私だったら、好きな人と少しでも一緒にいたいと思うよ?


























                                         ─── 『 並んだ影、重なる時。 』  1





























上忍、お帰りのところ申し訳ありませんが・・・」













担当医が不在のため、急遽代わりに向かった診察室。
ドアを開けて、カーテンの向こうのベットに座る患者さんに声を掛けた。


「お待たせしてしまって、すいません。」


さっき看護婦のサトちゃんから渡されたけれどまだ目を通していない暗部用の極秘カルテを
胸に抱えてカーテンを開けると、そこには暗部独特のお面と見慣れた銀色の髪。




「・・・カカシさん?」
「よー」



お面をはずす、口布越しのいつも通りの、のんびりした声。
けれど、右手で左肩の入れ墨のあたりを押さえている。
包帯を巻いてはいるものの、かなり血が滲み出していた。


すぐにカカシさんのそばまで椅子を引き寄せて、座りながら包帯を解いて傷口を調べた。


「結構、深いね」
「そぉ?そんなに痛くないけど?」
「私の前で無理しなくたっていいって」
「別に無理して・・・・って、痛たたたたっ!もうちょっと優しく扱ってよ、。」
「ほらねー、やせ我慢でしょ〜?」


くすくす笑って言いながら、今度はきちんと丁寧に手当を始めた。
手のひらを当てて、チャクラを流し込む。
そうしてしばらくすると、カカシさんも口布を下ろしてだいぶリラックスしてきた。




「はい、これでよし、と」
「ありがと」
「まったく、自分の誕生日にケガして帰ってくるなんて、ついてないわね〜」

タオルで手を拭いてカカシさんの方に首だけ振り向いて言うと、
カカシさんは少し苦笑いを浮かべた。

「ははは」
「でも、まぁ、帰って来れて良かったじゃない?彼女喜ぶよ、きっと」
「彼女?」
「そのためにがんばって、今日帰って来たんでしょ?」
「そのためって?」
「だから、誕生日。可愛い彼女と過ごすために、ね」
「ん〜、別にそういうわけじゃないんだけどね。もともと約束してないし」
「・・・また?去年もそうだったよね。確か違う女の子だったと思ったけど」
「まぁ、ね。」
「よく、彼女了解したね」
「ん・・・まぁ、任務でいないことになってるから」
「うわ、かわいそ」


思わず目をくるりと回して言ってしまってからカカシさんをふと見ると、何だか少し複雑そうな顔。


「・・・誕生日一緒に過ごすだけで、特別って顔されちゃうのがさ〜・・・」
組んだ足に両肘をつきながら、たまんないんだよね〜、とため息を一つ零す。
私には、こういうふうに言う彼のことが、今いち理解できない。

だって・・・。


「特別なんじゃないの?付き合ってるくらいなんだから」


木の葉の「はたけカカシ」といえば、里中の女の子が憧れる天才上忍。
口布と額当て(暗部の任務の時以外は、いつも写輪眼の上から額当てをしている)から覗く端正な顔立ちと
十代にしてすでにエリート忍者という肩書き。
耳に入ってくる噂によれば、泣かした女は数知れず。
そんな彼と付き合えるというのは、木の葉の女の子達にしてみれば一種のステータスらしい。
もっともカカシさんが暗部だということは極秘だし、恋人にさえも彼はあまり自分のことを話す人ではないので、
「付き合っている」といっても、彼自身のことを深く知っている子は果たしてどれだけいるのだろうと思った。


それでも、普通は誕生日くらい、彼女と過ごすものなんじゃないの?
なのに彼ときたら毎年なんだかんだと理由をつけて、その日恋人と過ごすことを避ける。
たぶんそれが原因で別れたことも、私の知る限り一度ではないと思う。


「そりゃあ、さ。女の子からしたらショックよ。『彼』の誕生日に一緒に過ごさせてもらえない、なんて」
「そんなもんかな」
「当たり前じゃない。好きな人の特別な日だよ?一緒に過ごしたいって思うの、自然な気持ちだと思うよ?」

カカシさんは私の話を聞きながら、特別ねぇ、と呟いた。




「そういえばさ、お前、上忍に昇格したんだって?」
「え?あぁ、うん、おかげさまで・・・」

急に話題が変わって、しかもそれが自分のことだったので、少し慌てて答えた。

「お祝いしなきゃじゃなーい」
「お祝い?!い、いいよ!別に!そんなこと!」
「なーに言ってんのよ。上忍っつったら忍者の中でもトップクラスの仲間入りだよ〜?」
「あ、でも、ほら、私の場合、上忍っていっても実践系というより医療系だから──」
「関係なーいでしょ。医療忍者だったらなおさら貴重じゃないの!胸張っていいの!」
「あ・・ありがとう///」
「よぉ〜し、今夜、合同でお祝いしようか〜」

