セミナーに参加された皆様のご感想

武術には型があるということを...

過日は、セミナーでのご指導有難うございました。遅くなりましたが、感想を送らせていただきます。

もともと、私は護身を第一に考えて、これまでに空手やブラジリアン柔術、総合格闘技等を齧っていました。当時は「実戦を考えれば打撃が一番使えるだろう」、「でも組技や寝技もできた方がいいな」、「組技に対処できるキックボクサーが、路上では一番強いに違いない」・・・等と、今にして思えば、本当に浅はか、 且つ呑気なことを考えていたものでした。競技と護身は全くの別物だし、昨今の物騒な事件を見ても分かるように、現実の暴力事件では、武器や凶器が飛び出すのが当たり前なんですが。

今回のセミナーについては、剣や半棒、更に対剣から対拳銃の技術までご指導いただき、非常に勉強になりました。特に半棒は日用品の傘等への応用が期待でき、個人的に非常に面白く、今後自分が練習を積む上での大きな示唆をいただきました。また、素手の体術と体の使い方がリンクしており、「武器は手の延長」とい う言葉を実現している技術体系の完成度の高さには驚かされます。

さて、外国の武道家や武術家の映像を見ると、レベルの高低はともかくとして、素手の体術だけではなく、武器(伝統的なものから近代的な銃器、日用品に至るまで)の技術も万遍なくこなしている印象があります。

翻って、日本の武術、武道界を見渡して、「武芸十八般」「武芸百般」を体現する方がどれだけいるのか、 と思うと、正直考え込まざるを得ません。かつて火縄銃が武術の一つとして認識されていたように、銃火器の扱い等も武術の一つとして考えなければ、護身術としては片手落ちでしょう。最新の技術を進んで導入するのが護身術としては当たり前ですし、現実に日本でも銃火器を使用した凶悪犯罪が発生しているのですから。

考えてみれば、現代の眼から見ると古臭く思える火縄銃や砲術も、発明当時は最先端科学の結晶だったはずです。生きるか死ぬかの厳しい状況で、如何に自分の身を守るかを古の武術家たちは考え、銃を導入した。その真剣さ、発想の部分が、現代の日本の武術には最も欠けているように思えます。

幸い、ご縁があったおかげで技術を学べる場を設けていただいているので、それを大切にし稽古を積んでいきたいと思っています。自分自身が理想の武術を工夫し、体現できるよう、努力していくつもりです。

次回のセミナー(ある意味、今回とは正反対のコンセプトですが)にも参加するつもりですので、宜しくお願いし ます。

それでは失礼します。

長野峻也の回答

拝復、●●様。

長文の御感想、ありがとうございます。

護身を考えて武道や格闘技を学ぶことは悪くないと思います。たとえ現実的な実戦に則した技術でなかったとしても、“戦う”という選択をし、自己防衛の意識を持つことは、それがない人より遥かに意義
があると私は思います。

以前は、武器術というと拒否反応を示す人が多かったのですが、ここ最近は、あまりにも治安が悪化して通り魔的な殺人事件が増えてきたために、武器に対する認識が変わってきたように思います。

金属バットや鉄パイプ、ゴルフクラブ、木刀なんかの棒状の得物と、ナイフや包丁に対する護身は日頃から考えておくべき時代になったと私は考えています。

また、元来、武術は護身術、セルフディフェンスとして最先端の技術と戦術を研究し採り入れていかなければいけないと思いますが、それを実際にやっているのは外国の武術家ばかりではないか?と思
えてなりません。

伝統を大切にするのは大いに結構ですが、それと同じくらい武術の実用性について考えていく人が増えて欲しいと私は切望します。

“武術のコツで身体の動かし方がこんなにラクにな〜る”なんて、もう、馬鹿馬鹿しいから、勘弁してくれよって言いたくなるのです。身体の動かし方なんか武術でなくていいじゃないですか?・・・っつうか・・・肝心の戦闘術として使用不能なんじゃ意味ない!

武術家だの達人だの言われてその気になってる連中は、もっと人としての羞恥というものを知って欲しいものです。まあ、それが無いからあんな糞演芸やってるんだろうけど。

いつまでたっても、不思議チックな“術”を見せて「達人だ〜」と素人から騒がれてエセ文化人みたいな気分で悦に入っているような連中がタムロってる珍獣ランドではダメだと思いますね。

もう、別に他人には何の期待もしてないから、好きにやっててくださいって気持ちですけどね。

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