-------- 『 Lover Man 』 2






















「あんたも、何つーか、極端なやつよね。」



他に誰もいない放課後の生徒会室で、私の席の隣に横向きに座ったが半ば呆れ顔で言った。


「間瀬ちゃんに受験しないって言ったんだって?」
「・・・うん」

書類に目を落としながら、返事だけした。

「私にまで、は一体どうしたんだってうるさいのよね。」
「・・・ごめん」
「別にいいけどさ。もともと間瀬ちゃんはあんたにT大受けて欲しかったのに、青学の商学部受けるってきかなかったのよね、たしか。
 それが受験自体やめるって言い出すから、先生方、大騒ぎよ」
「・・・タカさんにフラれちゃってから、なんかどうでも良くなっちゃって・・・」
・・・」
「私の夢ってさ〜、タカさんと『かわむらずし』で働くことだったのよね〜」

さっき進路指導の先生に渡された書類を取り出した。
前回出した進路希望調査書。
ふざけないで真面目に書けって言われていたんだっけ。

「別にふざけてたわけじゃないのにな〜」

思わず苦笑いになった。
少し消しゴムで消して修正する。
それから、端と端をキレイに揃えて丁寧に折った。
出来上がったのは、単純な紙飛行機。

それを軽く放つと、窓からの風で生徒会室の中をクルクルと舞った。
ストン、と床に落ちて、それはなんだか自分の気持ちに似ている気がした。



「それが、私の夢だったのさ。」










進路指導の間瀬ちゃんに言われるまま進路希望調査書を書き直した。
夢が砕け散ったばかりの私には、新しい進路希望なんてまだ考えられなくて、
どこを受験しようが同じ事だとしか思えなかった。
だから、普通にやってればT大も確実だとか、我が校の合格率がどうのこうの言う間瀬ちゃんの言葉も
まったく私の耳には入ってこなかった。




そんなふうに、少し投げやり気味に過ごしていたある日。





朝から何だか騒がしい。
気のせいか私に対する周りの視線がいつもと違う。
なんだろうと思って、こっちをチラチラ見ながらこそこそ話をする子達を見れば、
目があった途端、視線をはずされた。
廊下を行く人も教室との間の小窓からこっちをジロジロ見ては通り過ぎていく。




・・・一体なんだって言うのよ?!



いつもと明らかに違う周りの空気に、に愚痴ってみれば、
「ま〜、きっと明日にはおさまっているんじゃない?」と意味不明な言葉。

そんなやりとりをしていると、サッカー部主将の新庄君とバスケ部主将の中村君が焦りながら、
うちの教室に飛び込んできた。



「お、おい!!嘘だろっ?!」
「は?何?」
「オレは信じないぞ!」
「だから、何がってば?」
「おおおおおお前が、あああああんなさえないヤツ選ぶわけないよな?」
「だーかーらー、あんた達、何わけのわかんないこと言ってんのよ」
「手塚ならわかる、手塚なら。不二でもまあいいだろう。でも、なんであいつなんだ」
「・・・手塚?不二?・・・何それ」
「な!何かの間違いだと言ってくれ!」
「悪いけど、さっぱり──」
「何で、よりによって河村なんだよ!!」
「分かんな───・・・え?」

何で・・・何で・・・こんなとこにタカさんの名前が出てくるの?!
私がタカさんを好きなこと知ってるのはくらいで、
確かにこの前タカさんに告白したけど、まともに受け止めてももらえなかった。
第一、タカさんはそんなことベラベラしゃべる人じゃない。
そんなことを考えていたけど、ふとさっき目の前のサッカー男が言ったことが気になった。




「・・・ちょっと、新庄。あんた、さっきタカさんのこと、『よりによって』って、『さえないヤツ』って言わなかった?」
「え?あ、いや、それは、その・・・ほら、に比べれば、さ。そこら辺のヤツは・・っていうか・・・」

きっと私の顔、相当険しくなってるんだと思う。
私にとってはフラれてしまったとはいえ最愛のタカさんを侮辱されたも同じなのだから。
新庄君はそんな私の表情に唖然としていた。


「ちょっと、。あんた、すんごい顔してるわよ」
そう言うの言葉も全然耳に入らず。


「あんたなんかにタカさんのカッコ良さなんて分かるはずないでしょ?!
いっつも女の目を気にしてヘラヘラしてるあんたみたいな軟弱男と一緒にしないで!」

ピシィッッッと、ムカつくそいつに指を指す。

「タカさんはね、男の中の男なんだからねっ!!」


勇んでそう言ってから、大きく息をついた。
と同時に、我に返る。

・・・・・・もしかして・・・私、とんでもないことしちゃった?!

自分がついさっきまで大きな声で叫んでいた内容を思い返してみる。
途端に、恥ずかしくて全身がほてってくるのがわかった。
だってこれじゃあ、私はタカさんが好きだって宣言してるのも同じだ。
私はいいとして、タカさんからしたらとんでもなく迷惑な話だ。

どうしよう、と情けないくらい動揺して、逃げ出したい衝動に駆られて思わず教室のドアの方を見ると、
真っ赤な顔してタカさんが入り口に突っ立ってた。



うううううう嘘ぉぉぉぉぉっっ!!!!!!!!
もしかして今の全部聞いてたっ?!・・・・・・・・・よね、その顔は・・・(涙)。




「タタタタタカさん、ごめ、ごめんなさいっ!!あの、えっと・・・」


こんなにドモって、これじゃあ、さっきのサッカー男と同じじゃないか、私!!
でも、肝心な説明が口から出てこないよ〜!



