抵抗があるにしても、
こうして、こいつの顔を隣で見ていられるなら、
少し落ち着かなくなるこの距離も、
受け入れられそうな気がした。







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