ニコリと笑いながら、トンっと手を叩いてカカシさんが思い立ったように言った。

「ご、合同?」
「そ!の上忍昇格のお祝いと、オレの誕生日vv」
「え゛っっ?」
「な〜に、その不満げな顔は。」
「あ、いや・・・だって・・・カカシファンクラブに殺される・・・」
「何それ」
「何って・・・知ってるでしょ?自分が女の子に人気あること。」
「だーいじょーぶ、そんなの関係ないって」
「関係ないったって・・・・そんな・・・」

困った顔しかできない私にカカシさんは気づかないのか気づかないふりをしているだけなのか、
ただ楽しそうに笑う。

「だいいち、オレの誕生日に誰と過ごそうとオレの勝手だと思うけど?」
違う?と目で問いかけられて、答えに詰まる。

「ま、確かに彼女たち、あんまり穏やかじゃないみたいだから、一緒に帰るってのはさすがにヤバイか」

穏やかじゃない理由の半分は、アナタが作っているんでしょうが。
思わず心の中で呟いてしまった。

そんな私に構わず、じゃあ、と言って、ポケットから何やら取り出すカカシさん。

「オレはまだこれから報告書とか出さなくちゃなんないから、先行っててよ」

ポンと投げてよこしたのは、カカシさんの部屋の鍵。
たまにこうして預かることがあるから、慣れてはいるけれど・・・。

「え、なに?お祝いってどっかお店でやるんじゃないの?」
「さすがに今日くらいは部屋でのんびりしたいしね、んじゃ」

そう言うやいなや、カカシさんはスッとその場から消えてしまった。


「え?!ちょ、ちょっと待っ・・・て、って・・・・・・行っちゃった。」



のんびりしたいなら一人の方がリラックスできるだろうに。
そう呟いてから、ふと考えた。



いつも女の子に騒がれているからって、満たされるとは限らない。
家族も親友もすでに失ってしまった彼に、心休まるときがあるのだろうか。

一見穏やかに見えるカカシさん。
けれどその細められた目が心の底から楽しそうに、嬉しそうに笑うのを見れるのはめったになくて。

彼が女の子をとっかえひっかえしているように見えるのも、自分の大切な存在を探し求めているからかもしれない。
彼が求めているのは、自分をアイドルに仕立て上げて群がる女の子でもなければ、
「天才上忍の恋人」というステータスを手に入れるために必死になっている女の子でもなくて、
在りのままの彼を、ただ在りのままに受け入れてくれる「誰か」なのかもしれない。
そういう人が現れるまで、きっと彼は誕生日という特別な日を女の子と過ごすことはないのだろう。

少しでも気心の知れている私なら、一人でいるよりは寂しさも紛れるのかもしれない。
『特別』な顔をして彼の心の中にまでズカズカと土足で踏み込むなんてことのない友達とならば、
彼も安心して「今日」を過ごせるのだろう。

そう考えたら、コワいお姉さま方の後処理も苦にならなかった。
まあ、幸いなことに、今のところカカシさんの「ファンクラブ」の皆様の中に上忍はいない。
割と平穏が続いている最近といっても、忍というのはそんなに楽な仕事じゃない。
さすがに、一人の男にミーハーな気分で入れあげながら任務をこなせるほど
上忍というのは甘い立場ではないのだ。

私だっていくら実践系ではないし昇格したてといっても、
カカシさんがさっき言ってくれたように、これでも一応「木の葉の上忍」の端くれ。
最悪、「お姉さま方」に取り囲まれようとも、黙って被害を受けているなんて気はサラサラない。
もちろん自分から仕掛けようとは思わないし、相手を打ちのめすつもりもないけれど、逃げることくらいはできるはず。

ならば・・・・。



「・・・しょうがないよね。」


せっかくの誕生日を、カカシさん一人でお祝いさせる訳にはいかないもの。

ちゃんと彼を包んであげられる人ができるまでは、





「付き合ってやるか・・・」



カカシさんの部屋のカギをぽんと宙に放って再びつかみながら、壁に向かってつぶやいた。




















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