写真x 写真00 MGC のルガーは、当時としては最高の出来栄えで、なおかつマニアックな要素がたっぷりと詰め込まれています。 ただしルガーのことをよく知ってからでないと読み解けません。
ではでは読み解いていこうではありませんか・・。
 

外観

ムック本 基本的には、米国のコレクターが言うところの
ブラック・ウィドウ Black Widow Luger
を外観の参考にしています。
このことは、くろがねさんのムック本に詳しく書かれています。
 
ブラックウィドウというのは、正式な分類ではなく通称です。おおむね定義としては 1941年から42年にモーゼル社で生産されたP 08 を指し、黒いグリップ、黒いトリガー、 黒いマガジンボトム、と黒尽くしです。希少なモデルです。
 
マガジンは当然後期型であるハーネル社の物で フレームにはP 08 の刻印が入れられています。
実銃の写真です↓。こんな感じでしょう。
 
写真02
↓こちらは、MGC 初期型フレームにパーツを組み合わせたものです。トグルが閉まり切っていないのは、 中間ピンがずれているためです。不覚でした。では特徴を見ていきましょう。
写真03

ブラックウィドウの特徴

写真04 フレームのP 08 刻印、縁取りの付いた黒いグリップ。
フレームからすこし飛び出たハーネル社のマガジン・ボトム。
そうして何といってもここ↓。 写真05
モーゼル・ハンプ Mauser hump といって
モーゼル社の1934年製と1937年製以降にみられるフレーム後端の 丸い飛び出しが特徴です。
これは、飛び出ているように見えますが、実は下のほうを削っているのが真相です。
 
もともとフレーム長が129mmであったニュールガー(9mmルガー)のフレーム長を アクセルピン脱落事故の防止のために1mm伸ばしたものの、トグルの尻尾がフレームに 強烈に当たるために下のほうを1mm削り込んだものです。同時期に生産されていた クリーグホフ製のフレームは130mmで直切りのままでした。
 
MGC のP 08刻印は初期型のみで、のちには無くなりました。

エルフルトの特徴

写真12 面白いことにMGC のルガーは、モーゼル社の特徴だけをもっているのではありません。
実銃のルガーの生産は多くの会社で行われたのですが、要約すると実は2系統だけなのです。
それは、DWM 社とエルフルト工廠 の二つです。そのエルフルトの特徴も MGC ルガーは持ち合わせています。
 
写真07
写真13 MGCルガーは、グリップ前方下端の丸みが無いのがいやだ・・という声をたまに聞きますが これは、実銃のエルフルト製からシムソン社製に見られる特徴なのです(一部製品に見られる)。
 
本来は半径11mmのカーブで切削するところですが、初めてルガーを作るエルフルトでは、機械の整備の関係で うまく加工できなかった機械もあるようです。 別の部分でも本家のDWMに比べてエルフルトの方が、ややアバウトな切削も見られます。


写真08 また、初期のMGCのトグル上の刻印はエルフルトを模しています。
 
これらのことから推察されるのは、初めはエルフルト製をコピーした製品を目指していたが
途中で輸出先からの要望でブラックウィドウ・タイプに作り替えられたのではないでしょうか?
その証拠にプロトタイプのマガジンはハーネル社製を模した物ではありません。
↓参考写真です。1967年のGUNマガジン。
 
写真09

ハーネル社製マガジン

写真10 実銃のお話です。1939年にシュマイザー氏の特許による新しいタイプのマガジンが 製造されるようになりました。それは、ハーネル社で生産されました。 省力化のためにボディとボトムが変更され、スムーズな給弾のためにコイルスプリングから 四角曲げスプリングへ変更されたものでした。 上写真は、マルシンのマガジンとMGC マガジンです。反対側からみると面白いものが見えてきます。
写真11 ようく見ると解るのですが、マルシンの方は四角スプリングなのにMGCはコイル巻きです。
外観はマルシンがオールドでMGCがニュータイプ・マガジンなのですが、実は中身は さかさまでした。このことからも当初のMGC設計はオールドタイプ・マガジンだったことが 解ります。
完成まじかでボトムだけ形状変更してハーネルマガジンにしたものでしょう。
ではここで一息入れてエルフルトだのシムソンだの意味が解るように実銃のルガーの歴史をひも解いてみましょう。 長いので興味のない方は読み飛ばしてください。

