そういえば、あの日も雨だった。

変わり果てた里の姿と、傷ついた忍び達。
自分の命と引き換えに里を救った若き英雄の遺影。

そして私は、芽生えたばかりの淡い恋心と一緒に、彼を見送ったのだ。





                                                   ─── 『 初戀 』





カカシさんの教え子達はいつも元気だ。
悲しみを乗り越えて、笑顔を分けてくれる彼らは本当に強いと思う。
三代目を失って壊滅的な打撃を受けても、こういう子達が育っているこの里はまだまだ大丈夫だと
安心させてくれる。



のねーちゃん、もう大丈夫なのかよ」
三代目の葬儀が終わって勤務先の病院に戻ろうとしていたら、ナルト君が走ってきて声をかけてくれた。
後ろから、彼と同じチームのサスケ君やサクラちゃん、それに上官のカカシさんが歩いてくる。
「ありがとう。でももう大丈夫。」
さん、チャクラを使いすぎて大変だったってお聞きしましたけど、あまり無理しないでくださいね。」
サクラちゃんが心配そうに言ってくれた。

確かに不自由な足も思ったように動かないし、昔のように修行らしい修行なんてしていないからチャクラも減っていて、
もう現役の忍びでない私の体は実践は無理。
それでもやっぱり、里が攻められた時は戦うしかない。
体力を温存しながら最小限のチャクラで相手を倒すのはブランクがあっても、これでも元上忍、それほど大変ではなかった。
ただ、病院に運ばれてきた傷ついた人々に医療術を施しながらでは、さすがに簡単にはいかない。
戦いが静まってけが人の治療も終わり、ようやく病院も落ち着いた頃には、立っていられるだけの力も残っていなかった。
三代目が命を落としたと聞き、そしてカカシさんが病院へ様子を見に来てくれた途端、私はそのまま意識を失った。



「一晩ぐっすり眠ったから、もう元気よ。もっと鍛えておけば、もっともっと役に立てたんだけどね。」
火影岩を見上げて、三代目の顔を思い出す。
そこには、懐かしいもう一つの顔も彫られている。

あの顔岩を毎日眺めていた頃があった。

まだ憧れと恋との区別なんてつかなかった。
自分の想いに名前をつけることすらできなかった。
それほど淡い想い。
だから、その人がこの世からいなくなったとき、自分の気持ちを収拾する術を知らなかった。
毎日、あの顔岩を見つめながら、自分と話をしていたような気がする。


私が四代目の顔岩を見ていたのに気付いて、ナルト君が突然言った。
のねーちゃん、四代目に会ったコトあんの?」
「え?」
「どんな人だったの?」
ただの好奇心とは微妙に違う表情を浮かべながら、訊いてくる。

ああ、そうか・・・。この子は九尾の・・・。


「すごーく、かっこよかったわよ。
 強くて、頭が良くて、それから・・・。
 優しかった。誰にでも。
 本当にみんなから慕われてた。」
言いながら、知らず知らずのうちに微笑んでいた。
そして、気付いた。
ナルト君って、四代目の子供の頃に似ている。
すごく。
昔、綱手様から四代目の幼少時の写真を見せていただいたことがある。


「なんか、さん、好きな人のコト話してるみたい〜」


思いがけないサクラちゃんのスルドイ指摘に絶句してしまった私の横で、

「え?」

驚いて間抜けな声を出したのは、カカシさん。
その声につい、私と三人組が振り返る。


「・・・・・・カカシさん?」
「あ〜・・・いや、ごめん。えっと──」

「あー!カカシ先生ったら、さんの昔好きだった人の事聞いて動揺してるんでしょー?!」
「なっ?!サクラ、何言ってるの?!」

サクラちゃんの自信に満ちたような口調に、カカシさんはしどろもどろになっていた。
それにナルト君が便乗する。
「え〜、マジ?!カカシ先生ってば、四代目とライバルってことじゃん!
 いくら、カカシ先生でも相手が四代目じゃ、勝てんのかな〜。危ねぇってばよ!」
「う、うるさいね〜、お前らっ。そんなことより、後かたづけ手伝いに行きなさいよ。」
「えぇ〜?!それはないってばよ〜」
カカシさんに促され、三人組は文句を言いながらも走って行った。



