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けんか友達

 

優れた剣士とは、剣に頼らず己の剣術のみで戦場を征すものである、と、フェイは胸に刻んでいた。

彼女は幼いころからそれを信じ、身軽な体を活かした連続攻撃や受け流しの技術を学んだ。代々伝わる神舞剣の使い手として彼女は修練を積み、いずれ伝授される日を心待ちにしていた。

(きっとカオスを打ち倒せば、父上も私の剣を認めてくださる筈)

そんなことを思いながら彼女はカオスの噂を追って西へ西へと旅を続け、ナルヴィアにたどり着いたころには路銀が尽きた。金がないのではカオスは追えない。カオスの情報をつかむためにナルヴィアに留まり、傭兵業をしてカオスを追うための路銀を稼ごうと彼女は考えた。最後につかんだ情報では、カオスはこのナルヴィア一帯で活動をしているという。都合が良かった。

 

優れた剣士とは、優れた剣によって活かされ、また活かすものである、とクレイマーは常々思っていた。

彼はアルシオーネの神話を夢見て、自分も「斯くあるべき」と信じ、自らに寄り添うべき名剣を捜し求めて家を飛び出し、各地をふらふらしていた。

(一体俺の運命の剣はどこにあるんだろうか)

 そんなことを思いながら彼は西へ東へ旅を続け、時々用心棒などの小銭を稼ぎながら名剣の噂をたどってナルヴィアにたどり着いた。この辺は山賊が跋扈しており、そいつらが襲った貴族や神殿の宝物を溜め込んでいるかもしれないな、と宿屋の主人は話していた。なるほど、そういう考え方もあるかと彼は納得し、ナルヴィアで傭兵になることを決めた。英雄への道も、こうした一歩から。意外と地道だった。

 

 

 そんな彼らがギルドに傭兵登録してしばらく経ったある日、詰所で出会った。話しかけてのはクレイマーだった。

「あんたのその剣、凄いな」

「え、この剣ですか?」

フェイの腰に差してある無骨ながら美しい装飾柄にクレイマーは目を奪われた。

「ただの剣ですけど・・・・・これが何か?」

ただの剣というのは嘘である。彼女が腰に差した一振りは実家の蔵から持ち出した、業物だ。彼女が一人前になったときのために腕のいい鍛冶師が鍛えた一品である。

「いいや、俺はそんな反りの剣は見たことない。シャムシールとか、その辺と似ている気もするが、それとは違うような気もする・・・」

「これは・・・この辺ではこのタイプの剣は見かけないでしょうね。イズミルでは良く見かける曲刀ですよ。シャムシールはもっと大振りですけど」見る目があるわ、と内心フェイは驚きながらも答える。

「そうなのか。あんた、イズミルの出身なのか?」

「ええ、イズミルから参りましたフェイです」

若い小娘だからとなめられては困る、と、フェイは出身を明らかにしていた。イズミルといえば有能な剣士を数多く輩出する地域だ。こう名乗れば一目置かれることを外の世界で彼女は学んだ。例に漏れず、クレイマーは驚いた。

「へぇ、イズミルか・・・凄い剣があるんだろうなぁ・・・。あ、俺はクレイマーっていうんだ。このギルドじゃ新参だけど、よろしくな」

「私もまだ入ったばかりの新参です。よろしくお願いします。・・・クレイマーさんは、剣を探しているんですか?」

「ああ、俺の運命の剣を探しているんだ。今は探し中だが、きっと巡り会えるはずなんだ」

微妙に要領を得ないクレイマーの返事に、フェイは当惑して「はぁ・・・」と答えた。

「例えば、アルシオーネが使ったとされるバルムンクとか、この国に伝わるサクシードとか、そういう剣が俺にも必ずあるはずなんだが・・・」

「わかりました、伝説の剣を探してらっしゃるんですね」漸く納得してフェイは膝を叩いた。「でも、この剣は残念ですけど普通の剣ですよ」

「そうなのか。俺の目には凄く良いものにみえるけどな。でも俺には似合わなそうだ」

「そのロングソード、凄く似合ってますけど・・・・」

 自分の物差しで話を進めるクレイマーに呆れながらもフェイは言葉を継いだ。「なんかすっごい、傭兵です、って感じで」

「まぁ、今はなー。まだ駆け出しだしな。でもいずれ二つ名がつくような剣士に俺はなるつもりだ。こんなロングソードではなくて、もっと凄い剣が似合うようなそういう剣士に俺はなりたいんだ」

「そうですか・・・立派な剣士が振ればどんな剣でも名剣だと私は思いますけど」

「そんなことはない、立派な剣士は名剣を持ってるもんだ」

「そんなことはないですよ、立派な剣士が持てばどんな剣も名剣です。要は使い方です」

「いやいや、二つ名がつくような剣士なら、絶対似合った剣を持つべきだろ」

「いいえ、有能な剣士は、どんな剣であっても使いこなせてこそ。剣に拘るなんて邪道です!」

「じゃあお前が持ってるその剣は何だよ!名剣じゃないか!」

「これはよくある普通の剣です!」

互いに持論を譲らず、だんだん白熱してきた二人の声はでかくなってきた。広いとはいえない詰所で二人の声は、特に甲高いフェイの声はよく響き、人目を引く。だんだん人が集まり、気がつけば衆人のど真ん中で彼らは口げんかを披露していた。他人から言わせれば、まさにどうでもいいことで二人は口論を延々と続ける。

「そもそも剣に拘るなんて、浅はかな考えです!どんな剣でも使い続ければ折れるって言うのに・・・」

「そんなことはない!その人間を英雄に導くような剣ならばそんな簡単には折れない!」

「折れます!」

「折れない!」

「折れる!」

「折れない!」

「そんなのどっちでもいいよ・・・・・」

 一番前で呆れ顔で観戦していたセネがぼそっとつぶやいた。「それよりも、これから仕事なんだけど・・・」

「あ、そういえば・・・」セネの声にフェイは我に返った。彼女から用心棒として仕事を手伝ってくれと頼まれていたのだった。「・・・・・今日は、ここまでにしておきます」

そうフェイが言うと、集まっていた人は興味を失って散っていき、三人だけが残った。

「待てよ。セネが行くって事は宝漁りの仕事だな?俺も行く」セネの言葉を待たずにクレイマーは即決すると、「行こう!」とセネを促した。

「ええっ、あんたも連れて行くの?」

「何で来るんですか?」セネとフェイは口を揃えて文句を言った。が、クレイマーは気にしない。

「当たり前だろ。俺はそのために傭兵やってんだから」

「知らないよ、そんなの・・・」呆れたような声でセネは告げる。「だいたい、ついてきてもノーギャラだよ」

「英雄って言うのは見返りを求めないんだよ。さ、まだ見ぬ運命の剣を目指して行こうぜ」

「・・・・・・・・・バリバリ求めてるじゃん・・・」

俺の世界で動くクレイマーにセネはため息をついた。護衛は多いに越したことはないから、彼女はそれ以上何も言わず、文句いっぱいのフェイを宥めながらニーム山へ向かった。

 

 

 その後の二人は道中絶えず言い合いをし、ナルヴィアに戻ってシノン軍によく雇われるようになってからも口げんかが絶えなかった。結局二人は、互いに奥儀と宝剣を手に入れるまでけんかを続けることになる。二人とも矛盾を抱えた持論を爆発させ、その日を迎えるまで周囲の人間を多いに楽しませたという。