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紅玉の決意 |
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「・・・・あれ、本気だったのか・・・。ルヴィ、だけど」 「冗談でこんな格好をしていると思うの?私は本気よ」 目の前に現れた少女の見慣れぬ凛々しい格好にアーサーは目を丸くした。驚きの一言に尽きた。アレはただ単なる口からでまかせと言う奴ではなかったのか?無骨な甲冑を身に着けたルヴィの姿をアーサーは似合わない、と思ったがそれは言わないでおいた。 「いや、冗談とは言わないけど・・・ルヴィ、君、武器は扱えるのか?」 「武器の心得ぐらいはあるわ。この剣がおもちゃに見えるかしら。アーサー、ギルドに登録したって言っていたわよね。私も登録しようかと思って。傭兵として手柄を挙げれば騎士として登用されるかもしれないでしょ」 「え!?けど」 「女だから、とか言わないでよ」 ルヴィはたじろぐアーサーの目を睨みつける。言わんとする事を見透かされてアーサーはどうすべきか迷った。クリフォード殿に言うべきだろうか、と一瞬思ったが、しかしそれはダメだと思い直した。彼女がこんな格好をしている原因はおそらく、あの父親にあるのだ。 そうだ、原因は昨日の酒場での親子喧嘩だろう。関るんじゃなかった、厄介な事になったなぁ、とアーサーは内心頭を抱えた。ルヴィの気の強さをアーサーは昔から知っている。どうすべきか、とアーサーは溜め息をついた。 時間は昨日にさかのぼる-------- 昼下がりの酒場は空いている。普段は静かそのものだった。その静かな昼の酒場から聞き慣れた甲高い怒声が聞こえてきて、アーサーは足を止めた。はっきりとは聞き取れないが、その声の主は紛れも無く彼の幼馴染のルヴィだとアーサーは思った。 (どうして昼間から酒場に彼女がいるんだ?) 不思議に思って酒場の扉を開けると、「父上のそのような腑抜けた姿を見たら母上はさぞかし悲しむでしょうね!」というルヴィの怒声がアレックスの「いらっしゃいませ」と言う言葉より先にアーサーを迎えた。 「ルヴィ?」 唖然としてルヴィの名を呼んだが、彼女は何も言わずに飲んだ暮れる金髪の男に一方的に怒声を浴びせていて気がつかない。アーサーは不可解なこの状況の説明をアレックスに求めた。 「マスター、これは一体?」 「ああ、アーサー・・・君、クリフォードさんと知り合いかい?」 「え、ええ。クリフォード殿なら知ってますけど・・・もしかして・・・あれ、父上って・・・」 「あの親子喧嘩止めて来てもらえるかな・・・これでどう?」 アレックスは頭が痛そうに言うと新しい酒を開けてコップに半分ほど注いだ。昼間からこれでは頭も痛いだろうな、とアーサーはアレックスに同情した。 「お酒はいいんですけど・・・何でケンカしてるんですか?」 「いやね、クリフォードさんの最近の堕落振りに娘さんが腹を立てているようなんだよ。奥さん亡くされてから毎日毎日飲みに来るもんで、堪忍袋の緒が切れたって言うのかな・・・気持ちは分かるけどここ最近ずっとこの調子でね・・・」 「そうだったんですか・・・・」 アレックスの溜め息にアーサーは苦笑いを浮かべてカウンターを離れた。ルヴィもクリフォードも近づいても全く気付かない。どうやって彼女を諌めようか、アーサーは考えながら「ルヴィ」と声をかけた。 「あら、アーサー。久しぶりね」 「ああ、うん、久しぶり。ルヴィ、こんなところで親子喧嘩かい?」 「いいえ、ただの説教です」 ルヴィは平静を装ってそういうと背を向けて飲んだ暮れる父親を睨み付けた。顔はアルコールで紅潮し、以前は整えられていた金の髪はどうでもよさそうに崩れている。アーサーはこれじゃ分からないかも、と思いながらクリフォードにも挨拶をした。 「ご無沙汰しております、クリフォード様。アーサーです」 「・・・・ああ、ハロルドのところの息子か・・・」 クリフォードのその言葉にルヴィは「父上!」と怒鳴った。 「何て言い様ですか!騎士にあるまじき恥ずべき態度です!ナルヴィアに名を馳せた騎士とは思えません!」 