賑やかに作業をする彼らを見ながら、呟いた。
「元気ね〜」
「ああ、あいつらの騒がしさは天下一品だよ。」
「・・・・・・ナルト君・・・」
「ん?どうしたの?」 
少し戸惑いながらいいかけた私の言葉にカカシさんが優しく促す。
「・・・四代目に似てるかなって・・・。」
ナルト君を見ながら四代目の顔を思い出していた私を、カカシさんはしばらく見たあと
軽くため息をついた。 
「そうだな。・・・・・・、四代目のコト好きだったの?」
いきなり先程の話題に戻って、今度は私が焦る番だった。

「あ・・・、えっと・・・。」
上手く伝えられるか自信がなくて、言葉に詰まる。
「・・・・・好きっていうか・・・。
 まだ私も子供だったから、正確にはそんな立派なモノじゃないと思うけど。
 女の子がヒーローとか王子様に憧れる、そんな感じ・・・じゃないかな。」

そう、あの頃、綱手様が四代目のところに行く時に、一緒に連れて行って下さるのが楽しみで。
一言、二言、励ましの言葉をかけていただくのがとても嬉しかったのを覚えている。
そんな可愛らしい当時の気持ちを思い出して、また顔がほころぶ。


「まいったな。」
カカシさんの声に顔を上げると、頭をかきながら顔岩を仰いでいた。
「だから、、あの頃全然オレに関心なかったんだ。」
「え?」
「暗部の頃、時々と任務が一緒になってさ。
 あの頃はオレも女の子達がまとわりついて来るのがうっとうしくて仕方なかったから、
 がオレを特別扱いしないのがスゴく楽だった。一緒にいて楽しかった。」

あの頃。
私が14の時、人手不足のためにたまたま暗部以外の任務を命じられたカカシさんと同じ班になった。
確かに、あの頃「はたけカカシ」という人は、女の子達に絶大な人気があって、
一緒に任務につけるというだけで、私は彼女たちに随分うらやましがられたものだ。

「だけど反面、オレのコト男として見てないのかと思うと少し悔しかったよ。」
「カカシさんだって、私のこと女として扱ってなかったじゃない。」
私だって一緒にいて楽しかったけれど、あれほど競争率が激しい人を本気で好きになるほど身の程知らずじゃない。
「そりゃそうでしょ。女らしい色気なんて、全然なかったし。」
「・・・それちょっと失礼じゃない?カカシさん」
私の少しばかりの反論を、彼は無視して続ける。
「恋愛なんて縁のない顔してたから、安心してたんだ。
 誰かに持ってかれる心配もないって。」

・・・・・・え?
 
「でも、そっか。四代目が好きだったんなら、他の男なんて目に入らないよな。
 いくらなんでも、あの人ほどスゴイ男なんていやしないよね〜。」
かかしさんはふぅーっと息を吐くと、はははと笑った。

「確かに、四代目が亡くなってしばらくは落ち込んだけど・・・。」
もう、ずいぶん昔の話。
いつまでもあの頃の女の子じゃない。
「カカシさんに出会った頃は、もう立ち直ってた。
 任務も忙しかったし。
 たぶんカカシさんの言うとおり、ただ単に好きとか嫌いとかそういう感情に乏しかっただけよ。
 このとおり、色気もないですし」
最後は笑いながら、ちょっと皮肉っぽく言ってみた。

けれど、おどけた私と裏腹にカカシさんは真面目な表情で。
いつもらしかぬ鋭い視線にたじろぐ。
これはいつものひょうひょうとした「カカシさん」じゃなく
「木の葉一の業師・はたけカカシ」の顔。

「そんなこと言ってないよ。 昔の話をしただけだよ。」

そして、いつものように優しくニコっと笑った。
「だーいじょーぶ。
 昔もキレイだったけど、今のはもっとキレイだし女性らしいし、オレの自慢だから。」


その言葉にドキッとする。

その笑顔に胸が高鳴る。






ねえ、カカシさん。

そんなふうに言われちゃうと、少しは期待しちゃうじゃない?

自分の手の届くはずのないモノを、やっぱり欲しいと思っちゃうじゃない?


だから、そんな笑顔を簡単に私に見せない方がいいよ。

その笑顔を独り占めしたいって、私が思わないように・・・。










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彼女の意外な初恋の相手を知って焦るカカシさん。
しかも、自分の恩師だし。
小学生が若い先生に憧れる、そんな感じでしょうかね〜。
        (そんなかっこいい先生いなかったなぁ・・・)