山口県の旅行・観光名所、穴場スポット、グルメ&お土産情報満載!

のんびりドライブを楽しんで、旅先で見た山口県の風景を紹介しています。
各地域で購入したお土産や、ご当地の食事なども写真で地域別に紹介。

山口県の風景(山口市)

首谷ヶ浴

戦国時代に光明寺の住職と5人の村人が池で殺されて以来、世をはかなんだ人々がこの池に
来て身を投じ、自分でその命を絶つようになったと云われる首谷ヶ浴。

現在はそのような悲話は後を絶ち、今ではその碑と、昔はすり鉢のような深い池であった
ことを思わせる「かがちだんぽ」という呼び名だけが残っています。




首谷ヶ浴

山口市阿知須の旅で立ち寄った名所。
首谷ヶ浴(くびたにがえき)という名からして、いかにも
伝説が残ってそうな感じがするけど、事の始まりは
戦国時代にあるようだ。

首谷ヶ浴
戦国時代に防長両国を統一した毛利元就は、
永禄12年(1569)、九州に出陣した際に豊後の雄、
大友氏と激しい戦いを交えていた。

この時大友軍は、毛利軍の背後を衝くために、大友輝弘を
大将にして、大軍を秋穂浦から白松庄阿知須浦に上陸。

上陸した軍勢は山口へ攻め入るために、現在の北祝地区にあった光明寺の住職と5人の村人を道案内人として無理やり連行。輝弘は、急を知って引き返した毛利軍に敗れ自刃するが、
その僧と5人の村人も道案内をしたという理由で、この池で殺されてしまった。

首谷ヶ浴
以来、世をはかなんだ人々がこの池に来て身を投じ、
自分でその命を絶つようになったという。

大正13年(1924)、このことに心を痛めた近在の
お坊さんと村人が集まって、大法要を営み、供養碑を
建ててその霊を弔っている。

それからこのような悲話は全く後を絶ち、今ではその碑と、昔はすり鉢のような深い池で
あったことを思わせる「かがちだんぽ」という呼び名だけが残っている。


こういった昔話や、伝説・民話などを見つけるのが楽しいんだけど、車では狭い場所が多い。
そろそろ折り畳みの自転車購入でも考えてみるか…。
と、この旅の時に思ったことだったが、未だに購入には至ってはいない(笑)




INDEX


首谷ヶ浴

旅をした日
2008年10月13日
………………………………………駐車場
無し
………………………………………周辺の立ち寄りスポット
道の駅きららあじすの薄寒桜
………………………………………最終更新日
2019/09/02
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