「ルヴィ、落ち着いて・・・」 「落ち着いていられるものですか!私はこのよう場末の酒場で飲み暮らす奴を許せないわ!・・・・そう」 ルヴィは一旦言葉を切ると、アーサーの顔をまじまじと見つめた。 「? ・・・どうかしたの?」 「アーサー、貴方、傭兵ギルドに登録したと風の噂で聞いたけど、それは本当かしら」 「・・え、うん」 「そう・・・立派だわ。・・・・父上がここで飲み暮らし、騎士としての誇りを捨てると言うのなら、わたくしが父上の跡を継いで騎士になるべく努力をいたします。アーサーもハロルド様の跡を継ぐそうですし、わたくしもそれに倣おうかと思います」 「なにっ!?」 「え!?」 それまでルヴィの言葉に無反応だったクリフォードがそのルヴィの言葉に反応して振り向いた。アーサーも驚きで目を丸くする。ルヴィは不機嫌そうな表情で「ダメと言われても、もう決めたことですから」と意地悪く言った。 「女のお前が私の跡を継ぐなどダメだ!家に戻れ!」 「そんな風に偉そうに仰るのならまず父上が家に帰ってください!ダメなのは父上の態度です!」 ルヴィはそういうとバン!と両手を机に叩きつけた。 「ではわたくし準備がありますので先に帰らせていただきます。父上は精々娘の活躍を祈ってここで祝杯でも挙げていてくださいませ」 「待てっ!ルヴィ!」 「待ちません!行きましょう、アーサー!」 「え?」 いいの?と問いたかったがその前にルヴィに腕をつかまれ、気がついたらアーサーは酒場の外に出ていた。彼を引き摺るように彼女は歩いていたが、しばらくするとルヴィは足を止め、みっともないところを見せたと頭を下げた。 「いや、僕は別に・・・でも、知らなかったな、クリフォード殿があんな風に飲み暮らしているなんて」 アーサーは以前のクリフォードと今のクリフォードを頭の中で比べて見たが、どう考えても同一人物とは思いがたかった。人間は変わるものだなぁ、と思った。 「父は母が亡くなってからずっとあの調子なの。本当にどうしようかと思っていたのだけど・・・アーサー、貴方のお陰で決心がついたわ。ありがとう」 「え?い、いや・・・もしかしてさっきのあの騎士になるって、まさか本気じゃ?当て付けだよね?」 「父上に騎士としての誇りを思い出していただくためにも、私が行動で示さなければ。そうよね」 アーサーの質問に答えず、ルヴィは自分で自分自身を納得させるように呟くと、「じゃあね」と一方的に別れを告げて家に向かって歩いていった。 取り残されたアーサーは唖然として彼女の後姿を見送ったのだが---------- アーサーの溜め息にルヴィは鋭い視線を向ける。ルヴィは深窓の令嬢と噂が立つほどの美少女だが、こんな鎧を身につけ帯剣していたら誰も分からないだろうなぁ、とアーサーは思う。まして戦場に立つなど誰が考えるだろうか。 「何か思うところでもあるかしら?」 「いや・・・ルヴィ、危険だよ。傭兵に登録なんて。仰ぐべき主君のいない女性騎士なんてきっと嫌な思いだってするし・・・・その格好だってあんまり、似合ってないし」 「似合って無くても、嫌な思いをしたとしても、私は騎士としての誇りを捨てるわけには行かないわ!父上にもその事を分かってもらわなくては。剣も槍も乗馬も、この日のために訓練してきたのに、無駄に出来るもんですか」 勇ましいなぁ、とアーサーは思う。昔から誰に似たのか気が強いこの幼馴染は、深窓の令嬢と噂高かったが実際は男顔負けの強情さを持っていた。やるといったら彼女はやるのだ。彼女の手に出来た肉刺を見てアーサーは彼女が以前から騎士になると言う選択肢を視野に入れていた事を悟った。 別に自分は父親の跡を継ぐと言う理由でギルドに入ったわけではない。父が帝国に寝返ったという噂のお陰でナルヴィア軍に入隊を拒まれ、仕方ないから稼ぐ為に傭兵として登録しただけだ。自分と比べたら、ルヴィのほうが何と前向きなことだろう。 「・・・・我侭と思われたって別に構わないわ。私は先にギルドに行ってます」 彼女はそう言い捨てると、くるりと背を向けて歩き出した。白いワンピースではなく、薄桃の外套を風に靡かせて彼女はどんどん歩いていく。 アーサーは慌てて彼女の後を追った。一人で行かせる訳には行かない。そう思った。 |