お姉ちゃんが婚約した。

それを聞いて、荒れる者が1人・・・。






















                                 ─────『Immotal beloved』


































「「「大前(おおまえ)、一本っ!!」」」


下級生たちの掛け声が響き渡る中、矢が的にあたる鋭い音が鳴る。


「「「よしっ!!」」」
















ゆがけを外していると声をかけられた。



・・・・・・来たか。




振り向くと、案の定、控え室の窓の外から忍足と岳人が手招きしていた。
仕方がないから二人に近づく。


「・・・・・・跡部?」
溜息をついて頭に浮かんだ男の名前を出すと、岳人がコクンコクンとそのきれいな髪をなびかせて頷いた。
「見事に荒れとる。頼むわ、
ちょっとそっちの部長に承諾もろおてくるから、と言って、忍足は入り口の方へ回った。



私は、跡部のお守りじゃないのだが・・・。

さらに深い溜め息をひとつこぼした。

















テニスコートに行くと、忍足が「荒れてる」と言うとおり、かなりハードに下級生をしごく跡部がいた。
こりゃあ、部員達がかわいそうだわ・・・。
さすがにファンの女の子達も、殺伐としたオーラを発する跡部の姿に、今日は黄色い声を出していない。
そんな雰囲気でもないのだろう。



本当はいけないんだろうけど、弓道着と草履のままコートに降りた。
足下に落ちていたテニスボールを拾って、軽く跡部の背中に当てる。
すごい形相で跡部が振り返った。
が、それが私だと気付いて、表情が少し和らいだ。

想い人の妹だというだけで、こんなにも表情が変わるのだと思うと、そんな跡部が少し痛々しい。
けれどそんなことを思ったのを隠して、笑顔で小さく手を振る。
荒れてはいても、跡部は同情なんて期待していないはず。



「・・・か」
「ちょっとぉ、跡部、部員にあたったって仕方ないでしょ」
「・・・・・・」
跡部はコートを見渡して、「各自練習!」と叫んでから、どかっとベンチに座り込んだ。
両足に肘をついて、地面を見つめながらドリンクを飲む。
私は跡部の隣に腰を下ろした。


「そんなことしたって、どうなるもんでもないよ」
「・・・うるせぇ。んなことは、わかってんだよ」
「ったく、なぁーにやってんのよ、カッコ悪〜。」
「・・・な〜んだと?」
「どんなに足掻いたって、お姉ちゃんは他の人と婚約しちゃったんだから。」
「・・・黙れ」
「どんなにあんたが可愛い後輩達をしごいたって、その事実が変わるわけじゃなし。」
「お前に、オレの気持ちがわかるのかよ」
「うわっ!跡部らしくない、女々しいセリフ」
「うるせぇ」


吐き捨てるように言って、跡部はベンチから立ち上がった。
そのままこちらに背を向けて、立つ。
あのオレ様跡部が、まるでそうすれば何かを追い払えるかのように、テニスコートを睨み付ける。






跡部がそこまで荒れるほど好きだったのは、私の姉。
私たちが中等部に入学したときにすでにテニス部の3年マネージャーで、
跡部財閥の御曹司である彼を他の部員と区別することなく接した数少ない人。
さらに美人で、頭が良くて、優しくて、女性としても人間としても非の打ち所がないとくれば、
跡部でなくても憧れるのは当然のこと。

意外だったのは、この跡部が一途に姉を思い続けていたことだった。
どんなにたくさんの女の子に騒がれようが、
しつこい女の子に言い寄られて仕方なく付き合っているときでも、
(まあ、時には『仕方なく』ではなかったかもしれないけど)
跡部の心の中にいたのは、姉ただ一人だった。

だから、そんな跡部をずっと見てきたから、姉の婚約が決まったときも跡部には言えなかった。
いつかわかってしまうことだと思っても、いつも強気なはずの跡部の、こんな姿を見たくなかったのだ。









