武道・武術解説

第四回「中国武術」

日本に於ける中国武術の普及は、出版メディアが先行してきた印象がある。

歴史上では、江戸時代初期の頃の剣客の小笠原玄信斎長治が、明国に渡って“矛の術”を学んで“八寸の延金”という秘術を編み出したと伝わる。

剣聖として有名な長治の大師匠に当たる上泉伊勢守ですら「今の小笠原氏には勝てないだろう」と評されるくらい連戦連勝だったらしい(もっとも、この秘術も弟子の針ケ谷夕雲には破られて「畜生兵法」と謗られてしまう)。

これ以前に日本の武術家が中国へ渡ったらしい記録もあり、また日本刀が多数輸出されていたという記録もある。

特に倭寇が用いた刀法として陰流の伝書がもたらされたらしく、陰流刀法を研究して作られた“苗刀”という刀術が今でも伝えられている。が、この刀術は苗(ミャオ)族に伝わっていたものだとする説が意図的に広められていたが、源流が日本刀操法なのは疑う余地はない。

このような交流は古くからあったのは事実であるが、しかし、だからといって安易に「中国武術が日本武術の母体になった」とする説は暴論と言わねばならない。技術的に比較研究すれば、さして接点が感じられないことが解り、日本武術は日本の風土で独自に発展したと見るべきである。

中国武術が日本に本格的に紹介されるようになったのは、20世紀半ば以降のことであり、それまでは中国に武術が存在することすらあまり知られていなかった。

一般的に知られるようになったのは、日本少林寺拳法が普及し始めてからだが、少林寺が中国武術の名門である事実は既に江戸時代から知られるところだったので、「達磨大師が少林寺に伝えたインド拳法“易筋經”が少林寺拳法になった」とする偽説をそのまま採用してしまったため、長い間、この日本少林寺拳法が主張する中国武術のイメージが定着してしまっていた。

ところが、健康法としての太極拳が普及され、実戦的な中国武術の遣い手が招聘されて来日したり、戦前に大陸で中国武術を学んでいた武術家が活動するようになると、徐々に中国武術の実態が知られるようになっていった。

そして、1970年代から書籍で様々な中国武術を発表した松田隆智氏の精力的な活動によって中国武術の実態が知られるようになると、一気に迷妄が払われていった。

松田氏によって、太極拳の源流で武術性を色濃く保ったといわれる陳式太極拳や、八極拳が人気を呼び、小説や漫画、ゲームにも採り入れられていた。

その前後、ブルース・リーの映画によってカンフーブームが興り、数年後にはジャッキー・チェンのコミカルなカンフー映画がヒットし、さらに“本物の中国武術家”を集めて製作された日本と中国、香港(当時は中国に復帰していなかった)の合作『少林寺』が公開されるのに合わせて、日本初の中国武術専門誌『武術(うーしゅう)』が創刊される。

『武術』は、初めは『月刊空手道』の姉妹誌としてムック本として発刊されたものだったが、編集顧問として松田隆智氏を迎えたことから内容が充実し、売上も良かった。

そして、そのまま季刊誌になり、一時期は月刊化もしていた(現在は休刊したまま)。

ところが、中国では新体操のようなスポーツとして型(套路)を競う“表演武術”が普及されていたため、武術の実戦性を求める日本の武術愛好家には評判が悪かった。『武術』でも表演武術を低く見る論調が強く、主に民間の伝統武術家と呼ばれる(日本に於ける古武術に相当)人達を取材して回るのが常だった。

従って、スポーツとして表演武術に親しむ人達は『武術』の存在を知らない人も少なくなかった様子である。

そのような状況だからこそ、日本では伝統的な中国武術を道場レベル、個人レベルで学ぶ人が多く、また、古武術や空手を学ぶ人が神秘的な中国武術のイメージに興味をもって学ぶ例が多かった。

そのような特殊な事情があるために、松田氏によって本格的に知られるようになった中国武術も、日本では未だに神秘的なイメージから脱却できないままで、40年近く経過しているのに、中国武術のムック本では「発勁・化勁・点穴・軽身功・鉄砂掌」といった単語が並んで具体的な武術の戦闘理論が論じられることは無い。

曰く、「空手とは全く違う」といった論調があるが、原理的にはほとんど違わないと言っても過言ではない。筋力を用いるか重心移動力を用いるかの違いで身体操作法が変化しているくらいであり、その違いは門派(日本に於ける流派の意味)の違いくらいでしかないのである。

中国武術の特徴としては、素手の体術だけでなく、兵器(日本で言う武器)も学ぶ門派が多い。技法で分類すると・・・
1,拳法(拍打・搏打とも言う)
2,シュアイジャオ(投げ技主体)
3,擒拿(チンナ。関節技主体)
4,兵器(“剣・刀・棍・槍”を四大兵器と呼び、他に大刀・鈎・錘・硬鞭・斧など)
5,暗器(隠し武器。ピャオと呼ばれる中国式手裏剣や、九節鞭・流星錘など)
6,軽功(身を軽くするトレーニング)

・・・といったものがある。

地域で大まかに分類するものでは、長江を境に北派と南派という分け方があり、「南拳北腿」と呼ばれて北の武術は歩法を用いてダイナミックに跳躍して蹴る技が多いのに対して、南の武術は足を踏ん張って細かい手技を用いるものが多いとされる。

内功と外功と呼ばれるトレーニングの質で分類するものでは、内家拳と外家拳という分け方もある。この場合、内家拳は脱力して重心移動の力を用いるものと考えられ、太極拳・形意拳・八卦掌がそれに当たるとされて、それ以外はすべて筋力で打つ外家拳とされたりする(内家・外家を内弟子と外弟子とする説もある)。

が、このような分類法は一面的だとして支持しない人も多い。

以下に代表的な門派を列記しておく・・・
太極拳(陳式・楊式・孫式・和式・呉式・武式・鄭式など)・八極拳・蟷螂拳・八卦掌・長拳・形意拳・劈掛掌・翻子拳・心意六合拳・戴氏心意拳・迷蹤芸・花架拳(木欄拳)・査拳・華拳・通背拳・通臂拳・鷹爪拳・猿拳・酔八仙拳・鴨拳・蛇拳・黒虎拳・白鶴拳・洪家拳・詠春拳・太祖拳・蔡李佛家拳・峨眉拳・白眉拳・狗拳・羅漢拳・達磨拳・弾腿・李家拳・莫家拳・侠家拳・劉家拳・蔡家拳・地功拳・屠龍拳・金剛拳・意拳(大成拳)など。

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