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三つ編

 

「セディ、変わった髪形をしているね?」

騎士団本部の小さな中庭で寝転がるセディにリースは声をかけた。任務要請も無く、仕事も片が付いた。そんな暖かい昼下がりだった。

「あ、公子様。・・・これのこと?」

「うん。誰かに編んでもらったのかい?」

セディは起き上がり、自分の背に垂れる編みこまれた髪の毛を持ち上げた。櫛が入ったせいか、少し量が減ったように思える。

「ルヴィさんにやられた。髪の毛結んでたら、結ってくれるって言うから任せたら、こんな風に」

「ルヴィが?へぇ・・・でも、よく似合っているよ。これからは三つ編にしたらどうだい?」

「えー」

リースのその言葉に、セディは不満そうな顔を見せる。

「女の子みたいってチビどもに言われたから嫌だよ。この髪の毛は今日だけ!」

「勿体無いなぁ」

そう言いながらリースは笑った。意地を張るセディの姿が面白かった。そういえば、今朝ルヴィを見たとき確かに彼女も髪の毛を一本に編み込んでいた。お揃いなのだな、と彼女より少し短めの三つ編を見ながら思った。

笑う雇い主の顔をセディは恨めしい目で見た。乾いた風が二人の金の前髪を揺らす。

「・・・リース様、仕事に行かないの?」

「少し休憩だ。こんな天気のいい日に仕事ばかりじゃ気がおかしくなるよ」

「戦争屋が事務屋の真似事するのは疲れるよね」

「・・・手厳しいね」

毒舌なセディの言葉にリースは苦笑を漏らす。歳に似合わぬ言葉を彼は持っていた。大人と対等に渡り合う中で身に着けたのだろうか、子どもらしさはあまり感じられない。

「君こそ、暇そうだね」

「さっき修道院にお使いに行ってきたよ。したらなんか、今日はもう暇にしてていいってティアンナさんに言われた」

「いいなー、私も暇にしていいってティアンナから言われてみたいよ」

「さっきから休んでるじゃん」セディは少し笑いを抑えるような声で言う。「ずる休み?」

「自主的に休憩中なんだよ。ずる休みじゃない」と、ぼけたような声でリースは返した。

「ふーん・・・」

 三つ編の結び目が首に当たるのが気になるようで、セディは頭を揺らす。それにつられるように三つ編が振り子のように揺れた。

「セディは何で髪を伸ばしているんだい?」

「何でそんなこと聞くの?」

「・・・・聞いちゃいけなかったかな。それだけ伸ばしているのだから、ワケがあると思ったのだけど」

セディの拒絶するような素早い切り替えしにリースは少し言葉に詰まった。セディが詮索を嫌うことをリースは知らなかった。何も知らない、と目顔で語るリースの顔を見て、セディは「別にそんなこと無いけどさ」と言葉を濁した。

「・・・・・髪の毛って売れるんだよ。長ければ長いほど高値でね。鬘になるから」

「へぇ・・・初めて知った」

リースはセディのその言葉に目を丸くした。セディはそんなリースの様子にさして気に留めずに言葉を告ぐ。

「だろうね。で、俺の髪の毛は見ての通りどこぞの貴族じゃないけどブロンドだから、一番値がつくんだ。・・・そりゃあ大して稼げるってワケじゃないけどさ。ここで雇ってもらった方が稼げるし」

流れる雲を見上げながらセディは淡々と言う。

「まぁ、いざって時にすぐに金に換えられるものがあったほうがいいから、伸ばしているってワケ」

「そうだったのか・・・」

「ちょっとした保険って奴だよ。公子様は一つ物知りになったね」

そう言って、セディは仰向けに寝転がった。

「そういう事だと、その髪の毛は切らない方がいいんだね」

「・・・そうかもね」

「じゃあ、私はこれで休憩終わりだ」

そう言うとリースは立ち上がって草を払う。

「? なんで?」

「早く戦争が終わって、セディが髪の毛を切る必要がなくなるには私みたいな人間が働かなくちゃね」

「・・・・戦争が終わっても、貧乏はなくならないけど」

「マシにはなるかもしれないだろう?」

「・・・・・うん、そうかもしれない」

ボーイソプラノが、少しだけ静かになる。「理想だけどね」と付け加えた。

「そうだね。だからその理想をかなえるためにも、もう少し三つ編でいるといいと思うよ」

「だから、この髪型は今日限りだってば」

意地っ張りなセディの言葉にリースはまた少し笑って、小さな中庭を後にした。