――― 『夕空の紙飛行機』

         〜 We'll be together again 〜





 No tears
 No fears
 Remember there's always tomorrow
 So what if we have to part
 We'll be together again

 Your kiss
 Your smile
 Are memories I'll treasure forever
 So try thinking with your heart
 We'll be together again

 Times when I know you'll be lonesome
 Times when I know you'll be sad
 Don't let temptation surround you
 Don't let the blues make you bad

 Some day
 Some way
 We both have a lifetime before us
 For parting is not goodbye
 We'll be together again.









数日前、鷹村君が学校をやめた。

借りていたボクシング雑誌を返し忘れていたのに気づいたのは、昨日。
今日で中間テストが終わったから、コンビニで差し入れを買ってから太田荘に向かった。

ドアをノックをしても反応がない。
まだお昼過ぎだけど、もうジムに行ってしまったのだろうか。
きっと部屋の鍵がかかっていないことはわかっている。
けれど、鷹村君が学校をやめたというだけのことが、勝手に部屋に入ることを躊躇させた。

ドアの外にボクシング雑誌を入れた紙袋とコンビニ袋を置いた。
袋の中身は冷えてしまうだろうが、彼のことだから気にせず食べてくれるだろう。

階段を降りて、ふと、いつもの帰り道と反対方向へ足が向いた。
これからはここに来ることも少なくなるだろうから、少し回り道をして、あたりを散歩しながら帰ろう。
今日は天気もいいし。
以前鷹村君と寄ったことのある、あの小さな公園でも行ってみようか。
もしかしたらちょっと買い物に行っているだけで、すぐに帰ってくるかもしれないし。
一回りしたらもう一度ドアをノックしてみよう。
そんなことを考えながら歩いた。
角を曲がったところで、視界の隅に鷹村君の背中が見えた気がした。
咄嗟に振り向けば、太田荘へ向かう鷹村くんがいた。

声をかけようとした、その時。

その大きな背中の横には、見知らぬ女の人。
何を話しているのかはわからないけれど、親密そうなその空気は、私にとって全く馴染みのないものだった。


一瞬か、数秒か、数分か。

しばらくその場に立ち尽くしたあと、歩き出した。

鷹村君とは反対の方向へ。
自分が来た道へ。
自分の町へ。

ざわめく胸を落ちつけたくて家路を急いだ。
なのに今歩いているのは、いつも彼と歩いた河川敷。
立ち止まって、川を眺める。

ここを通るたび、習慣なのだろう、鷹村君はいつもシャドーボクシングをしていたっけ。


そう・・・か。

ふっと、唇から笑いが漏れた。
当たり前のことだけれど、すっかり忘れていた。
私の知っている彼が、鷹村君のすべてだと思い込んでいた。
私の横で、笑う姿。
お弁当を食べる姿。
不機嫌そうな顔。
屋上で寝てる姿。

いつのまにか、自分のものだと思い込んでいた。

私を脅かすものを睨みつける彼を。
無理するな、と私を包んだ腕と広い胸を。
知っているのが自分だけだと思っていた。

「男の人」の顔をした鷹村君なんて、見たことがなかった。


そうか、違かったんだ、と無理矢理に自分を納得させた。


少し陽が落ちていた。
指先が冷えて、温かい息を吹きかけてさすった。
まだ春になる少し前、ここを一緒に歩いた時は、
寒がる私の手を取った鷹村君が、「冷てぇな」と言って握ってくれたっけ。
大きな彼の手の中にすっぽりと納まった自分の手がすごく小さく見えた。

温めてくれるその手も、もうない。

自分のポケットに手を入れた。
ポケットの中で何かに手が触れて、取り出すと、折りたたまれた紙。
色気のないレポート用紙に書いた手紙。
イチゴの形に折られているのは、普通にただ折ろうとしたら隣の席の女の子が教えてくれたからだ。

やっぱり私には不似合いだな、こんな可愛い折り方。
いかにも女の子、というそれを眺めながら、手紙をいったん開いて折り直す。
簡単な紙飛行機に姿を変えたものを、向こう岸に向かって飛ばした。
折り方が下手だったのだろう、それはクルクルと不器用な回転をした後、
私が今歩いてきた道の方へ飛んで行った。

紙飛行機を目で追って、落ちていった先。



そこにいたのは―――。























いつのまにか毎日行くことが習慣になっていた。
だから、やめた途端ヒマを持て余してる自分に驚いた。
本来ならばもっと早くにやめるべきだったとさえ思っていたのに。

昼飯を買うついでに本屋に寄った。
そこで、以前よく遊んでいた女とばったり会った。

いつからだろうか、昔ほど手当たり次第に女をひっかけるなんてことをしなくなっていた。
誰でもいいから女を抱きたいという衝動に駆られることが少なくなっていた。
代わりにいつも抱えていたのは、独占欲と所有欲。
それを抑えることも意外と苦にはならなかった。
それが何故なのか、今ならわかる。
オレの隣にいつもあった笑顔に比べれば、ただ身体を繋げることで得る快楽なんぞ
ほんの少しの意味しかないことだと知ってしまったから。

