――― 『 不覚 』 3






「ホントに、ありがと」

の家の前まで着くと、が穏やかに微笑んだ。
カカシも笑みを返す。

「大丈夫?」
「ん」
「そっか・・・・じゃあ、な」

そっと頷いて、ポケットに手を入れて歩く、少し丸まった背中を見送った。

「カカシ」

振り返ったカカシに、は少し言い淀んでから、口を開いた。

「あの・・・さ、こんなこと言っていいのかわからないけど」
「うん?」
「この一週間・・・楽しかったよ」

嘘ではない。
最初は戸惑った。
作り物の関係ではあった。
それでも、大切にされた。
笑い合った。
くだらないことで、言い合いも少しだけした。
まるで、本物の恋人同士のようだった。

これはふたりだけの秘密。
きっとこの先語ることはない、夢のようなひととき。

「オレも楽しかった」

ひらりと手を振る。
その手をまたポケットにしまい、カカシは歩き出した。





















「気にすることないのよ。あの頃みたいにもう、子どもじゃないんだし」

肩をすくめて笑ってみせる。
けっして強がりなどではなくて、本音だった。
カカシには感謝している。
あのとき、カカシが手を差し伸べてくれなかったら、今の私はたぶん無い。
カカシが言ったように、忍としてだけではなく一人の女として、前を向いて歩いてこれたのだから。

「別にあの時のことは気になんてしてない」

火を見つめながら、カカシは懐かしむように呟いた。

がきちんと恋愛をする姿を見てきた。
彼女が今までに選んだのは、同じ男としてもいいやつらばかりだった。
そしてその隣で笑うを見るたびに、自分のしたことが決して間違っていなかったと思えた。
だから後悔などしたことはない。

「じゃあ、何なのよ」

この数日何のわだかまりも持っていなかったを、カカシは探るように見つめた。

「何ではそんなに普通にしてられんの?ホントに何にも覚えてないわけ?」

何故か不満そうなカカシの視線に、が眉を寄せる。
どんな夜を過ごしたかについては記憶がない。
けれども、実を言えば、ものすごい快感にのまれたことだけはなんとなく覚えていた。
そのことはカカシには言うつもりはないし、自分でも忘れようとしていた。
蒸し返したくなかった。


「あたりまえじゃない・・・っていうか、カカシ覚えてるの?」
「・・・・・・」
「何よ、その沈黙は。この前覚えてないって言ってなかった?」
「この前はね」

あの後、しばらくすると少しずつ記憶が甦ってきたのだ。
少し顔を赤らめて目を逸らしながら、カカシが何やらボソボソと呟いた。

「え?何?聞こえないよ」
「・・・・・・すっごく濃厚だった」

一瞬、何を言われたか、わからなかった。
ようやく理解すると、一気に恥ずかしさが込み上げてきた。

「な!何てこと言うのよ!」
「だーってホントのことだもん」
「知らないわよ!覚えてないんだから!」
「いや〜、すごかったよ。あんなのオレ初めて――」
「言わなくていいからっ!!」
「だからさ、もう一度、試してみない?」
「何バカなこと言ってんの?!冗談やめてよ!」
「あのねぇ、こんなこと冗談で言えるわけなーいでしょ」
「だ、だからって・・・頭どうにかなっちゃったんじゃないのっ?!この・・・バカカシ!」

が怒って背を向けた。
酷い言われようは、まあ、しかたないだろう。
覚悟していた。
苦笑いしながら頬をかく。

「なんであんなに気持ち良かったんだろうって考えたんだ。
いろんな女抱いてきたけどこんな・・・なんていうか、忘れられないなんてのは初めてでさ。
自分でも不思議だった。
だけど、相手がオマエだからなんだって気づいたら納得できた。
だってさ。
絶対にだったら裏切らない。
そばにいる。
ありのままのオレを全て受け入れてくれる。
そう思ったら、いつもまとわりついていた孤独感が消えたんだ」

今まで生きてきた中で、誰にもこんな事を言ったことはない。
気恥ずかしさに、さすがにの顔が見れなくて、地面に目をやった。

「昔言ったよね。
信頼してる相手に抱かれるのはそんなに不快なことじゃないって。
自分で言っときながら、オレはそのことをホントにわかってなかった気がする。
それがどれだけ幸せなことかってこと・・・、聞いてる?。」

カカシの問いかけにピクリと反応した。
しかし後ろを向いたままだ。
怒っているのだろう。
それでもいい。
の表情を見たかった。
肩をそっと掴んで振り向かせた。

泣いていた。

?」
「もう!珍しくカカシが真面目な話なんてするから!」
「うん、大真面目」

いつにない告白に少し照れながら、カカシがポリポリと頬をかいた。

「バカカシのくせに!」
「さっきから・・・それはあんまりでしょーよ」
「まったく、調子が狂うのよ」
こそ、そんな涙見せられたら調子狂っちゃう・・・・そんなに感動してくれるなんてね〜」
「ち、ちがっ!」
「え〜、違うの?」
「別に感動なんてしてないから!」

ただ、ずっと思ってた。
独りではないってどんな気持ちだろう、と。
それをあの夜に知ってしまったような気がしてた。
ただそれは望んではいけないひと時だから。
たまたま手に入れてしまっただけのつかの間の時間なのだ。
だから忘れようと思った。
期待したら生きていけなくなるのなら。
決して手に入らないものなら、最初から求めなければいい。
それなのに。
カカシの言葉が胸に突き刺さった。
胸の奥に無理やり押し込めていたものを、引きずり出された感覚だ。
けれどそんな気持ちを表に出すほど素直になれないのは、
やはりお互いを理解しすぎるからでもあった。
強がることで自分を守ってきた。
生きてきた。
それを捨てることは簡単なことではない。


「・・・カカシとなんか付き合ったら取り巻きに殺されるから嫌よ」
「そんなのにやられるほど弱くないでしょ、ちゃん。」
「知らないみたいだから教えてあげる。女って怖いのよ」

そんな可愛げのない言い方も、カカシにはの揺れている気持ちが手に取るようにわかる。
目を赤くしながら睨みつけてもねぇ。
カワイイだけでしょ。
思わず抱きしめた。

「だからさ、もう一度――ぐっ!」

耳元で囁いた瞬間、カカシが崩れ落ちた。

「バカカシ!報告が完了するまでは任務中でしょうが!」
「・・・ったく、使い物にならなくなったらどうしてくれるの〜。困るのはなんだからね」

恨めしそうな視線をよこすカカシに
「困らないしっ!」と吐き捨てた。

「ふーん・・・わかった」

幾分ふてくされながらカカシが印を結ぶ体勢に入った。

「んじゃ、とりあえず速攻で里に帰ろっか」
「別に、そんなに急がなくてもさっき任務遂行の伝令飛ばしたから」
が言ったんじゃない。任務中はダメだって。」
「え?」
「だから、早く報告書出しちゃえばいいんでしょ?」

カカシがニッコリ笑う。
「さて行くよ。」

「誰もそんなこと言ってないしっ!」
「ほれ、置いてくよ〜」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

木の葉だけが残されたその場を睨みながら、が叫んだ。

「もう!カカシの思い通りにはならないからねっ!!」
















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さてさて、この二人、その後どうなったかは・・・・。

今度、里の人にでも聞いてみてくださいな(笑)