ルガー拳銃の歴史

写真00
↑赤色の会社の刻印のルガーが存在します。クリック拡大。
 

誕生から一次大戦

ボーチャード拳銃を売り出したローベ社はDWM社と名を変えボーチャードを改良したパラべラム拳銃 を完成します。今ではルガー拳銃と呼ばれています。1900年にスイス軍に正式採用されました。 このころDWMは、資本的にモーゼル社、ベルギーのFN社を支配下に置き、英国のヴィッカース社にも 資本参加していて、モーゼルライフルやマキシム機関銃を作り、世界最大の銃器コンツェルンとなっていました。 創設者のローベ氏はユダヤ教徒でユダヤ系銀行がバックアップしていました。
 
民族対立が増幅し戦争のにおいが漂い始めルガー拳銃は威力を増した9mm口径へとモデルチェンジします。 メインSPがコイルスプリングに代わりここからがニュールガーと呼ばれます。
対して以前の板バネ、7.65mm口径はオールドルガーと呼ばれます。↓クリック拡大。

 
ドイツ帝国軍にP08 として正式採用されたため、ルガー拳銃はDWM社だけではなくドイツ帝国の工場でも作られることになりました。 それがエルフルト工廠です。
 
オーストリアの皇太子が暗殺されたことでオーストリアはセルビアに宣戦布告し、ドイツはオーストリアと同盟国だったため ロシア、フランスに宣戦布告し、ベルギーに攻め入ります。それを見たイギリスはドイツに宣戦布告し 第一次世界大戦がはじまります。
 
4年の間、おびただしい犠牲の中、ドイツ国内で革命がおこり皇帝は退位しドイツ帝国は敗れました。
 
英国のヴィッカース社では、1次大戦の敗戦によりオランダ向け輸出が禁止となったDWMが 契約数を完了させるためにパーツや工作機械を供給して、ルガー拳銃が製造されました。
ヴィッカースもローベ・コンツェルンの一員でした。
 

敗戦後〜2次大戦

敗戦によりDWMは名と組織を変えられ、ギュンター・クヴァント氏の支配するところとなります。
反ユダヤのクヴァントによりDWMは解体されルガーの生産はモーゼル社へ移管されました。
 
一方、エルフルト工廠のルガー設備は敗戦後、民間企業であるシムソン社へ移されました。
 
1929年の米国の株大暴落に続く世界不況により各国は保護経済体制をとり、排他的な民族主義も 台頭してきました。 ユダヤ教徒であったシムソン氏は追放されシムソン社のルガー設備は、親ナチスのクリーグホフ社へと 移動されました。

クリーグホフでは、エングレーブの入ったルガー拳銃が数丁製造されナチス幹部への贈り物にされました。 内の一つがモデルガンでも有名なゲーリングルガーです。マルシン製クリック拡大→
 
一次大戦で失った領土を取り戻すべく ヒトラーのドイツ軍はポーランドへ侵攻し、第2次世界大戦がはじまります。 6年の間に世界中で先の大戦の倍以上である3,000万人以上の人が死に戦争は終わりました。
 
戦後20数年して、1969年にスイス・ベルン工廠のルガー製造設備が西ドイツのモーゼル社へ渡り、ふたたびルガーの製造が始まりました。 二つの大戦を過ごしたルガー拳銃もコレクター向けとなり、もう血塗られることはありません。1970年モーゼル社製→

 
2012年8月の日本では、経済不況、領土問題に伴うナショナリズムの高揚が連日報道されています。 先の2度の大戦も火種は、そのあたりにあります。 この先、私たちの子供が戦場に行くようなことがないことを祈りたいです。
 
ネット検索用原語です DWM Mauser Erfurt Simson Krieghoff Vickers Swiss Bern

メカ

写真17 MGCのモデルガンに話を戻しましょう。
メカニズムは、実銃のニュールガーの機構をよくコピーしています。
トグル後端のアクセルピンが右側に抜けるのは、単に実銃と同じにしたくなかったのでしょう。
 
撃針スプリングが強烈に強いので写真のようにたいていの人は弱い物に入れ替えています。
写真18 分解時にボールを紛失する危険があります。
MGC のボールは、3.15mm ですが、市販の3mm球でも代用になります。
安いのでひとつ用意しておくと、分解時にどこへ飛ばそうが安心です。

写真19 セフティレバーはフレーム内側に入れ殺しのピンで止められていますので、外すにはフレームを 削ってピンを抜くほかありません。うまい加工方法を思いついたので成功したら記事にしたいと思います。
と、言っていましたが自分の方法は失敗でした。代わりにライトニング様からとっても素晴らしい方法を 教えていただきましたので こちら にページを書きました。ぜひご覧下さい。

