図書館に行こうとして呼び止められた。





ちゃん、図書館に行くんやろ?オレも一緒してええ?」



















                                  ───── 『 His mind 』



















「あれ?忍足君、部活は?関東大会近いんでしょ?」
教室を出たところで、隣に並んで来た忍足君に訊いた。
「今日は久々のオフなんよ。次の試合までの小休止ってとこやな。」
「そっか、大変だね。ウチの部なんて都大会でさっさと負けちゃったから、
もう引退しちゃったし、気楽な身なんだけど。」
「なんや、ちゃんの弓道着姿、もう見れんと思うと、めっちゃ残念やわ。」

毎年全国大会まで勝ち進むテニス部と違って、都大会で敗退してしまった弓道部の私は、
最近図書室で受験勉強を始めたところだった。
本来、氷帝学園は幼稚舎から大学まで一貫教育だから、内部推薦で大学へ進む子がほとんどで、
高3といっても学年全体の雰囲気はいたって穏やかだ。
ただ、外部進学を希望している私にとっては、今からでも、遅いくらいのスタートだった。


一度中庭に出てから別棟にある図書館へ向かおうとして、その途中、
下級生らしい女の子達が通り過ぎる私達を見てざわつく。



ああ、彼・・・か。



氷帝男子テニス部といえばそれだけで他校の女の子達さえも憧れる。
ましてや、何百人という部員の中でごく一握りの正レギュラーである彼。
さらに「氷帝の天才」といわれている(らしい)クールな言動と、その大人っぽい容貌とで、
彼の人気は部長の跡部君に次ぐものらしい。
実際、テニスコートを見に行った友人のが、戻ってくるなり『忍足がいかにかっこよかったか』を
興奮しながら解説してくれたっけ。

「相変わらずすごい人気だね、忍足君は。通るだけで、女の子が騒いでる。」
その人気に感心して言うと、忍足君は苦笑いした。
「まあ、テニス部応援してくれとるんやから、しゃーないかもしれんけど、
たまにはほっといてほしい時もあんねんで。」


どんなにファンの子に囲まれても嫌な顔ひとつしたことのない、かといってどんなに女の子にモテようとも
浮かれたりしたことのない彼の、珍しくうんざりといった表情。

「そう、なんだ・・・。結構そういうの平気なのかと思ってた、ごめん。」
図書館の前まで来たところで、彼に向き合って謝った。
「まあ、普段なら別に構へんよ。けど、こういう時くらい、静かに過ごしたいやん。
せっかく、ちゃんと一緒におれるっちゅうに・・・もったいないわ。」

忍足君の言葉にドキッとして立ち止まる。
けど、彼はそのまま図書館の扉を開けて中に入っていった。
訊き返したかったけど、彼が扉を開けたまま待っていてくれたので、
とりあえず玄関ホールに入った。



忍足君が扉を閉める瞬間、外から聞こえてくる声。





───ちょっと・・・あの人、忍足君の何なわけ?───



その言葉に、足が竦んでしまった。


最近、忍足君と話す機会が増えて一緒にいるときにたびたび感じる視線。
テニス部の人気は尋常じゃないから、特に正レギュラーを彼氏に持つ女の子が
ファンクラブやら親衛隊やらの子達にいじめられるという噂は聞いたことがあった。
でも、自分には縁のない話だと思っていたのに。




「怖い?」

「え・・・?」

その言葉に見上げると、扉に寄りかかりながらこちらをじっと見つめる彼と目が合った。


「忍足・・・君・・・・・・?」
「オレと一緒におると、嫌な気分味わうやろ?態度とか、視線、とか」
「え・・・と・・・。でも、別に忍足君が悪いわけじゃないよ・・・?」
「けど、実際、跡部の彼女とか、結構な目にあっとるんよ。
それでも跡部なんかはまだ守っとる方やと思うんやけど。」
「でも・・・」


私は別に忍足君の彼女というわけじゃないし・・・。
誤解されるような立場じゃない・・・。

そう言おうとした。
けど、彼の怖いくらいのまっすくな瞳に射られたように、
ただ黙って立っていることしかできなかった。
忍足君は、そんな私に構わず話し続ける。


「それわかっとるから、言えんかった。
に嫌な思いさせるのわかっとって、『オレのそばにおって』なんて言えんやろ。
それに、そんな嫌がらせも、大学入ってしまえば関係なくなる思おて・・・。
もう少しの辛抱やって、ずっと思ってた。」

いきなり、言葉を紡ぎ出す彼。


ただ、一緒に図書館に行って、ただ一緒に勉強しに来ただけだったのに。
予想外の展開に、私は戸惑うばかりだった。


「けど、な。この前、進路希望の用紙集めたとき、見てもうたんや。
、外部受験するつもりなんやって、初めて知ったわ。
卒業してまえば、こっちのもんやって思うとったのに。
まったく、まいったで。
卒業するまでに、何とかせんとアカンて、焦って・・・」

そういえば、そのあたりからだ。
忍足君と話す機会が突然増えたのは。
それまで、ごく必要なこと以外しゃべることなんてなかったのに、
何故か彼が頻繁に話しかけてくるようになった。
席が結構近くになったからかな、なんて思っていた。
気付けば、いつも彼が近くにいることが多かった。
ただの偶然だと思っていた。



「なあ、今すぐにとは言わへんよ。
けど、オレんこと、特別に思ぉてもらえへんやろか」


そう言いながら、忍足君が近づいてきた。
でも、私は何も言えず、動けず、ただ目を瞠るばかり。
だって、信じられるはずがない。


「なぁ・・・オレのこと、嫌い・・・?」


嫌いでは、ない・・・けど・・・。
言葉にすることができなくて、ただ首を振った。
それを見て、忍足君はいつものクールな大人っぽい笑い方じゃなくて、
年相応に、顔をくしゃくしゃにして、子供みたいに笑った。


「はぁ〜・・・安心したわ・・・ホンマ・・・。」



トクンと大きく鳴る、私の心臓。
だって、そんな顔見たことない。



私の前まで来ると、忍足君は少し身を屈ませて私の耳のすぐ横で囁いた。


「ほな、これからも、よろしゅう」


それから、行こか、と当然のように私の手を取って、図書館の中へ入っていった。



ちょ、ちょっと、待って・・・。
忍足君、なんか誤解してませんか?


けれど、そんな私の戸惑いとはうらはらに、図書館にいる間中ずっと、
忍足君はご機嫌だった。












・・・やっぱり、明日からの学校生活が、怖いかも・・・です。
















忍足『そないなこというたって、この前、オレ、ちゃんの彼氏に立候補したやん』
『え〜?だって、あれ冗談じゃなかったの〜?』
忍足『は〜・・・(ガックリ)・・・さすが、天然や・・・。まあ、ええわ・・・(キラリン)。』
『え・・・?(ギクっ)な、なに・・・?』
忍足『これから、よぉーく、オレの気持ち、教えたる・・・』
『・・・・・・・・・』




すいません。やっぱり関西弁がニセモノです(涙)。   
忍足君って、さりげなくいつのまにか、自分のペースに相手を引き込んでそうじゃないですか?
                                                by 小石川
 

Back