それは、まるで映画のワンシーンのような情景。



「あなたが・・・好きです。」




                             ───『 Coming across you 』





まるでそれだけが命綱というように両手を胸の前で強く握りしめながら、
真っ赤になって俯く彼女。

爽やかな5月の風に長めの黒髪をなびかせながら、
そんな彼女をメガネの奥から優しく見守る彼。

少し前までの校内の喧噪が嘘のように静かな裏庭。

まるで、映画や小説のような美しいシーン。


そう、美しい・・・・・。










「アカン!」








・・・・・・は?


「いや〜、ホンマすまんな〜! 自分、めっちゃカワイイんやけど。
ホンマ残念やわ。そやけど、堪忍な。 ま、これからも応援してや。」
そして彼は、ほなな、と言って、唖然としている彼女を残してその場を後にした。





部活の途中、職員室に用事ができて近道の裏庭を通った私は、まさにぴったりな
タイミングで告白劇に出くわしてしまった。

こりゃ失礼、と来た道を戻りかけた私の耳に入ってきたのは、伊達メガネに関西弁、
我が校・氷帝学園高等部男子テニス部の天才(と呼ばれているらしい)、忍足侑士の
この場にかなりふさわしくないだろうセリフ。

ちょっとちょっと!映像と音声が合ってないぞ!
美男美女のこの場合、彼が彼女の肩にそっと手をかけ、優しい言葉をかけて・・・とか、
そういうシチュエーションじゃないのかい?
しかも、予想外の展開に唖然として固まっている女の子を残して去るのか、普通?



「あれ?ちゃん、何やっとんの?こんなとこで。」

まるで、期待はずれのお笑いコントを観た後のように溜息をついて歩く私に、
忍足君が声をかけながら、隣に並んできた。
「部活中?なんや、恥ずかしいトコ見られてしもうたかな」
・・・そうは言ってるけど、全然恥ずかしそうじゃありませんよ?

「・・・ごめん、見るつもりはなかったんだけど。近道通ろうと思ったら、スゴいシーンに
出会っちゃって。まだ彼女あそこで固まってるみたいだから、あっちの道から行くよ。」
ごめんね、と手を合わせながら少し苦笑いすると、彼は、別に構わんよと笑った。

「それにしてもさすがに忍足君は人気あるね〜。生告白って、私、初めて見ちゃった。
あの子、G組のすっごくカワイイって評判の子でしょ?もったいないんじゃない?」
私の言葉に、ふいに忍足君はさっきまでの笑顔を消し、普段はあまり見ない真面目な顔で
こちらを見た。

「もったいないとか、そないなことで決められへんやろ。」
「あ・・・、ごめん───」
は、ちょっとかっこええ男やったら、好きでもないのに付き合えるんか?」
「ま、まさか・・・! そうだよね、うん、ごめん・・・。変なコト言っちゃって──」
「な〜んてな!そないな困った顔すなや。冗談や、冗談。
ま、あの子もイイ線いっとったけどなー、オレのタイプやないんよ〜」
私が謝るのを遮って、彼はいつもと同じような柔らかい顔に戻っていた。


優しい表情に、途端にホッとする自分。

いつもクールな彼は、同年代の他の男の子達のようにバカ笑いなどはしないながらも、
それでも、人当たりはソフトで、話しかければ丁寧に返事を返してくれる人だった。
去年から同じクラスだけれど、怒ったところなんて見たことがない。
恐ろしいまでに人気と実力のある氷帝テニス部で、どんなに女の子に騒がれようと、
浮かれる姿も見たことがないし、とにかく、その容貌とともに大人っぽい人というのが
私の印象だった。
授業の課題で同じ班になっても、修学旅行の自由行動で同じグループになっても、
ごく普通に平凡な高校生をやっている自分とはなんとなく空気が違うと思っていた。
だから、いつも少し一歩引いた態度になってしまって、まともに話をしたのは3年に
あがった今年、それもごく最近のような気がする。



ちゃんは、付きおうとる男いないんか?あまり話聞かんけど。」

いきなり、忍足君がそんなことを聞いてくるからびっくりした。
「え?!い、いないよ、そんなの!」
突然のことに驚いて、慌てて手を振って思いっきり否定のポーズをしてしまった。
それを見た忍足君は、ぷっと吹き出した。
「なんや、そないにごっつぅ否定せんでもええやん。」
「え〜?だ、だって、当たり前じゃん!」
あまり得意でない話題に、しどろもどろになってしまう。
「そないなことあらへんよ。けど、意外やな〜。ちゃんの弓道着姿なんて、
ホンマかわいい思うで。みんな見る目ないんやな〜。

・・・・・・ほな、オレ立候補させてもらうわ。」

「え・・・?忍足君、なんで私が弓道部だって知ってるの?」

たまたま今日は、月に一度の部活前ミーティングがあって、日直だった私は遅れて出席したため、
まだ弓道着に着替えてなかった。
だから、忍足君の最後の言葉よりも、私が弓道部だと彼が知っているコトの方が信じられなかった。
そして、今度は私の言葉に彼の方が驚いたようだった。

「なんでって・・・。そりゃ・・・。知っとるよ、そんくらい。」
珍しく言い淀む彼。
でも、最後ははっきりと私の顔を見据えて言い切った。
「あ、そか。去年も同じクラスだったもんね。それくらいわかるよね。」
私が1人で納得していると、彼が隣で、溜息をついたのがわかった。

・・・私、変なコト、言ったかな?

「あ、じゃあ、また、明日ね。忍足君も部活がんばって。」
部室が見えてきたところで、私は忍足君に挨拶をした。
ちゃんこそ、がんばりや。」

そう言ってから、テニスコートに向かい始めた彼は、ふと足を止めて上半身だけ振り返った。

「あ、そや。さっき言ったこと、冗談やないで。」


・・・え?さっき?


「立候補させてもらうよって。よろしゅう。」



・・・・・・・はい?


そうして、訳がわからなくなっている私を置いて、彼はそのまま歩いていった。



忍足君に言われたことを、思い出してみる。


・・・・・・立候補って・・・・・・え?・・・立候補?

・・・・え゛〜〜〜!




結局、その日、思いっきりパニくってしまった私は、部活に集中できず、
一本も的に中てることができなかった。








《 in 弓道場 》

後輩『先輩。おーい、せんぱーい!部長、ダメです〜。壊れてます〜』
部長『一体、どうしたんだ?』
後輩『さあ・・・・・・』
部長『!おい!グラウンド10周だっ!』
後輩『部長・・・それ、違うんじゃ・・・』
部長『いや・・・、1回言ってみたくて・・・つい・・・』







すいません。関西弁がニセモノです(汗)。   by 小石川 

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