2009年 1月  更新

信州 美術館めぐり


    無言館

昨年末 信州は上田にある無言館を訪れました。

ご存知のように、第二次世界大戦で戦没した画学生の遺作が収集されています。彼等の無念が、体温が この館の中に沈んでおりました。




     風化するキャンバス           本多 洋子



   冬陽透明 どこまでも無口な空
   
ヤカタ
   館 灰色 パレットの鎮魂碑

   ギイと開く扉 空気は動かない

   自刻像ごろんと画学生のまま

   青い未来を描いた 海の絵は未完

   消しゴムでは消せない戦争の裂傷

   生きた証しに軍事郵便十二通

   裸婦像は彼の帰りを待ち続ける

   必ず帰ると 筆箱の赤半開き

   うしろ姿の自画像を描き 還らぬ人

   画学生の遺骨か 4Bの紫陽花

   石楠花の白描き残し 妻よ妻よ

   何も言えずに征った 昭和の断片

   大切に拾う 風化したキャンバス

   君を知らないけれど此処に君の体温







                         2009年12月   更新




 ドラマ吟



  文楽  平成21年錦秋公演


     しん じゅう てん の あみ しま
   心 中 天 網 島

 実際に起きた、網島の大長寺における男女の心中事件を題材に、家庭と老舗を構えながら遊蕩にうつつを抜かす紙屋治兵衛と小春が死地へと赴く過程に、それを回避せんとする治兵衛の兄・孫右衛門や女房おさんといった人びととの幾重にも絡み合う心情の機微を描き出す
                                 (観賞ガイドより)
       

           





   こてん 古典         本多 洋子



   蜆川にはおさんの涙 小春の泪

   太棹の悪口雑言 ベベンと金

   上澄みに母 心底におんなの澱

   世間体 口と心の裏おもて

   鬼も住み蛇も棲む おさんの胸の内


   治兵衛軽薄 「腐り女の四足め」

   おんなは相身互いと小春に通じ合う

   おさん黙して子供の乳母か飯炊きに

   風呂敷に義理と情けを包み込む

   一枚上手 女は神さまになれる


   道行の月を流して蜆川

   この世を捨てて冥途の道の橋づくし
















     枯れた芸        八木 侑子



   せつせつと心情を吐く住太夫

   寂と動 芝居の罠に落ちる快

   情感をじょじょに高める三味の音


   惹きこまれ人形と一体となる

   経年を想う蓑助の演技


   ボアーンと鐘 架け橋は赤い紐

   道行の段嫋々と橋尽くし

   世話物の男は今に通じない

















                            2009年11月  更新






   ドラマ吟          



  人形劇団クラルテ

    狐ライネケの裁判     原作J・W・V・ゲーテ



  
 「狐ライネケの裁判」は古代インドの寓話が、イソップのギリシャから中世ヨーロッパ北欧説話へと語り継がれ各地の物語と合体しました。ゲーテはそれを「狐ライネケ動物叙事詩」として詩に纏めました。

