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密事未満 ◆◆◆
激しい雨の音と共に、湿った空気が部屋に流れ込んでくる。
部屋にこもる冷たさが、俺たちの体温を少しずつ奪ってく。
雨の日って、こんなに冷えるモンなのか…?
肌に纏わり付くこのウザったい湿気とやらに、俺は内心舌打ちする。
でも、んなこと気になんなくなるくらい、密着してるコイツの背中はあったかい。つーか、妙に熱い。
「なぁ、火照ってるぜ?お前のカラダ…」
「……ッ!」
からかい半分に囁いてやれば、黒い耳がピクリと反応して、鋭い視線が振り向きざまに俺を射る。
けど、その薄く色づいた唇は固く引き結ばれたままで。
あぁ、なーんだ。
無言のまま反論しないってことは、図星指されて内心、狼狽えてるってこった。
なんつーか、普段から俺より断然、肌を曝け出してるコイツの方が、よっぽど低そうに思えんだけどな、体温。
さっき耳舐めたのがそんなによかったのか…?
まぁカッツェの野郎がその気なら、それはそれで面倒な言い争いをしなくて済むし。
もしかしたら、俺のいいよーにできるかもしんねーしな。なーんて、思わず自分に都合の良いように考えちまう。
俺はカッツェの背中に体を密着させたまま、うつ伏せの状態へと促すように上からグッと体重をかけてやった。
カッツェの野郎はそれに逆らうように、尖った爪を床に突き立てて抵抗の意を示す。
ま、コイツが一筋縄じゃいかないってことくらいわかってる。たとえ身体は堕ちようとも、心は決して屈しない。
……だから、余計捩じ伏せてやりたくなる。
俺は、カッツェを後ろから押さえ込んだまま片腕を突き出すと、その口元を覆ってる黒マスクを強引に剥ぎ取った。
「なッ…」
カッツェの野郎は一瞬苦しげに顔を歪め、開きかけた唇から短い吐息を漏らす。
その、ほんの僅かにできた隙。それを俺は見逃さない。
ここぞとばかりに俺は、カッツェを無理やり押さえつけると、その白い腕を鷲掴んで冷たい床に縫い付けた。
グッと前のめりになる半身。カッツェの零れた黒髪が、床すれすれを掠める。
思わず頭ごと床に押さえつけてやりたい衝動に駆られたが、すんでのところで思いとどまる。
んなことしたら、ホントに容赦なくこの脚で蹴り飛ばされるかもしんねぇしな。
そう、コイツは本気じゃない。
ホントに嫌なら、こうなる前に俺のこと、殴るなり蹴るなりしてるだろう。
……こんな風になる前に。
俺はいつの間にかカッツェ以上に、体が熱くなってることに気づいた。
そういや、寒さなんて微塵も感じなかったし。降り続ける雨の音なんかも、全然耳に入ってこなかった。
それよりなにより、今、目の前にいるこの黒猫に夢中だったからな。
両腕をついて四つん這いに近い格好になったカッツェは、俺の下で浅い呼吸を繰り返してる。
そのとき、チッという舌打ちと共に、カッツェの野郎が吐き捨てるようにこう言った。
「…お前は、本当にバカなヤツだ」
俺が口を挟もうとするのを見越してか、間髪入れずに繰り返す。
「バカの極みだ」
「はぁ?!」
いきなり何言い出すかと思ったら。頭ごなしに「バカ」呼ばわりされる覚えねぇんだけど。
「言ってる意味、わっかんねーんだけど」
不機嫌オーラを放ちつつ、俺はムスッとした顔で問い返した。
まぁ、カッツェの野郎は下向いたままだし、俺の顔なんて見えてやしねーけど。
「わからないのなら、自分の胸に手を当ててみたらどうだ…」
妙に冷静ぶった口調でそう言うと、カッツェは自由の利かない尻尾をモゾモゾと動かす。
答えをはぐらかされて、けど、これ以上ヤツに突っ掛かったところで返ってくる答えは同じだろう。
……だったら。
「ふーん、じゃあ胸に手でも当ててみるか」
言いながら、俺はカッツェを組み敷いたまま、その白い胸板に手を伸ばした。
「…ッ?!」
そうして、何食わぬ顔で薄い胸に浮かぶ小さな突起を指先で捕らえると、摘んだり引っ張ったりして弄ぶ。
「おいっ…やめろっ」
こっからじゃ見えねーけど、その声色ですぐわかる。今、コイツがどんな顔して感じてんのか、なんて。
「やめねーよ。ちゃーんと胸に手ェ当てて考えなきゃな」
俺は調子に乗って、さらに胸の飾りをグリグリと刺激する。
柔らかかったそこは今やぷっくりと勃ち上がり、その固い感触を指先に伝えてくる。
「すげ、コリコリしてる…」
「……ッ!」
わざと声に出してやれば、黒い猫耳があからさまにピクンと震えた。
唇を噛み締めて耐えてんのか、覗き込んだカッツェの顔は羞恥に濡れて真っ赤だ。
心なしか目元もほんのりと赤い。しかも、なんか潤んでるみてぇ。
たまんね……
危うく口から出そうだった言葉を飲み込み、俺はその白い胸板から片腕をすっと外すと、
「ホラ、指、舐めろよ」
そのままカッツェの口元に手を持っていき、無理やり指二本を咥え込ませた。
「んっ…ぐ…、」
こじ開けた歯の隙間から、苦しそうな息継ぎが漏れる。構わず、そのまま捩じ込んでやった。
ただ、指噛まれたらさすがにヤバいから、尖った爪の先で軽くつつくように舌を刺激してやる。
それだけで俺の言いたいことがわかったのか、カッツェの野郎は理不尽極まりないとでも言いたげに、それでも渋々と舌を絡めてきた。
ピチャピチャと、子猫がミルクを舐めるみたいな音立てて。
「そういや、猫って唾液の分泌量少ないんだっけ」
ざらざらした舌の感触にくすぐったさを感じながら、さらに指を突き入れる。
唾液を掬うように掻き回してやると、カッツェは苦しげに微かに呻いた。
「んじゃ、今度はこっちな」
俺はカッツェの口から指を引き抜くと、それまで密着してた体をずらした。
そのまま間髪入れずに、空いた左手で黒い尻尾を勢いよく鷲掴む。
「ッ…!」
カッツェが振り返って、俺を見た。
その眼は強固な姿勢を崩すまいと、いまだ鋭い光を宿してる。とんだ強気なじゃじゃ馬だ。
「そうだな…じゃじゃ馬馴らしってとこだな」
呟くと、俺は唾液でそこそこ濡れた二本の指をこれ見よがしに擦り合わせた。
にちゃりと糸を引いて、いい具合に絡みつく。
そして、掴んでた尻尾を解放してやったのも束の間、俺はさっきみたいにカッツェの野郎を上から組み敷いてやった。
「逃げんなよ?」
先に釘をさしておけば、こいつは絶対逃げないから。
だからこのまま、一時の戯れに身を任せちまえばそれでいい。
そう、いっそ溺れればいい。この降りしきる雨の音さえ、聞こえなくなるくらいに……
END.
update : 2008.6
話の大筋は決めてたのに…ちょっと暴走しました。
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