─── 『 I've got you under my skin 』 2





















無防備に眠る跡部を見ながら、は運転席にいる樺地に声を掛けた。
今日予約してある店の電話番号を聞いて、キャンセルの連絡をする。
あとで跡部は怒るかもしれないが、たまには人目につかないところでのんびりするものいいだろう。

学生時代には他の面々もいたからあまり気にしたことがなかったけれど、
最近跡部と二人で食事に出かけたりすることが増えて気づいたこと。


跡部はとにかく目立つ。


もともと欧米の血でも入っているらしく、そのアイスブルーの瞳や整った顔立ち、上品な物腰が他人の目を惹きつける。
本人は幼い頃から慣れているのだろうか、まったく気にしていないのだが。
跡部のお気に入りの店で食事をするときには、きまって「跡部財閥の御曹司」を見つけたどこかの企業の
お偉いさんらしき人が声を掛けてくる。
一瞬、しか気づかないような鬱陶しそうな表情を浮かべた後、爽やかな笑顔(もちろんビジネス仕様だ)を作って
にこやかに応対していた。
おそらくこういう光景が跡部の日常なのだろう。

常に他人の目に晒される毎日。
学生時代から注目されることに慣れ、それを快感にさえしているようにも思えたが、
さすがに社会人になってビジネスの世界で忙殺されるようになった今、
自分らしくいられる時間というのがいかに少ないか、跡部もわかっているのだろう。
「跡部」を継ぐことを当然のように受け入れたように見えても、
他に捨てなければならなかったものがあるのを、は知っている。
跡部が今でもテニス部の仲間を特別なものとして扱っているのは、今までの自分を否定したくないからだろうとは思った。
それでも、かつて「自分の居場所」で共に過ごした仲間に、仮面をかぶりながら生きているような自分を
さらけ出すことはできないのだ。
だからこそ、テニス部の仲間とは微妙に違う、跡部とのとてもとても細い絆のようなものが切れたときに、
跡部の中で何かが壊れてしまうのではないか、と、跡部に限ってそんなことはあり得ないと思いながらも、
そしてますます自分が恋愛と縁遠くなるとわかっていながらも、跡部から離れることができないでいるのである。













マンションに着いて跡部を起こした時には、勝手に予定を変更したに不機嫌な顔をしたが、
が有無を言わせず車から引っぱり出すと、跡部は文句を言いながらも部屋まで歩いて行った。
マンションの鍵を開けて中に入ると、跡部はジャケットを脱ぎながらそのままソファに直行し、
ドサリと身体を投げ出した。
随分強がっているようだったが、相当疲れているのだろう。
そういえば先週はパリに出張に行っていたはずだ。
ここのところ、かなりのハードスケジュールだった。
だから、マンションに来る途中、スーパーマーケットに寄って食材を買った。
高級レストランもいいけれど、今の跡部には休息が必要だ。


勝手知ったる我が家ならぬ跡部の家の台所で、手際よく料理をする
ソファで寝ている跡部が目を覚ます頃には、出来上がっているだろう。
ふと気配を感じて、振り向くと、眠っているはずの跡部が壁にもたれていた。
ネクタイを外し、ワイシャツの中程までボタンをはずしている。
横になっていたから髪は少し乱れている。
不機嫌そうなその顔は普段よりいっそう冷たく見えるが、
友人として客観的に見ても、確かにこの男は全てが整っている。
まあこんな姿も昔からしょっちゅう見ているので、今さらファンの女の子のようにときめくとかなんとかということもないのだが。


「あれ、跡部。起きたの?」
「・・・・・・なんで、してないんだよ}
「え?何が?」
「ネックレスだよ、さっきつけてやっただろうが」
「ああ、そうだ。」


急いでタオルで手を拭くと、カウンターの上に置いたネックレスを跡部に差し出す。


「受け取れない」
「あぁーん?」
「だってこれ、安物どころかめちゃめちゃ高価なものじゃん」



さっき部屋に着いてから、じっくり見たいと思ってネックレスを外して見てみた。
良くできてるわ〜とトップのジルコニアを見ていた。
何気なく裏返して見れば、そこにはブランド物には疎いでも知っている超有名ブランドの銘。
跡部が模造品を買うとは到底思えないから、間違いなく本物だろう。
ということは、てっきり人工ダイヤだと思っていたのは紛れもない本物のダイヤモンド。
安っぽくないどころか、一体いくらするものなのか・・・。
思わず顔が引きつった。


「別に高価でもなんでもねぇよ、そんなもの」
「あのねぇ、跡部には安物でも私には高級なの、TIFFANYは。」
「ふん」
「だいいち、どこが露店よ」
「似たようなもんだ。たまたま通りがかったウィンドウに飾ってあったんだよ」


おいおい、と言いたくなる、こんなとき。
目を閉じて額に手をあててため息をついた。


「・・・やっぱり受け取れないよ」
「何でだよ」
「何でって・・・何で跡部にこんな高価な物もらわなきゃならないの。理由ないじゃない」
「いちいちそんなもんが必要か?」
「当たり前でしょ?恋人でもなんでもないのに──」


バンっという音にビクッとして、思わず目を瞑った。
すぐに目を開くと、跡部が拳で壁を叩いていた。


「ちょっと、やめてよ。何やってんの──」
「オレがお前につけて欲しいと思った。それじゃ理由にならねぇのかよ」
「何言って──」
「オレがこの手でお前の首にかけてやりたいと思った。それじゃダメなのかよ」
「跡部──」




手を掴まれる。




「ちょっと待っ──」






引き寄せられて、その腕のなかに抱きすくめられた。


















「理由が必要なら、いくらでも作ってやる。」





















                 ◇ Back                                  ◇ Next ◇



















続きは、裏部屋です。
※ここからはとべません。