 動物の寓話として纏められたこの詩には、権力への怒りや、欲望への醜さや戦争への怒りが渦巻き、また自分への戒めさえも込められています。

 何時の時代にも 悪が悪を裁き、悪者が繁栄する理不尽な世界を人形劇の動物たちは見事にやってのけます。

 観劇の後、三人三様のドラマ吟に纏めました。









    裏をかく       大阪狭山市   八木 侑子


   ぬらぬらとはぐらかしては裏をかく

   わからない狐のまなこの裏の闇

   愚民の群れうまく操る独裁者

   狡猾な狐はいつも勝ち組か

   悪が悪を裁く悪の連鎖










    耳の鋭角        堺市   墨 作二郎


   糸切れた風船 雨の日の人形劇

   裁判劇は幾何学 ライオンの黄色

   目の前に土の匂い けものの匂い

   暗闇に憲法流れ 狐の裁判

   するい形のずるい生き方 現世主義

   繰り返しのパターン 悪の賛美曲

   独裁者は時に臆病 裁けぬ悪

   騙される動物 騙されて人間

   熊が居て雌鶏が居て 私利私欲

   生き残る悪 生き残れない正義

   悪役の耳の鋭角 笑って居ない目玉

   悪は無罪に 狐ライネケ胸反らす

   人形劇フィナーレ 雨は降り続く









    罪状否認        松原市   本多 洋子


   権力へ怒りが溜まるけもの道

   弱点を知り尽くすのは独裁者

   罪状否認キツネの赤いアイシャドウ

   裁くもの裁かれる者どろじあい

   永田町も霞ヶ関もキツネの餌食

   狐の尻尾 埋蔵金をほのめかす

   郵政を出るのは狐かライオンか

   裁判員はネコ・鶏・ウサギみな弱者

   ライオンも狐もムジナ科ムジナ目

   ライネケに聞かせてやろう歎異抄



















                          2009年10月  更新




        



   だまし絵展   兵庫県立美術館     本多 洋子





   フルーツポンチにしようルドルフ二世

   王様の顔はすし詰めの魚類

   薄いなあ ダミーボードの影

   虚と実の間でだまし絵が笑う

   真実は割れた硝子に語らせる

   だまし絵の種がほぐれる因数分解

   食器棚に貼り付ける日常の断面

   時間を止める壁の状差し

   マグリットが追う落日のかけら

   ダリが引き上げる海の皮膚

   水は下から流れるエッシャーの滝

   まばたき一つで昼夜反転

   背骨がよじれるエッシャーの階段

   表装からはみ出る幽霊の右手

   国芳の鼻に騙されやすくなる



   















                           
2009年9月  更新










   戦後64年            本多 洋子



 いつも通り ヒロシマ長崎の原爆記念日を過ごし、終戦記念日も経過して、今年の夏も終った。戦争体験者はますます高齢化し、生存者の数も減った。

 戦争の残酷さを今伝えて置かねばという高齢の語り部が、最後の重い口を開いた。当時17や18のうら若い従軍看護婦の、耳を覆いたくなるような、生々しい戦争体験が語られた。軍からは誰にも口外するなと厳しく口止めされていたらしい。それを戦後64年間も胸の底に凍結されていた苦しみはどんなものだっただろう。残り少ない時間を前にして、すこしでも伝えて置かねばと勇気を出された高齢者に敬意を表したい気持になった。

 戦争といえば、疎開児童の悲しい体験しか持たない私ではあるが、当時の大人たちの胸の内が 今更ながら思いやられる重い重い今年の夏であった。



   赤紙や知覧に最後のピアノ曲

   星祭り雫するのは紙の鶴

   玉スダレ純白という哀しきもの

   終戦日それ赤巻紙黄巻紙

   戦災忌 河童の水を取り替える

   てのひらに零す水あり原爆忌

   雲ふかく深く落として水たまり

   ファゴットが呼ぶ 積乱雲の波紋

   ちり紙交換 カンナの赤をひと巡り

   再会のクロワッサンとサキソホーン

  
 






















                           2009年8月  更新




  今年、我が家の月下美人は2日間で 24個も開花した。
  こんな事は珍しい。何かいいことがありそうな気配。




            

     夕方 6時頃 開花の前兆       真夜中 12時ごろ









   2009年の夏            本多 洋子




   照準を向けるとカスミソウ起立

   ゲリラ雨の真っ只中のガマガエル

   アマリリス武装解除は出来ないのよ

   ペンを持った時から戦が始まった

   カサブランカが狙う 鏡の後ろから

   切り岸に立つと怖いものが無い

   蜩が泣くから里山へは行かぬ

   ある時は攻撃的になる桔梗

   桔梗横向き 自意識過剰

   押し捲るのは写楽の右手

   隠す言葉はいっさい持たぬ鬼薊

   蝉殻を潰した指を嗅いでいる

   何かが始まる地すべりの音がする


   ビデオテープ断絶 氷河に潜り込む

   土石流に混じる 河童の皿

   ぎりぎりのところで人間に戻る

   バーコードの中の八月十五日

   ひまわりを助けに出かけるところです

   武器は持たないむき出しの煙突

   日蝕を垣間見ていた仏足石





























                         2009年7月 更新





    住吉神社 御田植神事




 田植に当って田の神を祭るのは 稲作の始まりと共に起こったらしい。毎年6月14日に住吉神社では、境内の二反歩の御田と呼ばれる神田に田植をするが、その前に田の中央の舞台と畔で、豊作を祈願する御田植神事がもようされる。昭和54年には芸能から農作業にいたるまで、重要無形文化財に指定されている。





