平安時代の船の研究・画像編

鎌倉・室町時代の絵巻物から船の画像を抽出しました。

北野天神縁起絵巻 1219年頃
新潮社 古典文学アルバム
法然上人絵伝 1300年頃
新潮社 古典文学アルバム
宇治拾遺物語絵巻
新潮社 古典文学アルバム
吉備大臣入唐絵巻
集英社 日本の歴史
東征伝絵巻
角川書店日本絵巻物全集
中央と船尾に屋形
5人の漕ぎ手、帆柱は倒してある。
舵は船尾中央
中央に屋形、手漕ぎ船
帆柱はない
中央に屋形、帆柱はない
手漕ぎ船、舵は船尾中央
遣唐使船、三つの屋形
帆柱は二本
船尾左舷に艪舵
鑑真来日
蒙古襲来絵巻 1293年頃
新潮社 ひらがな日本美術史
弘法大師行状絵図
講談社 日本の街道
高野山大師行状図絵 遣唐使船
講談社 再現日本史
山中常盤絵巻
朝日新聞 週間日本の歴史
イラク交易船13世紀
朝日新聞 週間日本の歴史
船首と船尾が競りあがり、
帆柱はなく、3人の漕ぎ手
舵は船尾中央
外洋船
中央より後方に三つの屋形
二本の帆柱、竹編帆
遣唐使船、舵は船尾中央
船首と船尾よりに屋形
二本の帆柱、竹編穂
遣唐使船、舵は船尾中央
一本の帆柱、舵は船尾中央
莚帆
舵は船尾中央
一遍聖絵 1299年頃
朝日新聞 週間日本の歴史
法然上人絵伝 1300年頃
朝日新聞 週間日本の歴史
法然上人絵伝 1300年頃
朝日新聞 週間日本の歴史
蒙古襲来絵詞 1293年頃
朝日新聞 週間日本の歴史
蒙古襲来絵詞 1293年頃
朝日新聞 週間日本の歴史
船尾よりに屋形、3人の漕ぎ手
通行許可証を掲げている
舵は船尾中央
船首・胴・船尾の三材刳り船であることがはっきりと分かる 船棚に一人腰掛けている。水手(かこ)は省略したのかも。船棚は日本書紀巻第二に出てくる船竄ニ同じ 蒙古船に襲いかかる日本の刳舟蒙古船の船尾に舵が見える 片舷2人(上)と3人(下)が艪棚で漕いでいる。舵は船尾中央
華厳宗祖師絵伝
朝日新聞 週間日本の歴史
真如堂縁起絵巻(1524年)
朝日新聞 週間日本の歴史
由原(ゆずはら)八幡宮縁起絵巻 16世紀前半 講談社 日本美術全集  東征伝絵巻 1298年
講談社 日本美術全集
玄奘三蔵絵
角川書店日本絵巻物全集
刳り船複合船、舵が船尾中央、帆は網代帆か 遣明船をモデルに遣唐使船を描いたものと言われている 龍頭鷁(げき)首の船を4隻の小舟で曳いている
トップページに戻る
講談社 歴史発掘5 原始絵画 佐原真・春成秀爾著より3点を掲載
左 奈良県唐古=鍵の弥生土器の船の絵、中央 福井県井向一号銅鐸の船の絵 右 奈良県東殿塚古墳の埴輪の船の絵いずれも船首及び船尾が競り上がっていて櫂が片舷にそれぞれ4本、11.2本、7本見える。船尾には艪舵がある。また、右の船には前後に屋形がある。 
左2枚は、中央公論社 図説日本の古代1 海を渡った人びと 森浩一著より掲載
右の1枚は朝日新聞社 アサヒグラフ編 古代史発掘 新遺跡カタログVol5より掲載
左 京都府丹後半島の弥栄町のニゴレ古墳 全長82.5センチの埴輪
中央 大阪市平野区の長原高廻り2号墳 全長128.5センチ、幅26.5センチ 最大高さ36センチの埴輪
右 滋賀県栗東町、新開4号墳から出土の埴輪
リンク 古事記・船の記録 続日本紀・船の記録 土佐日記の航海記 鑑真・唐大和上東征伝 トップページに戻る