富士急行(昭和54年)

大月と河口湖とを結ぶ富士急行、富士急ハイランドや河口湖への観光鉄道としてのイメージが あります。大月への通勤通学鉄道としての役割も大きい鉄道ですが、観光鉄道として応えるべく セミクロスシート車も多いのが特徴です。
昭和54年当時は自社発注の3100形と5000形を除きすべて吊掛車でした。特に横須賀線で 活躍した旧モハ32系の生き残り車、モハ7030+クハ7060は当時でも大変貴重な車両でした。

  ◆車両アラカルト

横須賀線の生き残り旧モハ32系17m級7000系
昭和54年8月11日 大月駅/TD>

自社発注の3100形(左)と5000形(右)
昭和54年8月11日 河口湖駅


大観光地があるため国鉄車も乗り入れてました。左165系 急行かわぐち 右:115系普通電車
昭和54年8月12日 三つ峠−暮地

  ◆駅点描

富士急行沿線は家族連れのほか、学生の合宿地としても人気がありました。合宿で混雑する駅 の他昭和54年当時の情景を集めてみました。
合宿に向かう学生さんたちでしょうか、スポーツバックが 懐かしい
昭和54年8月11日 大月駅

急行電車から降りてきた若人で賑あうホーム
昭和54年8月11日 河口湖駅


昭和54年8月12日 谷村町駅

昭和54年8月12日 都留市駅


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