  太鼓橋             黒毛和牛 農耕馬        植え女による田植


  武将の行列              早乙女            雑兵の棒踊り







      乳守の遊女             本多 洋子



   六月の風は御幣に笹竹に

   赤を着飾る黒毛和牛の牝二歳

   燕来て植え女の尻をすり抜ける

   水面揺れタスキの赤と黄色ゆれ

   その昔乳守(ちもり)の遊女 水さやぐ

   風はらむ早乙女の袖はにかみぬ

   清少納言の鼻唄となり 田植唄

















                           2009年6月 更新



    ある日の大泉公園(堺市)の花壇





  杉本博司  歴史の歴史展  から




 アート写真家 杉本博司の事は何もしらずに、ただふらっと 5月の風に誘われて、肥後橋にある国立国際美術館を訪れた。
 二時間ばかりの間、光と影と不思議な衝撃の中に浸っていた。
彼は次のように述べている。

 「アートとは技術のことである。眼にはみることのできない精神を物質化するための。私のアートとは私の精神の一部が眼にみえるような形で表象化されたものである。」

 このアート展の余韻に浸りながら作品に纏めてみた。







 
    衝撃                 本多 洋子



    光源は無限 千手仏千体

    空と海の隙間で揺れている悟り

    神さまが呼んでる真珠色の海

    海景に沈むモノクロの動悸

    時空を越えて伸びる確かな水平線

    風か光か音か思考回路の中

    両極に炸裂 生命の破片

    放電場に蠢く無数のアメーバー

    平成に降り立つ雷神の眼光

    塔からとりだす斑鳩のDNA

    腑分けされた廃材の脈拍

    歴史の盲腸だった塔の朽ち木

    古代からずうっと宙に浮いてる

    そもそも猫は象形文字だったりして

    人間の内部を多色刷りにする

    波立ちもせず水面下の衝撃

    世界が始まる羊水の衝撃波

    千手仏千体 おおらかに春愁


















                         2009年5月  更新







      旅は未知の世界に私を運びます

      旅は私の知らない私を発見できます

      川柳を忘れ また 川柳に戻って来た旅でした





   川越・高尾山の旅       本多洋子



  
河崎市長前太田道灌像       時の鐘          菓子屋横丁

           
                  蔵造りの町並み





   菜の花まつり上州物産館 ふわり

   小江戸川越 太田道灌わがもの顔

   菓子屋横丁 せんべい焼き芋なんでもホイ

   葱味噌手焼 割れ煎餅に歯を立てて

   午後の町 丸いポストは昼寝中

   うだつの上る町屋を舐めてソフトクリーム

   時の鐘 電子仕掛けは内緒です

   大正昭和 たっぷり残る藍暖簾

   蔵町通り 時計の看板右から読む

   木の看板のちょっとモダンな珈琲豆






   
  高尾山自然休養林     樹齢七百年の杉        薬王院

          
      高尾山中腹から東京都を臨む       たこ杉



    青葉湧く 高尾の自然休養林

    大杉の肌 神さまを呼びに行く

    拝殿・幣殿・本殿・権現堂 暗し

    杉木立 かの草の名は知らぬまま

    走り根に天狗の下駄の引っかかる

    蛸足配線 たこ杉の太っ腹

    三つ葉つつじの雑談 リフトの右ひだり

    大鳥居 天狗のうちわから青空

    振向けば花梨の花のひとり言

    花さびし旅の終りはいつもこう

















 
                           2009年4月更新




   九州大横断 春のツアー




 この3月末、「春彩九州大横断 二泊三日の旅」というツアーに参加した。
先ずは柳川のひなまつりをかわぎりに、雲仙は島原を訪れ、普賢岳ふもとの地獄巡りから武家屋敷散策、果ては有明クルーズに乗って海をわたり熊本港に到着。そこからはお決まりの阿蘇やまなみハイウェーを通過、草千里で遊んで別府に入った。ここで有志だけが参加の臼杵石仏観光にでかけた。私のここがお目当ての今回の旅行であった。

