編集者からのメッセージ


                 この絵本を 自分の力で「考える」ことをはじめた子供たちと
                 子供の心をもった大人たちに贈ります。

                 わたしたちはどこから来て どこへ行くのだろう。
                 生きることはどういうことだろう。  死とはなんだろう。


                 人はいきているかぎりこうした問いを問いつづけます。
                 この絵本が 自分の人生を「考える」きっかけになってくれることを祈ります。

                 この本は アメリカの著名な哲学者 レオ・バスカーリア博士が書いた

 生涯でただ一冊の絵本です。

                                          (田中和雄)

 

 

 

 

 

 

作者からのメッセージ

                   この絵本を  死別の悲しみに直面した子どもたちと
                   死について適格な説明ができない大人たち
                   死と無縁のように青春を謳歌している若者たち
                   そして編集者バーバラ・スラックへ贈ります。

                   ぼくは一本の木であり
                   バーバラはこの十年間かけがえのない葉っぱでした。

                                       (レオ・バスカーリア)

 

 

 

 

 

 

春が過ぎて      

夏が来ました。

 

 

 

 

                       

 

葉っぱのフレディは この春 大きな木の梢に近い 太い枝に生まれました。
               そして夏にはもう 厚みのある りっぱな体に成長しました。
               五つに分かれた葉の先は 力強くとがっています。

 

 

 

 

フレディは 数えきれないほどの葉っぱに とりまかれていました。

 

はじめフレディは 葉っぱはどれも自分と同じ形をしていると思っていましたが
やがて ひとつとして 同じ葉っぱはないことに 気がつきました。


となりのアルフレッド 右側のベン すぐ上のクレアは女の子です。
みんな春に生まれていっしょに大きくなりました。
春風にさそわれて くるくる 踊る練習をしました。

日光浴のときは じっとしているのがよいということも覚えました。
夕立がくるといっせいに雨に洗ってもらいました。

 

 

 

 

 

フレディの親友は ダニエルです。
               だれよりも大きくて 昔からいるような顔をしています。
               考えることが好きで 物知りでした。

               ダニエルはフレディに いろいろ教えてくれました。
               フレディが木の葉っぱだ ということ。
               木の根っこは 地面の下にあって 見えないけれど 

四方に張っていて だから木は倒れないこと。

              目の下にあるのは公園で おはようとあいさつにくるのは小鳥たちであること。
              月や太陽や星が 秩序正しく 空をまわっていること。
              そしてめぐりめぐる季節のことなど みんなダニエルが教えてくれたことです。

 

 

 

 

フレディは「葉っぱに生まれて よかったな」と思うようになりました。
友だちはたくさんいるし 見はらしはよいし 枝はしなやかだし
その上 風通しも日当たりも申しぶんなく
お月さまは銀色の光で照らしてくれるからです。

夏になると フレディは ますますうれしくなりました。
お日さまが早く昇って おそく沈むので たくさん遊べます。
かんかん照りの暑さは なんて気持ちがよいのでしょう。
夜になっても 昼間の暑さが残っているのですから
フレディは気持ちがよくて 夢をみている気分です。

 

 

 

公園に 木かげを求めて 大ぜいの人が やってきました。
ダニエルは立ち上がり「さあ 体を寄せて みんなでかげを作ろう。」と呼びかけました。

フレディは ダニエルにたずねました。
「どうして そんなことをするの?」

するとダニエルは「暑さから逃げだしてきた人間に 

涼しい木かげを作ってあげると みんな喜ぶんだよ。」と言いました。

ダニエルの言ったとおりでした。
木かげに おじいさんやおばあさんが集まって来ました。
子どもたちも来ました。
お弁当を広げる人もいます。

フレディたちは 葉っぱをそよがせて 涼しい風を 送ってあげました。
「フレディ これも葉っぱの仕事なんだよ。」

 

 

 

 

ダニエルの話を聞いて フレディはますますうれしくなりました。

老人たちは木かげから出ないで小声で 昔の思い出を話しているようです。
子どもたちは 木に穴をあけたり 名前をほったり 

いたずらもするけれど 笑ったり走ったり 生き生きしています。

                              



 

けれど 楽しい夏はかけ足で通り過ぎていきました。

たちまち秋になり 十月の終わりのある晩 とつぜん 寒さがおそって来ました。
フレディも 仲間のアルフレッドも ベンも クレアも ぶるぶるふるえました。
みんなの顔に 白く冷たい粉のようなものがつきました。
朝になると 白い粉はとけて 雫がキラキラ光りました。

「霜がきたのだ。」とダニエルが言いました。
もうすぐ冬になる知らせだそうです。

 

 

緑色の葉っぱたちは一気に紅葉しました。
                公園はまるごと虹になったような 美しさです。

                アルフレッドは濃い黄色に ベンは明るい黄色に クレアは燃えるような赤
                ダニエルは深い紫色にそしてフレディは 赤と青と金色の三色に変わりました。

                なんてみごとな紅葉でしょう。

 

 

 

 

いっしょに生まれた 同じ木の 同じ枝の それも同じ葉っぱなのに
どうしてちがう色になるのか フレディはふしぎでした。

「それはねーー」とダニエルが言いました。

「生まれたときは同じ色でも いる場所がちがえば
太陽に向く角度がちがう。風の通り具合もちがう。
月の光 星明かり 一日の気温 なにひとつ同じ経験はないんだ。
だから紅葉するときは みんなちがう色に変わってしまうのさ。」

 

 

 

 

 