大きさ

写真20 ダッチ・ルガーという書籍にオランダ向けニュールガー9mm 1904の正式図面が掲載されていますので それと比較してみます。
ニュールガーのフレーム長は本来129mmです。後年モーゼル社が130mmに変更したのですが、ここに並べた モデルガンたちは皆同じくらいで130mmありません。
おそらく金型的には129mmで作られているのではないでしょうか?
みなさん実物サイズで正確に作られています。
 
意外なのは、ナカタ・ルガーが正確なことです。ナカタ・ルガーはタニオアクションですが、雰囲気は良い形をしています。 おそらく実銃を計測したのではないかと思います。ですから私は実銃とかけ離れた姿を持つナカタP−38は 実物計測はしていないと思っています。

写真27 写真上のMGC・6インチモデルには、マルシンの木製グリップが装着されています。
フレーム噛み合い部と内側は随分と手を入れられていますが、グリップ外側のラインは無加工です。 このことからもMGCルガーは横向きには、正確に作られていることが解ります。

写真21 バレルレシーバーの幅は設計図では24.0mmです。
御覧のようにMGCは、2mm小さいです。

写真22 フレーム幅は、設計では32.0mmですのでこちらもMGCは2mm小さいです。
したがってMGC・ルガーは横向き寸法は実物と同じ大きさで、厚みのみを2mm小さく作っています。 これは間違いではなく、わざと小さくしています。
 
設計者の小林さんは神保会長とともに1964年に西ドイツへ研究旅行へ行った際にワルサー社を 訪れています。この間に実銃の採寸を行っています。
 
神保会長(当時は社長?)のポリシーは「おもちゃは、おもちゃであるべき」なので実銃と全く同じサイズでは 作らせなかったものと思われます。
写真23 MGCの方が厚みが2mm小さいので、マルシンのフレームにもするりと入ります。
長さ的には、ほぼ同じなので違和感はありません。
 
マガジンは、マルシンの方が実銃よりも厚いです。MGCのサイズが実銃に近いです。
MGCのマガジンはスリムなので、きっと実弾ダミーカートは入らないだろうと思いましたが、 きっちり入りました。マガジンは正確に作られているようです。

各社製品比較

写真24 上からナカタ、MGC、マルシンですがすでに述べたように、どちら様も正確な寸法で作られていて 良いフォルムをしています。ナカタはタニオアクションのためにトリガーガードがかなり大きく作られていますが 円の感じがいいのでパッと見ただけでは分かりませんでした。
 
MGCは、厚みが薄いので握った感じもスリムに感じます。

写真25 銃身長は各社違っていて興味深いです。 ナカタが 3. 7/8 インチ、MGCが 3. 5/8 インチ、マルシンが4インチちょい足らず・・というか ドイツはメートル単位の国なので10cmバレルです。
 
面白いのは、これらの銃身長がデタラメではないところにあります。
第一次世界大戦に敗れたドイツは4インチ以上のバレルの銃器の輸出を禁止されました。
そこで1920年には 3 7/8 in と 3 5/8 in のモデルを作っています。
ナカタとMGCがそれぞれ、その長さなのは採寸した実銃がそうだったのかもしれませんね。
写真26 MGCの6インチと8インチの長さは、他社モデルと変わりません。

MGCルガーを読み解く

写真42 MGCルガーが登場したころすでにナカタのルガーが発売されていました。
個性あふれるクリエイターは、けっして人と同じことをしないものです。 MGCの小林さんは、当時一番好きな拳銃はルガーだと語っています。 おそらく渾身の力を込めてルガーのモデルガンに取り組んだと思います。
 
ナカタのトグルにはDWMの花文字が刻印されていました。ようし、それならこっちは「エルフルトで行こう」 って思ったのだかどうだか知りませんが、MGCルガーは当初はエルフルト・ルガーで出来上がったのではないでしょうか?
 