臼杵石仏での川柳は「洋子作品」のコーナーに詳しく記載しておいたしエッセイの欄にも書かせていただいたので、興味のある方はご覧いただきたい。

「テーマで川柳」のこのコーナーでは柳川のひなまつりと雲仙の地獄めぐりに関しての作品を掲載させていただく。





   柳川ひなまつり



   

 
 どんこ舟にのせられた雛          柳川水上めぐり

            

            雛飾り  さげもん      にぎやかに豪勢にさげもん








     芽やなぎのゆれる白壁なまこ壁

     さげもんと風の談笑 どんこ舟

     水光る 雛のことばに傾いて

     腰元の縮緬細工 紙細工

     母の願いを五十と一つぶらさげる

     かささぎに逢わず終いのどんこ舟

     柳川城址 学校は今春休み







   雲仙地獄めぐり


      

         





     風緩し 風生臭し地獄門

     花冷えの地獄の石橋を渡る

     関係は三角四角 邪淫の道

     お糸地獄に桃色の風 けもの道

     足元注意 地獄に柵はありません

     愛は致死量 噴出し口は硫黄色

     鬼の口 大叫喚を揺り起こす

     鶯もわれも罪びと 水のみ場









                         2009年3月  更新



  ドラマ吟

  人形劇団 クラルテ 60周年記念公演



   火の鳥   黎明編




 これは、手塚治虫原作の「火の鳥・黎明編」を人形劇としてドラマ化したものです。これを何故今、人形劇としてドラマ化したのかを脚色・演出家の東口次登氏は次のように述べています。

 「人はなぜ戦うのか?」「人は何のために生きているのか」といった、誰もがいつかは辿るテーマを、主人公の少年ナギの目線で真っ直ぐ描けたら、きっと子どもたちも同じ真っ直ぐな心で観てもらえると信じる・・・。  と。

 ドラマは、少年少女合唱団の美しいハーモニーと共に始まりました。




       


               







      火の鳥             本多 洋子
  


   うすものに透け火の山の火の鳥は

   永遠の命を鳥の血に託す

   火の鳥を欲しがる日の国のヒミコ

   人の自由 国の権威とぶつかり合う

   村中の人を殺して虚しい卑弥呼

   ヒミコのために無くしたものが多すぎる

   猿田彦ナギに目覚める愛に目覚める

   権力に振り回されるクマソの民

   だれか誰か教えて 戦さは何のため

   叫び続ける 手塚治虫も人形も




















                          2009年2月  更新



長浜別院  大通寺にて          本多 洋子


 そろそろ三寒四温の季節。1月も終わりの穏やかな一日を選んで、長浜は北国街道から大通寺までを歩いた。

 朝10時にはJR長浜駅に到着した。遠景に伊吹山の冠雪がキラキラ光って眩しかった。観光客もまばらで、透明なさわやかな空気を胸の底まで吸い込む事が出来た。

 戦国時代のはじめ、湖北三郡の真宗寺院の中核をなしたのが、「長浜の御坊さん」と呼ばれる大通寺である。

 彦根藩主井伊直孝の援助で伏見城の遺構と伝えられる本堂や広間を譲り受け、寺観の整備を図ったという。真宗大谷派の別格別院である。したがって建物は書院造の構成そのままであったり、本堂ともども桃山風御殿の豪華な趣を伝えている。




          


                





     春寒し 近江の人に背を押さる

     伊吹山借景 大通寺の甍

     山門に龍猛々し 鳩の糞
  
     寺の鳩ひとりの婆を包囲する

     台所門 戦さの疵が残される

     残雪に血こんの跡 紅椿

     本堂は伏見桃山 武者隠し

     輿入れの姫様のかご 春隣り

     どどっと支配 金地墨画の梅の枝

     北国街道 春まだ浅き水の音
 

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テーマで川柳
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ここでは連作で川柳を楽しみます。

音楽を聴いて 美術にに親しんで あるいは映画を観て ドラマを見て・何でもいいのですが、5・7・5 の一行だけでなく、まとめて連作を試みたいのです。

作品同士が凭れあってしまってもどうかと思いますが、連作ならではの広がりが楽しめると思っています。

ひとつの試みとして とても意義があると思うのですが如何でしょうか。