タカさんは私の前に来ると、何やら手に持っていたしわくちゃな紙を差し出した。


「えーっと、さん、これ・・・君のでしょ」


見れば、そこには、ついこの間飛ばした紙飛行機・・・・じゃなくて、進路調査票。

「あ〜・・ありがとう、タカさん。わざわざ───」


・・・・・・進路調査票?

進路調査票っ?!



タカさんの手からまるでひったくるようにその用紙を取った。


やだやだやだ!確か、私とんでもないこと書いたんじゃなかったっけ?!
そもそも、どうしてそれをタカさんが持っているの〜〜〜〜?!

「どどどどどどうして、タカさんがこれをっ?!?!?!?!?」
「あ、いや、購買横の掲示板に貼ってあったから・・・」
「け、掲示板?!」

だ、誰だぁ〜〜〜!!んなとこに貼ったのは〜〜〜(涙)!!!


「ご、ごめんね、タカさん!迷惑かけるつもりなかったの!ホントに!!」
「迷惑?」
「ホントごめんなさい!あの、つきまとったりしないから安心して?!」
「いや、あのさ───」

必死で謝った。
だって、こんな騒ぎになってしまって、これ以上嫌われたら、たぶん私、立ち直れない。

「あの、ちゃんと誤解されないようにするから、だから・・・だから・・・」

それ以上は言えなかった。
紙を握りしめて、涙がこぼれそうになる顔をおおって、「嫌わないで」という言葉は音にならなかった。




「迷惑なんかじゃないんだ」

顔を上げられない私に、タカさんの静かな優しい声が落ちてくる。


「本当は、きちんと言わなきゃって、あれからずっと思ってたんだ。」
「・・・・・・」
「この前、さんに言われて、本当はすごく嬉しかった」
「・・・う、うそ・・・」
「でも、まさかって気持ちの方が強くてさ」

ほら、やっぱりタカさんは・・・。


「だってさ、自分がずっと好きだった子からそんなこと言われるなんて、想像もしたことなかったからさ」
「は?」

・・・今、今のは聞き間違い・・・だよね?
きっと私はパニックになりすぎていて、自分の都合の良いようにこの耳が聞き取ってしまったんだわ。
その証拠にタカさんは、そんな大事なことを言ったにしては、ニコニコしすぎているもの。



さんはきっと覚えてないだろうけど、ずっと前に、さんの自転車が壊れちゃって困ってる姿見てさ、
あの時に、なんでもできるって言われてるさんも普通の女の子なんだって思ったんだ。」

え?
・・・それって、あの日のこと・・・?



「それから、なんとなくさんに目がいくようになっちゃって。
バスでお年寄りに席を譲ってる姿とか、学園祭で迷子の子供をあやしてるとことか」


タカさんの言葉が、優しくて、しかもそれはきっと私のためのもので、
信じられないのと喜んで良いのかわからなくて、ただ見上げることしかできなかった。


「きっとオレの事なんて知らないだろうって思ってたから、同じクラスになれた時、すっげー嬉しかったんだ」


それは、私の方だよ!!


さんがそんなふうに思っててくれたなんて、オレ全然思わなくて。
でもその紙見たら、オレはなんてひどいこと言ったんだろうって。」


そう言って、私が握りしめていたせいでくしゃくしゃになってしまった紙を見下ろす。
まさかタカさんに見られるなんて考えてもいなかったから書いてしまった調査票。
私はそのしわくちゃの紙を広げてみた。




  進路希望  ・・・・・・  商学部

  志望の理由もしくは希望職種 ・・・・・・ 会計学を勉強して、タカさんと『かわむらずし』を日本一のお寿司屋さんにする!!!
                          おかみさんに簿記とかの会計学は必須だもの!!   


                                                                   」

 




「あ〜〜・・・なんておバカなこと書いてんの・・・私ってば」


冷静になってみるとすんごく恥ずかしい・・・。


「でも、おれはすごくうれしかったけど」
「えっ?!うそ、ホントに?!」
「うん」


どうしよう〜〜〜!う、うれしくって涙が出そう。
それにしても、さっきからバカみたいに叫んでいるような気がする、私。


あれ、そういえば・・・。

「そういえば、この紙、なんで掲示板なんかに貼ってあったんだろう」


この紙飛行機を知っているのはだけだし、あの時、これを飛ばしてから新しい用紙に書き直して、
こっちは捨てて・・・・・・・。


・・・・・・・・ん?


待てよ。


・・・・・・捨ててないじゃん、私。


確かあの時、が拾い上げて、ゴミ箱のそばまで行って、それから・・・それから・・・・。
見てない。捨てるとこまでは。















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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!



























管理人「はい!!掲示板の犯人はさんでしたね!」
さん「ちょっと!人聞き悪い言い方しないでよ〜!私はこうなることを予想して貼ったの!」
管理人「ホントっすか〜〜?!(疑いの目)」
さん「当たり前じゃない。タカさんの普段の視線を追ってけば、すぐ気づくわよ」
さん「うそっ!そうだったの?!」
さん「だーかーらー、『予想して』たの。『期待』じゃなくて!」
管理人「さすがさん・・・。それはそうと、クラスのみんなの前で告るってどんな気分?」
さん「え・・・?クラス・・・?・・・・・あ゛〜〜〜〜〜!!!!」




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