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明日へ |
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「残った馬がこれだけとはね・・・」 シロックは厩舎で戻ってきた馬の様子を眺めながら溜め息をついた。盗まれたんだから当然売りに出されているとは思ったが、まさか二十頭ほどしか戻ってこないとは。ニーム山賊は性質が悪いと秘書のティアンナが言っていたが、まさかこう言う結果になるとは思わずである。 「残っていただけ良しとしましょう。もしかしたら全部売られていたかもしれなかったんだし」 「まぁね・・・しかし、こんなんでどうやって戦争するんだい?」 馬もないのに、とシロックが呟くとブラシで馬の毛並み手入れをしていたクリスは言葉に詰まった。 「それは・・・仕方ないことだわ。隊長が軍馬取引所のオーナーに掛け合うって言っていたし、待つしかないわね」 シノン軍が快足を鳴らしていたのは、軍馬が、シノン馬があってのことだ。馬のないシノン軍などシロックはあまり考えた事がない。シノン本国には歩兵軍団いたが、それは殆ど城の近衛兵団の所属でこの遠征には来ていない。 指揮官であるリースもこの馬泥棒の一件は上に報告をしていないようだった。報告すれば軍内でシノン公国の立場がますます悪くなる。宮廷でのストレスからか、このところシノン公子からは溜め息が絶えない。 ふと、入り口の方から長い影が揺れて人が現れた。アデルと薄紅色の髪の少女だった。 「あ、すごーい。ちょっと見てきてもいいかな?」 「自由にしていいよ。・・・私はここにいたほうがいいかな」 「あ、もう道は分かるからいいよ。アデルさん、案内してくれてありがとう」 言葉遣いとは裏腹に、少女は丁寧に謝辞を述べると奥の方へ駆けて行った。立派だなー、さすが軍馬、と少女の声が聞こえてきた。 「・・・誰だい、あの子?」 シロックがアデルに問うと、アデルは「彼女はセネだよ」と答えた。 「館の周りで迷っていたんだ。リース様が騎士団に置くと言われたし、紹介も兼ねて騎士団本部を案内していたんだ」 「リース様が?まだ子どもなのに・・・」クリスが唖然とした顔で言う。まだ十代半ばの少女が戦争の只中に身を置くとは、とシロックも目を丸くした。 「隊長も驚かれていたよ。俺もちょっと驚いた」アデルはそういって苦笑いを浮かべた。 シロックは感心したような声で「へぇ、じゃあリース様が直々にスカウトしたってことか・・・」と言う。 「でも、何故?ていうか何故厩舎に?」 「だってあたしが馬の在り処を教えてあげたんだもん。公子様は隊長のおじさんの言うこと聞くならここに居てもいいって言ってくれたし」 クリスのその問いに、奥からセネの声が飛んできた。 「初めまして騎士様、あたしセネっていいます」 「初めまして、セネ・・・私はシノン騎士団の石弓部隊のクリスです」 「リース様も結構フランクな所あるんだな。俺は弓部隊のシロックだ、よろしく」 「クリスさんとシロックさんか・・うん、覚えたよ。よろしくおねがいします」 シロックから握手を求められて、臆することなくセネはそれに応えた。 「・・・たしか、軍馬がニーム山賊の根城にいたと報告したのはギルドの若い女の子だったと隊長が言っていたけど、それはセネ、あなたのことかしら?」 クリスのその問いにセネは頷く。 「うん。あたしさ、ちょっとニーム山賊のお宝に用があって・・・そん時に軍馬を見掛けたんだよね。で、あのおじさん・・じゃなかった、ウォード隊長がギルド長と馬が足りないだのと話してるの聞いちゃって、教えてあげたって訳」 「お宝・・・じゃあ、あなたはシーフか何か?」 「そうだよ。元々はギルドで細々傭兵やってたんだけど、入ってくる仕事、あんまり好きじゃなくてさ・・・軍隊もあんまり好きじゃないけど、助けてもらったし、縁がありそうだからここで仕事したいなと思って。公子様に開錠や探索みたいな隠密業得意ですって営業したら、いいって言ってくれてちょっと安心したかな。公子様っていい人だね」 そうセネは言うと、くるっと一回転して少し寂しそうに微笑んだ。 「騎士様は知らないかもしれないけど、この街は余所者には肩身狭いんだ。街の外の治安悪いし、あの変な王様がやってきたら街の中までなんだか変になっちゃって」 「そうだったのか・・・」 シロックは納得したように相槌を打った。どうりで馬が少ないとはいえ、戻ってきたわけである。情報提供者は傭兵であるのにタダで案内までしたと言うし、意外と商売上手な娘だと思った。 「このご時世だから傭兵やる奴多いだろうけど、意外と稼げないものかな?」 「さぁ・・・人次第だと思うけど、やっぱり腕の立つ人にはいっぱい依頼来るよ。駆け出しとかはやっぱり辛いよね」 「まぁ、当然か・・・」 「それはそうだろうね」 「でも、公子様は駆け出しの人の方に声を掛けているみたいだから、若い傭兵の人にはシノン騎士団は人気あるよ」 シロックの言葉にセネは笑った。「そうやって考えると公子様もけっこうフランクかな?」 セネは先ほどのシロックの言葉を茶化して言うとクリスとアデルが少し笑った。シロックは苦笑いを浮かべた。そうやって悪戯そうに笑うセネの姿がやっと歳相応に見えて、その場にいた三人の大人たちは少し安堵した。 何故彼女がナルヴィアで傭兵をやっているのか、何処から来たのか、きっと騎士団の誰も知らないだろう。分かるのは、彼女がこれまで苦労してやってきたと言うことだけだ。戦乱の世だ。苦労がなかったわけがない。 「馬が無いと戦争するのは大変だよね。あたし、遊牧民の出身だから馬がない苦労は知ってるんだ」 セネは馬の首を撫でながら明るく言う。割り切っているのか、空元気なのかシロックには判別がつかない。 「・・・・・盗まれた馬が戻ってきたのはセネのお陰ね」 「ううん、シノン騎士団の人達が助けてくれたからだよ。マジでやばかったんだよね、あの時。だから馬の情報はそのお礼と、挨拶を兼ねてるわけ!」 クリスの言葉に明るい声でセネは返す。 「あたしは、まだ子どもだけど・・・でも、頑張るから」 そのセネの声を聞いて、シロックは改めて戦争の影響を感じた。 馬は全然足りない。武器だってそんなに豊富にあるわけではない。戦力もそれほど充実しているとは言いがたい。傭兵を雇い入れてはいるが、予算がそれほどあるわけでもない。でも戦わなくてはいけない。戦争とはこんなものかな、とシロックは思う。ナイナイ尽くしだ。 でも、これでも結構ある方かも、とシロックは思った。少し前向きになったようだ。 「だから、よろしくお願いします」 改めて頭を下げたセネに、クリスが恭しく辞儀を返した。 「こちらこそ、よろしくおねがいします、セネ」 顔を上げたときの二人の顔は、笑顔だった。 |
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