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炎の涙

 

「魔道士って言うのは才能なんだよ」

そう言う度にペルスヴェルが浮かべた自虐的な微笑が忘れられないパラスレイアの魔道球に触れるたびにエニードの脳裡にそれは現れ、彼女落ち込ませた。彼が才能にこだわるのは、彼が自分に才能が無いと思い込んでいるからだと彼女は思う。そんなことは無いはずだ。あんなに自由に雷を使いこなす彼に才能が無いとはエニードには考えられない。そんな風に自分を否定するようなことを、誰が彼に教えたのだろう?

 

「でもね、エニード。魔道はやっぱり才能なのよ」

「アイギナさんもそう思うんですか?」

「ええ」

 そのことをエニードが問うと、アイギナは割りとすっきりとした表情で頷いた。

「誰でも使えると言うわけではないし、修練したからといって芽が出るものでもないから」

「私が風の魔法を上手く扱えないのも、才能が無いからですか?」

「そうかもね。わたくしが雷の魔法を扱えないのも、才能が無いからかもね」

「あっ・・・・」

失言だったとエニードがうつむくと、アイギナは「平気よ」と少し笑った。

「リアナの家系は、みんな雷の魔法が苦手なのよ。これは遺伝ね」

「遺伝・・・・」

エニードはばつが悪そうに顔を上げてアイギナの言葉を反芻した。

「魔道って言うのはね・・・親次第って部分もあるかもしれないわね。わたくしがパラスリアナを扱えるのも母が扱えたからだし、エニードがパラスレイアを扱えるのも、やっぱり貴女のお母様がヴェリアの乙女だったからでしょう?」

「母は、魔法なんて・・・」

アイギナの言葉にエニードは言葉を濁した。図書館でアルムートにも言われたが、ローランド公国の血筋にレイア王国の血など混じったことなどあるのだろうか。何度家系図を見直してもレイアの姫が輿入れしたと言う文字は見つけられなかった。

「ヴェリアの使徒は血筋によってのみ継がれるものよ。それ以外の可能性は無いわ」

「遺伝・・・なんですね」

「そうでしょうね。でも、わたくしもペルスヴェルに才能が無いとは思わないわね・・・。だって彼ほどに雷を上手く操るなんて、私には出来ないし。彼はきっと謙遜しているのよ」

 

 よくよく思い出せば、このパラスレイアの魔道球はペルスヴェルの母の遺品だ。では彼の母が、私の生みの母なのか?アイギナとアルムートの言葉を思い出す。彼らの言葉が真実であれば、そういうことになる。しかしエニードには既に母がいたし、叔父も、祖父も、祖母もいる。今更産みの母が他にいたとしても、申し訳ないが母とは認識できそうにも無かった。

 そして、それを確かめる術を彼女はもう持っていなかった。唯一真実を知るペルスヴェルにはずっと避けられていて、パラスレイアを渡されたその時から一言も口を利いていない。

彼から意図的に避けられていることも、エニードには辛く感じられた。エニードは年頃だ。恋を知らぬわけではない。それがとても辛くて、枕を濡らした夜もある。嫌われたのだろうか?

「エニードには才能があるね。きっとすぐに雷も風も扱えるようになるんじゃないかな?」

炎魔法を初めて扱えたとき、彼のその言葉に素直に喜んだ。彼に褒めてもらえるのが何より嬉しかった。しかし、ただ褒められているのだと思い込んでいた自分は子供だった、とエニードは改めて思わざるを得ない。彼の笑顔と、言葉の裏に隠された嫉妬に気が付かなかったとことに対して、彼女は恥を覚えた。

 

「それはみっともない嫉妬ね。エニードはそんな男がいいの?」

アイギナに呆れ口調で返されて、エニードは言葉に詰まった。嫉妬深い男はよくないわ、とアイギナに一刀両断されて、返す言葉が無いとは当にこのことである。

「でも、彼・・・・ずっと教えてくれたのに、私、気が付かなくて・・・嫌われても仕方ないのかなって」

「仕方ないって、弱気ね。どうせ彼にはパラスレイアは使えないのに・・・・あ、もしかしてペルスヴェルって才能コンプレックスなのかしら」

容赦の無いアイギナの言葉にエニードは苦笑いを浮かべた。才能コンプレックスについて否定は出来ないかもしれない。しかしエニードは肯定もできずに微苦笑を浮かべたまま言葉を失った。

 

彼のコンプレックスの引き金は、おそらくこのパラスレイアだとエニードは思う。努力で雷と風の魔法を身につけたペルスヴェルに対して、この魔道球はその彼の努力をあっさりと否定したに違いない。

ヴェリアの使徒にだけ使うことが許された魔道球に対して努力も才能もへったくれもない、とアイギナは一刀両断したが、それ以上にペルスヴェルは炎の魔法が使えなかった。炎魔法は彼の母親が最も得意とした魔法だったらしい。実母ではないにしても、母が扱える魔法を自分が扱えないことは彼にとってショックだっただろう。エニードだって、彼の扱える風魔法を自分が扱えないことにはショックを覚えた。この先修練を積めば使えるようになるかもしれない、そうペルスヴェルは言ってくれたが、それも彼にとっては気休め程度にしか感じられなかったとことだろう。

努力ゆえの嫉妬を、エニードは否定することが出来ない。それは自分が剣の扱いの下手さをシノン軍に入ってから思い知らされたからだ。同じ年頃の娘の剣捌きに、自分も彼と同じように嫉妬したのだ。だから否定など出来ない。そしてその嫉妬を察してあげられなかったことに対して恥じ入った。同じ嫉妬を知る人間として、解ってあげられなかったことをエニードは純粋に恥じた。好き故の恥であることに、彼女は気が付かなかった。

 

エニードはアイギナと別れた後、不得手な雷魔法の修練のために魔法壁のひかれた魔道修練場を訪れた。せめて、彼が自在に操る雷魔法を上手になりたいと思った。

だが、修練場に足を踏み入れて、先客がいることに彼女は気が付いた。よく知った気配だった。

ペルスヴェルが黙ってファイアの魔道球を手に佇んでいる。精神集中を行っている彼は、エニードの気配には気が付かない。

 そんな彼の背を見つめて、エニードは思った。

(貴方は魔道の才能よりもすごい才能を彼は持っているわ。努力するって、貴方が思う以上にすごいことよ。

ねぇ、ペルスヴェル。魔道は才能かもしれない。でもね・・・・)

「でもね、努力に勝る才能なんて、きっと無いよ」

 そう呟くと、エニードはその場を辞した。火精が集まり始めていて、パラスレイアが反応している。彼はきっと炎魔法が使えるようになる。いいえ、絶対に。

 明日からは避けられても彼に話しかけよう、エニードはそう心に誓って踵をかえした。