「お姉ちゃんの婚約者、いい人だよ」





私のその言葉に跡部が静かに振り返る。
きっと、周りからみれば怒っていると思われそうな形相で。







でも私にはわかってしまうんだ。










その顔、たぶん今にも泣きそうなんだよね。













「きっと、お姉ちゃんを幸せにしてくれるはずだよ」
「・・・・・・当たり前だろ」


それだけ言って、跡部はまた前のコートを見据える。





「跡部」
「あの人が選んだんだ。いいヤツに決まってる」
「・・・そだね」
「ああ」
「あのさ、お姉ちゃんにぴったりの人だよ。格好良くて、頭も良くて、優しくて。ホントに似たものカップルでさ」
「・・・そうか」
「うん。誰に対しても、フェアに見てくれる人なんだ。」
「・・・・・・」
「私のこと、『お姉ちゃんの妹』としてじゃなく、一人の女の子として認めてくれたの、あの人が初めてだった。」



「劣等感バリバリで、いつも自分に自信がなかった私に、『君は君だよ』って笑って言ってくれたの」
「そんなの当たり前じゃねぇか。お前はお前だろ」
「うん、でも、あの頃はずっと、そうは思えなくて。だから嬉しかった」
・・・」
「嬉しかったんだ」
「お前・・・」
「だから、少しは跡部の気持ちも分からないではないよ」


何でそんな話をしたのか自分でもわからない。
もう昔のことだからとうに心の中にしまい込んでたし、
姉のことは大好きだから、祝福したい気持ちもホント。
だから跡部にだって話すつもりなんて全然なかった。
きっといつも自信に満ちた跡部なら、笑い飛ばされるだけだろうと決めつけていたのかもしれない。
けれど今、目の前の彼はそうはせず、また前を向いてコートを見つめ、ただしばらく黙っていた。









「お前はもう戻れ」
「はいはい、跡部様」

ベンチから立ち上がって、フェンスに向かいかけたところで、ふと思い立った。
跡部に向き合って、ついでにニヤリと不敵に笑ってなんかみる。

「もし泣きたい気分なんだったら、膝貸してあげよっか〜?」
「あーん?てめぇ、何言ってやがる」
「あんたんとこの自慢のシェフさん、あのおじさんのお料理で手を打つわよ?
何だっけ、えーっと、ヨークシャープディング添え、だっけ?あれ美味しいのよね〜」
「そんなこと言って、本当はお前がなぐさめて欲しいんじゃねぇのか?」
「む・・・私はカワイイ後輩いじめるほどはダメージ受けてませんから。
まぁ、いいや。どうせ冗談だし。んじゃ、私は戻るよ。部長にどやされる前に」


よいしょ、と言いながら袴をたくし上げて階段を一つ上る。
見上げると少し離れたところで忍足と岳人が少し心配そうにこっちを見ていたから、
少し肩をすくめてみせた。
私にはなーんにもしてあげられないよ。
なのに、忍足と岳人は安心したような顔で笑った。










後ろから声がして振り返ると、相変わらずコートを見つめる跡部。



「うちの自慢のシェフに言っといてやるよ。」
「は?」
「ついでにいうと、あれは『ローストビーフヨークシャープディング添え』っていうんだ。」
「・・・・・・」
「特別に、お前の好きなパルフェも用意するように言っといてやる」
「跡部・・・」
「部活が終わったら、ここに来い。わかったか?」


肩で振り返って、高慢そうにこっちを見上げる跡部。



まったく、この男はこういう時まで・・・。


・・・ま、いっか。






「了〜解」



階段を上りながら、後ろの跡部にヒラヒラと手を振った。











今日くらいは、なぐさめてやるわよ。



きっと明日はまた、憎ったらしい跡部にもどってるだろうから、さ。



























ヘタレ跡部の巻。
純粋に友情ドリです。すいやせん・・・。
跡部と対等に渡り合えるヒロインが書きたかったのです。
普段はケンカばっかなんだけど、相手のピンチの時には
手を差し伸べられる信頼関係ってとこでしょうか。
しかし、この後、ホントにヒロインの膝でメソメソするんだろうか・・・。
 

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