日本的生産システムについて

JIT(ジャスト・イン・タイム)
トヨタ生産方式
SCM(サプライ・チェーン・マネジメント)

日本的生産システムについて

 日本的生産システムはJIT(ジャスト・イン・タイム)生産と日本的労働編成にその特徴 がある。JITは、トヨタ生産方式に代表され、生産の諸過程の連関を無在庫生産に近付ける手法である。それは石油ショック後の経済の低成長時に、トヨタ自動車工業の業績が相対的に良く、トヨタ生産方式が不況に対して抵抗力の強いことが認識された。その後トヨタ生産方式が加工組立型産業全般に普及した。トヨタ生産方式は、徹底したムダの排除の思想に基づき、「JIT」と人偏の付いた「自働化」を2本の柱とするモノづくりの思想である。JITは必要な物を必要な時に必要なだけ造り、余分な物は造らないという思想であり、前工程が後工程に押し込んでいく従来のプッシュ方式ではなく、後工程が前工程へ引き取りに行くプル方式に特徴がある。この時、昭和20年代にアメリカで登場したスーパーマーケットをヒントにして、引き取りや生産指示の情報手段に「かんばん」が考案された。人偏の付いた自働化は、異常が発生したら、機械を直ちに止め、人が良し悪しの判断をする装置を機械に組み込み、機械を壊したり不良品を造ることを防止している。つまり、組立ラインのような人を主体としたラインでは、人が異常を感じたら、ストップボタンを押して、直ちに止めるようにする。また、不良品を造ることは、工数や材料が全てムダになり、資金が不足する中で不良品を造っている余裕はなく、加工が完了したら止まる設備にして、人と機械の仕事を分離し、より少ない人数で生産を可能にしたのである。日本的労働編成は、多能工や小集団活動による品質改善・設備保全・改善活動等、作業者の柔軟性、集団責任主義に特徴がある。品質はラインの作業者が直接に不良品の発生を防止することで、検査工に任せるより効果的になる。欠陥品の防止がコスト削減になり、工程の歩留を高め、工程内の余分な停滞在庫を排除する。生産工程の改善は、そのシステムを熟知している現場の作業者が提案する。情報は下からすべてを収集せずに、知識や技術、意志決定等、ある程度を現場の作業者に任せることで、旧方式の管理監督や情報収集の手法を改革した。

 このような日本的生産システムに対して、アメリカ的生産システムは、伝統的大量生産に基づく生産システムを採用してきた。この生産方式は、現場の作業者の大多数が単能工として、複雑に細分化された職務分類の中から、ある特定の決められた単純な繰返し作業のみに従事する。この場合、単能工の技術習得は極めて短期間で可能になるが、単能工は決められた作業以外を行わない。このため、作業者は新しい技能を習得する機会が与えられることなく進歩がない。すなわち、アメリカ的労働編成は、仕事の組織が徹底した分業に基づき、職務という限定された仕事の範囲や内容を明確に定義して、その職務という単位の組合せによって組織が構成される。このため、現場の単能工とは独立して、品質管理や生産管理、作業管理等を専門とするエキスパートが存在し、現場の作業者が品質を保証して責任を持つのでなく、検査工が不良品をはねる方式が採用される。この結果、エキスパートがエリート集団を形成し、現場の作業者の生産意欲や参加意欲を著しく減退させていた。つまり、伝統的大量生産方式は、規模の経済を優先し、品質を向上させることが無視され、生産ラインを硬直化させ、市場変動に柔軟に対応できないという幾つかの欠点が存在する。しかし、アメリカ的生産システムは、製品技術が安定し、部品の変動が少なければ、高度なオートメーションを導入することが可能であった。この非柔軟な自動化生産システムを採用した典型は、戦後に西ドイツのフォルクスワーゲン社が採用した「かぶと虫」生産ラインが代表される。この生産ラインは、長期間、単一のモデルを量産し、打抜き、ホディ、塗装などの工程を高度にオートメーション化した労働節約的であり、戦後の労働力不足に適した生産システムとされた。その後、柔軟性の高い労働集約的生産システムが開発され、欧米の自動車企業に採用された。この生産システムは、半熟練工をあらゆる工程に投入して、頻繁なモデルチェンジや車種の多様化に対応した。さらに、近年、フレキシブル・マニファクチャリング・システム(FMS)なるものが実現し、工具の取り替えや生産を中断することなく、多種類の製品を生産することができ、需要の変化にすぐに対応して、製品構成を変えて新モデルの導入を短期間にできるようになってきた。