それが輸出先の要望でモーゼル社のブラック・ウィドウタイプに変更されて発売になったものではないかと 思います。 結果的にルガーの歴史そのものを知らないと読み取れないマニアックな要素満載のモデルガンが出来上がりました。 マルシンの新型ルガーはMGCから24年たってから登場したものですが、今現在比較してもけっしてMGCは 劣っていません。ルガーを知れば知るほどMGCモデルの良さが解ってきました。

初期の8インチモデル

写真48 初期の8インチモデルを見せていただきました。右側にアーティラリッシュ・モデルと”8”の 刻印があります。もちろん左フレームにはP08刻印もありました。 なかなか珍しいモデルでした。
拝見させていただき有難う御座いました。

アクセサリ

写真28
いただいた写真なので詳しくないのですが、カービンストックは2種類あったのでしょうか?
スチールストックは、実銃用としても売られている事があるほどの出来栄えです。
もちろん小林さんのオリジナル設計品です。

写真29
 
ストックの結合レバーは亜鉛崩壊で崩れてしまったのでレストア部品をつけています。
MGC純正と思われる木製グリップですが、いつものようにかまぼこ型です。 さすが木製グリップにセンスのないMGCだと思っていましたが、右写真のように実物でも このような形状のものがあったんですね。 MGCさん、ゴメンナサイ。
  1906年スイス・ルガー  クリック拡大→


写真30
スネイルマガジンです。MGC の物は初期には実物と同じ32?連発でしたが危険だという事で 容量が減らされたらしいです。バネがきつくてカート装填時に指を切ったそうです。 実銃の場合、スネイルマガジンへのカート装填は、てこによる特別な装填工具を用いました。 実銃のルガーのスネイルマガジンは、のちに世界初のSMG であるベルグマン短機関銃のマガジンとして採用されています。  
写真44 こちらは、また別の方からの頂き物写真ですが、MGC2種類です。
青い方には、刻印が有りますが黒い方には、全く刻印が有りません。また、ネジ巻き方式も 後期型になっていまして、これが本当にMGC製なのかは、すこし判らないところです。

写真49
8インチモデルにストック、スネイルマガジンを装着した写真を頂きました。有難うございます。 グリップは実銃用だとのことです。加工は必要ですが、大きさ的にはOKとのことです。
写真43 MGCの1971年のカタログです。
ルガー用にオープンストッパーなども発売されていました。
写真45
海外のモデルガンフォーラムにMGCのマガジンをバラしている写真がありましたので 載せています。珍しい写真です。

カート

写真31
写真35 写真は右から9mmパラ・ダミーカート、
MGCルガー、MGCモーゼル用です。
 
モーゼルは当初はルガーカートと同じでしたが、
sm規制から写真のようにボトルネックに代わっています。
P−38とはカートが違うんですね。MGC・P38のほうは随分実物より小さく作られているようですので その関係でしょうか?

6インチ、8インチの箱は、RMI文字の入った
輸出用の物しか見たことがありません。
この箱のまま国内でも売られていたようです。

 
4インチの方は、ナチマーク入りで
軍用を強調しています。

 

チラシ

写真46 写真47
↑クリックで拡大します。忠吉さんご提供です。有難うございます。

おわりに

写真39 このページを書くに当たり友人の Schutze さんにずいぶん教えていただきました。 ルガーのことをまったく知らなかったので助言なしには完成できませんでした。お世話になりました、有難うございました。  
世安さん からは旧MGCの写真を使わせていただきました。有難うございました。
また。貴重なモデルを貸していただいた友人たちに感謝申し上げます。
 
はじめは、なんてことないモデルだと思っていたMGC・ルガーも調べるほどに 輝いてきて、書いていてたいへん面白かったです。情報をいただいた方々有難うございました。
 
そしてなにより、発売されてから50年近くもたつのに未だに魅力を放ち続けるモデルガンを発売してくれた MGCに感謝したいと思います。

参考書籍等

→ むかしMGCボンドショップで販売されていた洋書です。
銃身長のデータを参考にしました。
 
↓ ボーチャードの項でも紹介したルガー本です。
当ページのルガーの歴史はこの本からの抜粋です。
 
おもしろいことにMGCメタルストックのことが書いてあります。
ドイツ軍の実物だとして売られていることがあるので 注意を促しています。
写真37  
→ ダッチルガーの本です。
 
この本には1904年のニュールガーの正式図面が掲載されていますので 参考にしました。
 
 
そのほか「ビジェール創刊号」、 「MGCをつくった男」を参考にしています。
 
参考サイトの紹介

おまけ

ドイツ軍正式マニュアルの表紙のPDFデータです。
青い紙に印刷して小道具にどうぞ。
 
花文字の判別は難しく誤字も多々あると思います。
気分だけ味わってください。

分解図のJPG が別窓で開きます。→  分解図へリンク
写真41