風が変わったのは そのあとでした。

                夏の間 笑いながらいっしょに踊ってくれた風が 別人のように 顔をこわばらせて
                葉っぱたちにおそいかかってきたのです。
                葉っぱはこらえきれずに吹きとばされ まき上げられ つぎつぎに落ちていきました。

                「さむいよう」「こわいよう」 葉っぱたちはおびえました。

                そこへ 風のうなり声の中からダニエルの声が とぎれとぎれに 聞こえてきました。

 

 

 

 

 

「みんな 引っこしをする時がきたんだよ。
とうとう冬が来たんだ、
ぼくたちは ひとり残らず ここからいなくなるんだ。」

 

 

 

 

 

フレディは悲しくなりました。
ここはフレディにとって 居心地のよい夢のような場所だったからです。

「ぼくもここからいなくなるの?」

「そうだよ。ぼくたちは葉っぱに生まれて 葉っぱの仕事を全部やった。
太陽や月から光をもらい 雨や風にはげまされて 木のためにも他人のためにも
りっぱな役割を果たしたのさ。だから 引っ越すのだよ。」とダニエルは答えました。

「ダニエル きみも引っこすの?」とフレディはたずねました。

「ぼくも 引っこすよ。」

「それはいつ?」

「ぼくのばんが来たらね。」

「ぼくはいやだ! ぼくはここにいるよ!」とフレディは おお声で叫びました。

 

 

アルフレッドもベンもクレアも そのとき が来て 引っこしていきました。
見ていると風にさからって 枝にしがみつく葉もあるし
あっさりはなれる葉っぱもあります。

やがて木は葉を落として 裸どうぜんになりました。
残っているのは フレディとダニエルだけです。

「引っこしをするとか ここからいなくなるとか
 きみは言ってたけれどそれはーーー」
とフレディは胸がいっぱいになりました。

「死ぬ ということでしょ?」

ダニエルは口をかたくむすんでいます。

「ぼく 死ぬのがこわいよ。」とフレディが言いました。

「そのとおりだね。」とダニエルが答えました。

「まだ経験したことがないことは こわいと思うものだ。
でも考えてごらん。世界は変化をしつずけているんだ。 変化しないものは ひとつもないんだよ。
春が来て夏になり秋になる。葉っぱは緑から紅葉して散る。 変化するって自然なことなんだ。
きみは 春が夏になるとき こわかったかい? 緑から紅葉するとき こわくなかったろう?
ぼくたちも変化しつづけているんだ。 死ぬというのも 変わることの一つなのだよ。」
                         

 

 

 

変化するって自然なことだと聞いて フレディはすこし安心しました。
枝にはもう ダニエルしか残っていません。

「この木も死ぬの?」

 

                       

 

 


「いつかは死ぬさ。でもいのちは永遠に生きているのだよ。」 とダニエルは答えました。

葉っぱも死ぬ 木も死ぬ。

そうなると 春に生まれて冬に死んでしまうフレディの一生には どういう意味があるのでしょう。

「ねえ ダニエル。 ぼくは生まれてきてよかったのだろうか。」 とフレディはたずねました。

 

 

 

ダニエルは深くうなずきました。

「ぼくらは 春から冬までの間 ほんとうによく働いたし よく遊んだね。
まわりには月や太陽や星がいた。 雨や風もいた。
人間に木かげを作ったり 秋には鮮やかに紅葉して みんなの目を楽しませたりもしたよね。

それはどんなに 楽しかったことだろう。
それはどんなに 幸せだったことだろう。」

 

                                       

 

その日の夕暮れ 金色の光の中を ダニエルは枝をはなれていきました。

「さようなら フレディ。」
ダニエルは満足そうなほほえみを浮かべ
ゆっくり 静かに いなくなりました。

 

 

 

フレディは ひとりになりました。               

                                   

 

 

 

次の朝は雪でした。初雪です。
やわらかでまっ白でしずかな雪は じんと冷たく身にしみました。
その日は一日どんよりしたくもり空でした。 日は早く暮れました。

フレディは自分が色あせて枯れてきたように思いました。
冷たい雪が重く感じられます。
明け方フレディは迎えに来た風にのって枝をはなれました。
痛くもなく こわくもありませんでした。
フレディは 空中にしばらく舞って それからそっと地面におりていきました。

                                        

 

 

 

そのときはじめてフレディは 木の全体の姿を見ました。
なんてがっしりした たくましい木なのでしょう。
これならいつまでも生きつづけるにちがいありません。
フレディはダニエルから聞いたいのちということばを思い出しました。

いのちというのは 永遠に生きているのだ ということでした。

                  

 

 

 

 

フレディがおりたところは雪の上です。
やわらかくて 意外とあたたかでした。
引っこし先は ふわふわして居心地のよいところだったのです。
フレディは目を閉じ ねむりに入りました。

フレディは知らなかったのですがーーー
冬が終わると春が来て 雪はとけ水になり 枯れ葉のフレディは その水にまじり
土に溶けこんで 水を育てる力になるのです。

いのちは土や根や木の中の 目には見えないところで
新しい葉っぱを生み出そうと 準備をしています。
大自然の設計図は 寸分の狂いもなくいのちを変化させつづけているのです。

 

                             

 

 

 

 

 また 春がめぐってきました。

 

 

 

 

 

大自然の不思議な力を写しとるのはとても難しいことですが
この作品の写真を担当した人々は まさしくそれを成しとげてくれました。
私は写真家のアンソニー・フリザノ、グレグ・ルードウィグ、ケン・ノアック
ボビー・ブロブスタイン、ミスティ・トドスラックに深い感謝を捧げます。
私たち全員は 葉っぱのフレディ/いのちの旅 の
神秘を共に体験できたといえるでしょう。