 トヨタ生産方式に代表される日本的生産システムは、生産に携わる労働者が専門家として扱われ、問題点を見付け出し、設備を修理し、生産工程の欠陥を取り除くことにその特徴がある。この結果、監督者や設備修理工を大幅に削減できるだけでなく、品質の改善が可能になり、ラインを止めないために工程間に存在していた大量の仕掛在庫を大幅に減らすことができる。そこには後工程引き取り方式、小ロット運搬と少量生産対応、かんばん方式の導入、JITによる在庫圧縮、生産の平準化、混流生産、段取り替え時間の短縮、多能工と多工程持ち、品質の作り込み等、多くの工夫がなされている。そして、これらを支える日本的労働編成は、労働の包括性、作業の質的柔軟性、集団責任主義にあり、個別労働における職務の曖昧さが集団労働における柔軟性に結び付いていると考えられる。本来、企業内分業は職務区分により、全体の仕事を分割して、担当する要員と分担を確定する。つまり、労働の分割と協働により、企業や組織の目標と目的を達成する。日本的労働編成は、この職務の曖昧さに特徴があり、労働者が担当する仕事の領域を明確に特定せずに、その職務を担う要員さえ厳密に明確にしないことがある。そこには担当すべき職務に対して、公式の職務に非公式の職務を忍び込ませ、広義の仕事を形成するという仕組みが働き、職務範囲が重なり合う境界領域が存在する。トヨタ生産方式のバトンタッチゾーンはその典型である。このため、労働者は何処までが公式の職務領域であるかを不明確にしたままで、自らが自覚しない様々な仕事を引き受けてしまっている。時には拘束時間と自由時間の区別すら曖昧になり、労働の量的側面と質的側面が一定不変でなく、状況に応じた可変性と流動性を持ち、柔軟な対応を可能にしているといえる。その背景には、企業の従業員が長期にわたって雇用され、企業に対して高い忠誠心と高い労働意欲を持ち、企業や職場で熟練形成や技術蓄積ができ、製品の高品質と高い生産性の確保を可能にしてきたのである。それは終身雇用、年功序列賃金、企業内組合に代表される日本的経営と無関係ではない。また、日本的生産システムの特徴は部品調達にも見られ、部品供給業者との関係は、短期的な市場関係でなく、取引の重層的な多段階性を持ち、長期的な取引と信頼関係に基づく系列取引関係が存在する。特に、日本の部品供給業者のような周辺産業の技術力は極めて高く世界最高のレベルにあるが、高い外製比率と取引のリスクを部品供給業者が負うという下請け問題を抱えつつ、トヨタ自工では3割が内製で7割が調達に依存している。そして、このことは部品供給業者の高い開発力と生産技術を生み、日本的生産システムの強みになった。ちなみに、米国の代表的な自動車メーカーGMは合併と統合を繰返し、取引の内部化を進め、大部分を自社生産により部品の安定供給を確保したのである。

 近年、情報機器や電子産業を中心とする技術革新が飛躍的に進み 、インターネット等の情報技術を活用した部材の受発注と生産情報の共有化、さらには生産の外部委託(アウトソーシング)が一段と進んでいる。その背景には生産体制の軽量化と柔軟化の動きが加速し、顧客満足型のビジネスモデルの構築、素材から顧客納品までのプロセスの一貫化、コストの大幅な低減等の要請がある。また、バブル経済の崩壊と低成長経済の継続、高齢化社会への移行、人々の価値観の変化があり、グローバル経済の進展による国境を越えた資本の移動や企業の組織化、企業間競争の激化と製品やサービスの陳腐化が加速、効率性と迅速性の追求等、企業環境の変化は無視することができない。そして、経営資源はストック化と所有からフロー化と利用への戦略転換が求められた。このため、日本的生産システムの相対的な機能低下に対する改善が急務になった。特に、情報技術(IT)の進展は、部門毎の情報の壁を破り、組織間連携を進め、情報の伝わるスピードと情報量の増加を促進させ、調達先や顧客先などの社外との情報共有を含め、グローバルな情報共有化を可能にした。情報共有化は仮想的な組織形成を可能にし、新たなビジネスチャンを生み、ITを活用した新しいビジネスモデルを出現させた。企業は競争力を持つコアビジネスを重視し、その得意とする業務領域に特化して、内部資源と外部資源を見直し始めた。開発・生産・販売の企業の垂直統合が崩れ、すべてを自前で準備することが否定され始め、系列取引を重視した下請企業が親企業から安定的に仕事をもらえる構造は崩壊しつつある。親企業が下請企業に求めた内容は、納期の厳守および高品質と高精度から、徹底的なコスト削減と納期の短縮になり、グローバル化により海外生産に対応可能な企業が選択され、固定的取引関係から戦略的提携関係へ変化した。米国ではハイテク製品の量産を複数企業から受託するEMS(エレクトロニクス・マニュファクチャリング・サービス)なる生産手法が生まれ、競争力を持つベンチャー企業が出現し、生産や設計等に特化した企業が急成長した。SCM(サプライ・チェーン・マネジメント)、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)、ERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)等のシステム化と業務革新は、ホワイトカラーの生産性向上と業務効率を上げる手法として注目されている。SCMとITとの結び付きはチェーンの組み替え及びチェーン内部の主導権争いが企業の存続に影響し始めた。雇用面では、処遇制度や給与制度を変化させ、成果主義や能力主義が重視されるようになり、早期定年制、転職と転職助成制度の活用、雇用調整、配置転換、ジョブローテーションがなされ、裁量労働制、契約社員や派遣社員、インターンシップ制、在宅勤務等、雇用形態の多様化と雇用の流動性が高められた。しかし、製造業の本質は、夢を知恵と技術と努力で実現することであり、そこに競争が生まれ、付加価値が加えられ、新たな夢を描き、次の目標や目的に向かう価値サイクルが働かなければならない。そこには、人間中心の経営、長期的な視野に立った経営、国際的に通用する経営、情報化に対応した経営、企業や職場や組織等の集団の活性化を持続することが求められる。一方、ベンチャービジネス等の起業が育ち成功する風土が日本経済再生の鍵となる。このためには、規制緩和や税制改革、人材の流動化と研究開発の促進、成功報酬とリスクに対する再出発の機会提供等、政策的な環境整備が欠かせないのである。

(文責:yut)

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