それでも、オレだって超健全な男だ。
吐き出したい時は必ずある。
そして学校をやめた今、オレを満たす笑顔はもうそばにはない。

目の前の女を見た。
腕をからませて思わせぶりな仕草は、昔のオレなら速攻で飛びついていただろう。
とりあえずコイツでいいか。
そう考えながら、お目当ての雑誌をレジに持っていった。
何気なくガラス越しに外に目をやったとき、
見覚えのある制服が店の前を通り過ぎていった。

長い髪と歩き方が似ている気がした。
だが、あいつはいつも色気無さ過ぎの三つ編みだ。
頭から離れないから、同じ制服を見ると惹きつけられてしまうのだろうか。

まいったな。
これから毎日こんなふうに過ごすのか。
それとも、そのうち忘れることができるのか。

腕を引っ張られて我に返った。
他のことに気をとられているオレに、不満げな顔を見せる女。
わざとらしく尖らせた真っ赤な唇と、男に媚びる目線。
オレにとっては余程馴染んでいるはずのその光景が、今は嫌悪すら感じた。
どうかしていると思いながらも、その手を振り払った。

「悪ぃな。今日はやっぱやめとくわ」
「え?」

きょとんとする女を置いて、店の外へ出た。

「ちょっと、どういうこと?」
「言っただろ。今日はそういう気にならねぇんだよ」
「何言ってんのよ、『ソレ』しか頭にない男のくせに!」
「うるせぇな。ほっとけ」

しつこい女に、「ついてくんな」と言いながらアパートに向かう。
それでも離れようとしない女に文句を言いながら階段を上った。

ドアの前に何かが置いてあった。
回覧板か?
コンビニ袋と、隣の紙袋の中にはボクシング雑誌。
すっかり忘れていたが、前にに貸していたやつだ。
コンビニ袋の中をのぞけば、ペットボトル2本と、肉まんが3つ。


「ねぇ、どうしたの?入んないの?」
「・・・・帰れっつっただろ」

女をそこに置き去りにして、階段を駆け下りた。



袋は温かかった。

だから、まだ近くにいるはずだ。



おそらくが通るだろう帰り道へ走った。
ロードワークのダッシュでさえも出さないような全速力で。



スポーツドリンクとホットココア。

肉まんは、オレが2つに、が1つ。





いた。
やっぱり、ここだった。

見慣れた姿を遠くに見つけて、足を止めた。
川を見つめるは、髪を下ろしていた。
ゆっくりと近づくオレには気がつかない。
が何かを手から放って、それが弧を描きながらオレの足元に落ちた。
その紙飛行機を追った視線が、ようやくオレを認めた。

いつものように駆け寄ってくるのだろうと思った。
オレを見つけて、いつものように微笑うのだろうと思った。
なのには動かない。
オレ達の距離は縮まらない。

こういうときはどうすればいいのか、わからなかった。

求めても与えられない怖さを知っているから、
いつのまにか自分から歩みだすことを忘れてしまった。
だからいつもがオレに手を差し伸べるのをただ黙って受け入れていた。
居心地が良かったんだ。


どれくらいの時間、そうしていたのか。

ふと、が口を開いた。
何かを言いかけて、つぐんだ。
それから、少し微笑った。

寂しそうに。

つらそうな顔は知っている。
不安そうな顔も知っている。
けれど、こんな表情は初めてだった。
こんな顔を、自分がさせているのだろうか。

がもう一度口を開く。
何かを呟いたけれど、音にはならなかった。
それでも、聞こえた。


さよなら。


目を伏せながら、ゆっくりとが背を向ける。
その瞬間、笑顔に見えたそれは、おそらく泣きそうな顔だったんだと気づく。
なのに、何故かオレにはそばに寄って触れる資格がないように感じた。
離れていく距離をただ突っ立って、見ていることしかできない。

歩き始めたが、足を止めた。
何を思っているのか、しばらくしてから振り向いた。
いつもの笑顔ではないけれど、さっきよりずっと穏やかな笑みを浮かべていた。

が、すっと右手を伸ばす。
その手は以前オレが教えたように、握られていた。



「がんばってね・・・・・・応援・・・してるから」








がどんな気持ちでその言葉を絞り出したのか。



ならば、今、このオレにできることは。




拳を握る。

左、右。

力いっぱい突き出した。





「おう」













今、オレにできること。











そして、いつか。









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―――鷹村君へ


私も夢に向かってがんばるから、

鷹村君も絶対、世界チャンピオンになってね。

大丈ー夫!鷹村君なら絶対なれる!!

いつも応援してるよ。

それと・・・ずっとそばにいれたらいいな。

                

 
 
 
 
 
 
 
  




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